医療の観点から提唱する「安全持続性能の住宅」とは?バリアフリー住宅との違いとともにプロが解説!
近年「バリアフリー住宅」という言葉が定着しつつある一方、作業療法士の満元さんが提唱するのは「安全持続性能」の住宅。バリアフリー住宅とはどのような違いがあり、医療の観点からみる「本当に安全な住宅」とは何なのでしょうか。長く安全に暮らせる家づくりのポイントをお聞きしました。お話を伺った方株式会社HAPROT代表 満元 貴治さん
【経歴】昭和62年・広島県生まれ。国家資格・作業療法士。医療従事者として3000人以上の患者や100件以上の住宅改修・家屋調査に携わり、令和3年に病院を退職して独立。令和4年、株式会社HAPROTを設立した。現在は「安全な家づくりアドバイザー」として活動し、住宅会社など12社の顧問、講師として横浜市、東京医科歯科大学病院、中国電力などの講演会に登壇。YouTubeなどで発信活動もしており、SNS総フォロワー1.4万人。
安全持続性能とは
住宅内で起こりうる事故のリスクを減らす基準「安全持続性能」を提唱している、株式会社HAPROT代表の満元さん。あまり耳馴染みのない「安全持続性能」とはどのような特徴があるのでしょうか。安全持続性能基準が生まれた背景や、バリアフリー住宅との違いをお聞きしました。
安全持続性能の住宅が求められる背景
出典:総務省 「令和元年版 救急・救助䛾現況」 2020年ー安全持続性能の考え方が生まれた背景を教えてください 住宅内での事故が多いためです。総務省が公開している事故発生場所を見ると、住宅内での事故が半数以上となっています。 また、あるデータでは大腿骨(太ももの骨)を骨折した方の42%は内的要因で骨折したのに対し、外的要因での骨折は41%。体のふらつきなど心身の不調が原因で骨折した場合と、環境が要因で骨折した場合とでは、ほとんど差がありません。年齢のせいや不注意・偶然などという理由で片付けてしまいがちですが、実は環境による要因もかなり大きいのです。
バリアフリー住宅との違い
ーバリアフリー住宅との違いは何ですか? バリアフリー住宅とは、小さな子どもや高齢者など体が不自由であったり未発達な方に対して障壁をなくすこと。対して私が提唱している安全持続性能は、世代や体の機能に関係なくすべての人に対して事故のリスクを減らすことが目的です。
安全持続性能の設計とは?2つのポイントを解説
障壁を見越して対策をするバリアフリー住宅とは違い、住宅内で起きる事故のリスクを抑える安全持続性能。一体どのような住宅なのでしょうか。設計における2つのポイントをお聞きしました。
ポイント①転倒・転落を予防する設計
ー安全持続性能の設計について、ポイントを教えてください! 1点目に、転倒・転落を予防する設計が挙げられます。スキップフロアや小上がりスペースなど、デザイン性を目的とした段差は設けない方がよいと考えています。
ポイント②家族構成やライフスタイルが変わっても安心・安全な設計
ー2点目のポイントを教えてください! 心身の状況や家族構成、ライフスタイルが変わっても、長く安全に暮らせる設計です。ー家族構成やライフスタイルが変わるとはどういうことですか?
子どもが増えたり親との同居を始めたりするなど、家族構成が当初の想定とは変わる可能性があります。またコロナ禍でリモートワークが広まり、ライフスタイルも大きく変化しましたね。 年月とともに家族のライフスタイルが変化しても、安全に長く過ごせる住宅を目指しています。ー具体的にどのような設計にすればよいのでしょうか? 一例として、ユーティリティルームの設置を推奨しています。ユーティリティルームとは使い道が定められていない多目的な空間のこと。夫婦の寝室、子どもが生まれたらお昼寝部屋や勉強部屋、子どもが巣立ったら趣味の部屋…と、暮らしに合わせて使い方を調節できます。
転倒・転落リスクは高齢者だけじゃない!ホームハザードという考え方
住宅に潜む転倒・転落リスクは小さな子どもや高齢者だけに当てはまるものではありません。年齢や世代に関係なく等しくリスクがある「ホームハザード」という考え方についてお聞きしました。
ホームハザードとは
ーホームハザードとはなんですか? 住宅に潜む危険のことです。転倒・転落での事故は日本の場合、たまたま運が悪かったとされる一方、海外では作業療法士が家に行って転倒・転落が起こった要因をチェックすることも。ホームハザードという考え方は、海外ではかなり重視されていることがわかります。ー具体的に、住宅内のどのような場所が危険なのでしょうか? 危険な場所の一例として、いま流行りのスキップフロアや小上がりスペースなどが挙げられます。流行っているからという理由で危険な間取りにすると、転倒・転落のリスクや、将来的にリフォーム代を支払わなければいけないリスクが出てきます。ー間取りを考える際は、このようなリスクについても知っておく必要がありますね もちろん家を建てる方にも知っておいてほしいのですが、まずは住宅を案内する実務者の方々にホームハザードという考え方を知ってほしいと考えています。住宅内で起こりうる事故のリスクや、今後さらにリフォーム代がかさむリスクなどを説明せずに家づくりを進めてしまう住宅会社さんが多いと感じるためです。
転倒・転落は心身の問題だけではない
ー転倒・転落のリスクは高齢者の方だけではないのでしょうか。 いえ、妊婦の方や子どもが背負うリスクも、高齢者の方が抱えるリスクとほとんど変わりません。あるデータでは妊婦の転倒率は27%であり、高齢者の転倒率29%とほぼ変わりませんでした。 (出典:Dunning et al 「A Major Public Health Issue: The High Incidence of Falls During Pregnancy」 Maternal and Child Health Journal 2009 )ー若い方でもリスクはあるのですね! そうですね。高齢になったらリフォームすればよいと考えていると、思わぬタイミングで事故が起きるかもしれません。
住宅内でとくに危険な場所は階段!ポイントは手すり・踏面・足元灯
住宅内でとくに危険が潜む場所として、階段が挙げられます。転落事故の危険性や階段をつくる上で注意すべきポイントをお聞きしました。
転落は転倒と比べて重症化率が6倍
ーなぜ階段が危険なのでしょうか? 転倒ではなく、転落リスクが高いためです。転落事故は転倒事故と比べて重症化率が6倍といわれています。ー平屋にして階段をなくすほうがよいのでしょうか? リスクを減らすという観点からみると段差をなくすに越したことはありませんが、平屋の数は全体でたった1割。土地の関係などで多くの住宅は2階建て以上になってしまうのです。 階段をつくる際のコツを見ていきましょう。
手すりは必ず設置!
ー手すりの注意点について教えてください 建築基準法施行令で1メートル以下の階段であれば手すりをつけなくてもよいことになっていますが、小さな階段でも必ず手すりをつけるようにしましょう。手すりがない場合は手すりがある場合と比べて転落率が2倍も違うためです。ー取りつける手すりはどのようなものがよいのでしょうか? 階段の手すりを支える手すり子の間隔は10センチ未満が望ましいでしょう。手すり子の間隔が10センチ以上になると、子どもがすり抜けて転落する恐れがあるためです。もし手すり子の感覚が10センチ以上であったりスケルトン階段にするのであれば、防護ネットを取りつけるとよいでしょう。
踏面は22センチ以上に
ー踏面の注意点について教えてください 階段の踏面は最低でも22センチ以上にしましょう。22センチ未満の場合は段差が見えづらくなり、踏み外す可能性があります。イギリスの研究結果では、22センチ未満の踏面のほうが25センチの踏面と比べて転倒率が4倍になったという話も。 より安全にしたいのであれば、踏面を25センチにするのがよいでしょう。 (※出典:Roys Mike. 「Refurbishing Stairs in Dwellings to Reduce the Risk of Falls and Injuries.」 IHS BRE Press 2013)
足元灯を設置して非常時でも安心
ー足元灯とはどのようなものですか? 壁に取り付けて段差を照らす照明のことです。人感・明るさセンサーのものを取り付けると、停電が起こった時なども使えるのでおすすめ。日々の安全だけでなく防災にも役に立ちます。
実は超重要!トイレの設計で気を付けるべき点は?
家づくりで最後に回されがちなトイレは、実はとても重要なスペース!トイレづくりのポイントや、なぜ重要なのかも解説していただきました。
ドアは引き戸にする
ートイレをつくるうえでのポイントを教えてください トイレ入り口のドアは引き戸がよいでしょう。開き戸の場合、自分の方向に足を一歩動かさなければいけないためバランスが取りにくいのです。 介護が必要になった方がリフォームをする場合、最も多い場所がトイレのドアといわれています。リフォームについても可能な場合と開き戸しか付けられない場合とあるため、トイレの位置にも注意が必要です。ーどのような場合、引き戸にできないのですか? 付近に壁がなかったり階段下にトイレを設置したりすると、引き戸に変更できません。医療従事者時代に多くの家屋捜査に携わった際、引き戸にできない住宅が多かったことに驚きました。 すべて介護ベースで家づくりをしたほうがよいとは思いませんが、何かあった時に最低限カスタマイズできるようにトイレの位置などは配慮するのがよいでしょう。
便器と引き戸を平行にする
ーほかにどのような注意点がありますか? 便器と引き戸を平行に取り付けましょう。便器と扉が直角の場合は180度体の向きを変える必要がある一方、平行の場合は体の向きを90度変えるだけで便器に座れます。ー90度違うだけで体の負担はまったく違うものなのでしょうか? そうですね。女性はもともとの筋力量が少ないため、年齢とともに筋力が落ちやすい傾向にあります。膝への負担が大きい状態では、体をたった90度動かすだけでもかなり負荷がかかります。ー将来を見越してトイレをつくることが大切なのですね! 体の変化だけでなく子育ての観点からも、便器と引き戸を平行にするのはおすすめです。便器と引き戸が平行になると有効開口部が広くなり、トイレトレーニングを行いやすいためです。
トイレが重要な理由は?
ーなぜトイレが重要なのでしょうか? トイレは、小さな子どもから高齢者の方まで毎日必要になるためです。ご飯やお風呂は辛うじて一日我慢できても、トイレだけは我慢できませんよね。 医療業界では退院支援をする際、一人でトイレに行けるかどうかをとても重視しています。自分でトイレに行ける場合、介護をする方の負担がぐっと軽減されるためです。ー体の状態が変化しても、利用しやすいトイレをつくることが大切なのですね はい。開き戸であったため一人でトイレに行けず、退院できなかったというケースもあります。けがや病気をしたり年齢を重ねて体の状態が変化したとき、自宅のトイレが退院の鍵となるのです。
注文住宅で気を付けたい間取り
注文住宅で気を付けたい間取りとはどのようなものなのでしょうか。医療の観点から知見をお聞きしました。
スキップフロア・小上がりスペースは転倒・転落リスクがある
ー注文住宅で気を付けるべき間取りはなんでしょうか? スキップフロアや小上がりスペースなどの段差は設けないほうがよいでしょう。どうしても取り付けたい場合は転倒・転落リスクがあり、将来はリフォームする可能性があることを理解しておきましょう。ーベンチ代わりになる小上がりスペースも危ないのでしょうか? 一般的に座りやすいといわれている30センチの小上がりスペースは、高齢になると座りにくく立ち上がりにくいという側面があります。膝小僧の骨から床までの高さが最も座りやすい高さといわれており、70代以上の方は41センチ。10センチ以上も差があるため、勢いよく座ってしまうケースもあります。 (参考:厚生労働省令和元年国民健康・栄養調査報告 一般社団法人人間生活工学研究センター )ー小上がりスペースを座りやすい40センチの高さにするとどうなりますか? 小上がりスペースを40センチにすると座りやすくなる一方、段差を上り下りすることが負担になります。高さ40センチの段差というと、自宅の階段を1段飛ばしで上がるのと同じこと。膝に負担がかかりやすくなり、転倒・転落リスクも高まります。
高い位置に収納スペースを設けない
ーほかに気を付けるべき間取りはありますか? 高い位置に収納スペースなどを設けないようにしましょう。洗面台の上に収納スペースを取り付けたり天井付近に換気扇のフィルターを付けたりすると、物を取り出したり換気扇の掃除をする際に椅子や脚立を使いますよね。椅子や脚立は高さが40センチほどあるため、転倒・転落リスクが高まります。椅子や脚立から落ちる際に手をつくと、手首に全体重がかかるためけがをしてしまうこともあります。
医療の観点から見る住宅とは
医療の観点から見ると、住宅には自分たちが思っている以上に危険が潜んでいるとわかりましたね。年齢や体の状態に関係なく全員が安心・安全に住み続けられる「安全持続性能」の住宅によって、どのような未来を守るのでしょうか。安全持続性能の理念をお聞きしました。
安全持続性能の理念は、大切な人を守るため
ー安全持続性能を提唱されたきっかけはなんですか? 医療現場で働いていた際、けがをした人は皆、家族に申し訳ないという言葉を口にしていました。たとえば同居する父が転倒・転落して入院した場合、書類の提出や入院費の支払い、介護などを誰が行うのかという問題が生まれます。自分だけでなく家族の人生も変わってしまうため、一人の問題ではないのです。 けがをして仕事をやめたり、自分の趣味を諦めなくてもよい状況をつくりたいと考え、自宅内での事故を防ぐ安全持続性能の提唱を始めました。ー医療現場で体感したからこそ、けがの恐ろしさがわかるのでしょうか 私たち医療従事者はけがをした人や家族がどのような人生をたどるか見ているため、住宅内での事故を減らしたいという思いで活動しています。もちろん私たちが見てきた医療現場の状況を全員が目の当たりにすれば、意識は変わるでしょう。しかし、それは誰もが知らなくてもよいことであり、わざわざ病院に来て学ぶことではありません。 住宅に潜む危険は、お客さまだけでなく住宅を売る実務者の方も知らないことが多い傾向にあります。家を売る側がリスクを正しく理解し、お客さまに知らず知らずのうちにリスクを背負わせないことが大切なのです。ーけがをしたら自分だけでなく家族の人生も変わってしまうのですね… そうですね。安全持続性能の理念は大切な人を守ること。自分の健康や人生を守ることは、家族の人生を守るのです。
まとめ
今回は住宅内の事故を防ぐ「安全持続性能」の住宅についてご紹介しました!バリアフリー住宅との違いや階段設置の注意点、気を付けたい間取りなど、医療の現場を経験された満元さんならではの視点から学べましたね。 安全な住宅を建てることで転倒・転落リスクを下げ、自分だけでなく家族の人生も守ることができます。家族みんなが健康に長く暮らせる家づくりを進めていきましょう!