名瀬・妙法寺の「地獄VR」で新たな自分に生まれ変わる!〜お寺でひとやすみ!〜
今回伺ったのは、横浜市名瀬の日蓮宗のお寺、妙法寺さんです。鎌倉時代に創建され700年の長い歴史を持つお寺ですが、「地獄VR」のような新しい取り組みも。ご住職の久住謙昭(くすみ・けんしょう)さんに、ゆっくりお話を伺いました!
掃除したくなるお寺
バスを降りれば、お寺はすぐ目の前です。こちらのお寺を開いたのは、日蓮宗の開祖、日蓮聖人(にちれんしょうにん)の一番弟子である日昭上人(にっしょうしょうにん)。鎌倉時代、幕府の護衛のために新潟から遠征しこの地を守っていた風間信昭(かざま・のぶあき)公は、日昭上人と出会って法に目覚めます。その後、自邸の敷地内に寺院を建立し、日昭上人を招いたのだそうです。その風間公が新潟に戻り建てたのが、現在長岡市にある日蓮宗本山の村田・妙法寺なのだそう。ちょうどこのアングルで、風間公も妙法寺さんを眺めていたのでしょうか。
山門をくぐると、「どうぞご自由にお掃除ください」の文字が書かれた立札が。「ご自由にお参りください」の文字はお寺でよく見かけますが、掃除をどうぞ、というメッセージは初めて見ました!
さっそくほうきを手に取り、境内の小石を掃いてみることに。なぜかちょっと照れます。そして、小石を掃くごとに、「ここにいていいよ」と言われているような喜びや自信のようなものがほんのり湧き上がってきました。マスクの下も思わず笑顔に。
掃除をして清々しい気持ちになったところで、日蓮聖人の像の奥にある受付をお訪ねしました。
──お寺に来て、セルフで掃除をするというのは初めての体験でした!なぜこのような取り組みをされるようになったのでしょうか?
うちの寺、みんな掃除したがるんですよ! 以前、嫌なことがあった人が、「住職、観音様掃除させてくれ」と言いながらやってきて、掃除をしてすっきりして帰っていかれたことがあったんです。掃除にはそういう効果があるのか、と思いまして。じゃあ嫌なことがあったら自由に掃除していってください、ということで看板ができあがったという感じです。
お釈迦さまのお弟子の周梨槃特(しゅりはんどく)という方にも、塵を自分の煩悩に投影しながら掃除を続けているうちにお悟りを開かれたというお話があります。お寺に来て掃除をして、自分の嫌なものをきれいに取り払って、また門を潜って心新たに生きていくという。お寺の本質的な活動は掃除にあったのかもしれないと思う出来事でした。
──お参りされる方のご希望に沿った場所を設けたということなんですね。清められるような感覚のほかにも、お寺に関われたっていう嬉しさも湧いてきました。
私も、例えば京都の名刹に行ったら掃除したいなって思うかもしれません。僧侶の松本紹圭(まつもと・しょうけい)さんも仰っていますが、掃除をすることによってお寺の役に立てると、自分はここにいていいんだという感覚が生まれるんだと思います。
日蓮聖人はアーティストだった!?
──妙法寺さんは日蓮宗のお寺ということで、宗祖の日蓮聖人についてもお聞きしたく思います。日本史の教科書にも出てくるような、他の宗派を激しく批判したというエピソードからすると、正直なところちょっと怖い方という印象もあります……。でも、日蓮聖人が主人公になった『あなたは尊い』という漫画を読んだら、庶民を命懸けで励ますアツいアニキ的な一面があったことも知りました!実際、どんな方だったのでしょうか?
すごく情熱家で、誤解を恐れずに言うならば、アーティストにも近い方だったんじゃないかと思っています。鎌倉時代の当時、日本では浄土宗のお念仏が流行っていたんですよね。この世は苦しいから来世で浄土に救いを求めましょう、という信仰のスタイルです。でも、それは違うんじゃないか、死んだ者のために仏教があるわけじゃない、お釈迦様がこの世界に現れてこの世で教えを説いてくれたんだから、仏教は今この世界をいきいきと生きるためにあるんだ、と説いたんです。来世救済型の仏教にノーを突きつけ、仏教のあり方を問い直したのが日蓮聖人だと思います。
久住さん:攻撃的で排他的だと思われるかもしれないけども、そのスタイルは、ああせざるを得ないくらいの危機感や、日本をよくしたいという思いの強さの表れなんじゃないかと思うんですよね。そのくらいの言葉を使わないと民衆に響かなかったんじゃないかな。たった一人でとてつもなく大きな浄土教団と戦うわけですが、街なかに立って人々のいいことも悪いことも全部受け止めるような、そういう使命感をお持ちだったのだと思います。為政者に強く出ていたのは、日本はこのままではいけないっていう愛情だろうと思うんです。小さい子がストーブに手を出そうとしたらあんたダメでしょって手を叩いて怒るのと同じように、本当にその人のことを思うと言葉も強くなる。すごく愛情や情熱の深い人なんじゃないかと思います。
久住さん:一方プライベートではどうかっていうと、めちゃめちゃ穏やかで優しかったりするんです。日本仏教の宗祖の中で一番手紙が残っていると言われていて、信者さんにもたくさんお手紙を書かれています。例えば四条金吾(しじょう・きんご)さんという武士の信者がいるのですが、彼が上司と喧嘩したとき「同僚に襲われるかもしれないから、夜誘われても飲みに行っちゃだめだよ、仮病使っちゃえばいいよ」なんてアドバイスしたりしているんです。漢字の読めない人へのお手紙では漢字にふりがなを振ったりもされていて、本当にめちゃめちゃ優しいんです。こんな筆まめであったかい宗祖なんですよ。
―政治家や他の教団に対しては激しく働きかける一方で、庶民とのやりとりにはそんなきめ細やかな優しさがあったのですね!なんだか、日蓮聖人にお会いしてみたくなりますねえ。
2Dと3Dで表された仏教の世界観
──お寺の御本尊というとイコール仏像なのかと思っていたのですが、日蓮宗のお寺では南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)と書かれた曼荼羅(まんだら)が御本尊として祀られているんですね。じっくり拝見するのが初めてなので、ぜひ詳しくお話をお聞きしたく思います。
これは、日蓮聖人が直筆されて日昭上人に贈られたお曼荼羅を、楠木に写したものです。2022年末に岡本太郎さんの展覧会を観に行ってきたんですけど、絵はこうあらねばならないという観念にまったく囚われることなく描かれていました。それを見た時に、宗教心が爆発するとこのお曼荼羅のようになるんだろうなって思いましたね。きれいに描こうということではなく、自分がそのまんまブワッと出たようなものでもあるんじゃないかと思います。
──さきほどお聞きしたお話を思い出しながら拝見すると、この金色の文字から日蓮聖人のパワーが溢れて押し寄せてくるように感じます!手前の仏像にも、なにか決まった意味があるのでしょうか?
お曼荼羅の真ん中に南無妙法蓮華経って書いてあるでしょ。その字の左には南無釈迦牟尼仏(なむ・しゃかむにぶつ)、南無上行菩薩(なむ・じょうぎょうぼさつ)、南無安立行菩薩(なむ・あんりゅうぎょうぼさつ)……というように、仏様や菩薩を讃える文字が2Dで書かれています。それを3Dにすると、こういう感じの配置になるんです。
──なるほど!文字で書かれた奥の曼荼羅を立体で再現したのが、手前の仏像なんですね!
文字で書かれたすべての方が像になっているわけではないですけども、そういう感じです。お曼荼羅で世界を表しているんですね。左右に大きく入っているのが、不動明王(ふどうみょうおう)と愛染明王(あいぜんみょうおう)の梵字です。日蓮宗で大切にされている法華経の世界観で、お釈迦様がお説法をしている光景を表したのが、このお曼荼羅なんです。
−お釈迦さまに加えて、お説法を聞いている諸仏も表しているということなんですね。お話をお聞きして、お参りするのがますます楽しみになりました!
「地獄VR」で3D化された地獄を体験
──本堂の欄間には、日蓮聖人の生涯のエピソードが彫刻されていますね。
日蓮聖人の誕生や出家のほか、頭をよくしてほしいと虚空蔵菩薩に願を立てたところ、日蓮宗を開かれて鎌倉市中で辻説法されている場面もあります。
──執権の北条時頼に立正安国論(りっしょうあんこくろん)を提出したという有名な話や、多くの人に命を狙われた「法難」のエピソードも見えます。仏教にあまり縁のない方も、こちらを見るだけで日蓮聖人がどういう人生を歩んだかがわかりますね。
そうですね。これは教会でいえばステンドグラスのように、文字がわからない人にビジュアルを通して伝えていく方法の一つです。その点からいえば、この欄間の彫刻とVRは同じなんじゃないかと思うんです。
―妙法寺さんで2022年に始まった「地獄VR」、ニュースを耳にしてとても気になっていました!ぜひ体験させてください。
久住さん:「地獄VR」は、VR体験に仏教の地獄の話や法話も組み合わせたプログラムになっています。仏教の世界観を伝えるために、法話や空間や美術などさまざまな方法がありますが、これもその一つという位置付けです。以前、長野のお寺でお釈迦様の涅槃図(ねはんず)をもとにした絵解きに参加したことがあるのですが、そのときに「これを令和の時代にやったら何になるんだろう?」と考えて、VRにしてみたというのがきっかけでした。
久住さん:このVRで旅してもらうのは地獄だけじゃなくて、修羅(しゅら)・畜生(ちくしょう)・餓鬼(がき)も含む、仏教でいわれる4つの苦しみの世界です。生前の行いによって、地獄だけじゃなくこういう世界にも落ちると言われています。どういうことをするとどういう地獄に落ちるかも決められているんですね。
−−『往生要集』という平安時代の日本の仏教書に、地獄の風景が描かれていますよね。嘘をつくだけで地獄に落ちると書かれたりしていて、これじゃほとんどの人が地獄行きなのでは?と思いました……!
久住さん:例えば、邪淫の罪を犯した人が落ちる地獄に、刀葉林(とうようりん)というものがありますね。地獄を旅していると、木の上から美女が呼んでいて、男たちがここに登っていくんです。その木は葉っぱや枝がカミソリみたいなものでできていて、登っていくと体がどんどん切れていってしまいます。上に辿り着くと今度は美女が下にいて、また呼んでいる。こうして行ったり来たりしている間に、体がボロボロになってしまうという地獄です。
──ゾッとするような地獄ですが、これまた多くの人が簡単に落ちてしまいそうですね……。地獄って、悪人だけが落ちるすさまじく恐ろしいものというイメージがありますが、なぜ仏教ではこんなに簡単に地獄に落ちることになっているのでしょうか?
日蓮聖人は、地獄は死んだ後の遠い世界にあるんじゃなくて、いま私たちの生きている世界にあるんじゃないか、と説いています。地獄は地の下にあるというお経もあれば、西のほうにあるというお経もあります。でも実は、地獄は私たちの心の中にあるというんですね。地獄だけでなく、人を僻(ひが)んだり妬んだり恨んだりするような修羅の心も、自己中心的で人に与えることも分けることもしない餓鬼のような心も、礼節がなく他人を思いやらない畜生のような心も、他人の不利を図るような地獄の心も、すべて私たちの心の中にあるんじゃないのかと説いているんです。
久住さん:三毒(さんどく)と言われる貪欲(とんよく)の心も、瞋恚(しんい)と呼ばれる怒りの心も、愚かな愚痴(ぐち)の心も、みなさんの生活の中にありませんか。SNSで「あいつムカつくよな」と批判してみたりとか、インスタ映えを狙ってあれもほしいこれもほしいと思ったりとか、たくさんいいねがほしいとか。
この三毒は、貪欲、瞋恚、愚痴の順番で起きてくるらしいんです。欲から怒りが起こり、怒りから愚かな行動へと移っていくんですね。例えばバッグや車が欲しくなると、今度はそれを持っている人をひがんで、怒りの心が湧いてきたりします。すると今度は相手を叩くような書き込みをして暴力を振るってみたり。
──そう考えると確かに、毎日といっていいくらいに何かしら地獄行きの行動をしているような気がします……。
結局、地獄っていうのは遠い世界にあるんじゃなくて、自分の行いによってどんどんこの世界に地獄を作り出してしまっているということなんですね。仏教には自業苦(じごく)という言葉もあります。自らの行いで苦しんでいるということです。
――地獄って、決して脅しているわけでも単なる理想論を説いているわけでもなく、「自分が苦しむことになるからやめたほうがいいよ」っていう優しくて現実的な教えでもあったんですね!
散歩をしながらお坊さんに会いに行こう
久住さん:こうしたイベントは、日蓮宗の檀家になってもらおうと思ってやっているわけではないんです。仏教に関心を持つ理由は人それぞれで、歴史が好きだからお寺が好きだという人もいれば、自分が生きる上で支えになるものを求めたいと思う人もいるし、自分の宗派って何宗なんだろう、というところから関心を持つ人もいますよね。法話会は、各宗派のお坊さんたちに歴史を語ってもらいながら、それをきっかけにそれぞれの教えを訪ねてもらえたらと思って企画しています。ニュートラルに日本の仏教に触れてもらう機会って、あるようでなかなかないじゃないですか。散歩がてらお坊さんの話を聞きに行くような、フランクな感じで来ていただければと思っています。
──日蓮宗のお寺で他宗のお坊さんをこれだけお招きするって、きっとすごく珍しいことですよね。
他の宗派をあれだけ批判しておきながらね(笑)。たぶん、ほぼないと思います。もっと言うと、別にいいのよ、必ずしも日蓮宗で救われなくても。浄土宗の教えで心が救われたり、坐禅の話を聞いてやってみようと思ったり、最終的にはどこかのお坊さんの話を聞いて救われてくれたら。いい話を聞いたなと思ってもらえたら、もうそれでいいんじゃないかというのが正直な気持ちです。
──久住さんのお話をお聞きして、今まで日蓮聖人に抱いていた強烈なイメージがいろんな形でふんわりと覆されました!個人的には縁遠く感じていたところもあったのですが、もっと日蓮宗のことを知ってみたくなっております。他のお寺も訪ねてみたいのですが、ぜひご紹介いただけますでしょうか。
新宿の陽運寺さまを訪ねてみてはいかがでしょうか。四谷怪談のお岩さんが祀られた開運スポットで、とにかくオシャレで洗練されています。境内・授与品・ブックコーナー・カフェメニュー・御朱印・SNSなどなど、全てがデザインされていて、散歩するには絶好のお寺だと思います。ご住職の植松健郎上人もとても素敵な方です。是非、ゆっくりと取材なさってくださいませ。
―また違った日蓮聖人の一面に出会えるのが楽しみです!
久住謙昭さんプロフィール
平成8年8月第2期信行道場終了、日蓮宗僧侶の資格を得る。平成9年3月身延山短期大学、平成11年3月立正大学仏教学部を卒業。平成14年3月立正大学大学院文学研究科修士課程修了。平成15年2月日蓮宗大荒行堂初行成満、平成19年2月日蓮宗大荒行堂再行成満。同年6月、妙法寺第47世の法燈を継承し、住職となる。横浜市戸塚区 保護司、一般社団法人みんなの仏教 代表理事、日蓮宗新聞社編集委員、日蓮宗本部企画推進会議委員、認定NPO法人 おてらおやつクラブ 広報部員を務める。仏教をわかりやすく発信し、明るいお寺づくりを目指している。
経王山 妙法寺(きょうおうざん みょうほうじ)
住所:神奈川県横浜市戸塚区名瀬町772-4/アクセス:JR 横須賀線「東戸塚」駅東口からバス「緑園都市駅」「弥生台駅」行「妙法寺」下車すぐ、相鉄線「緑園都市」駅東口からバス「戸塚駅東口」「東戸塚駅東口」行「妙法寺」下車すぐ、JR 東海道線・横須賀線・「戸塚」駅東口からバス「緑園都市駅」行「妙法寺」下車すぐ
取材・文・イラスト=増山かおり 撮影=星野洋一郎(さんたつ編集部)、増山かおり
増山かおり
ライター
1984年青森県生まれ。かわいい・レトロ・人間の生きざまが守備範囲。道を極めている人を書くことで応援するのがモットー。著書『東京のちいさなアンティークさんぽレトロ雑貨と喫茶店』(エクスナレッジ)等。