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#4 「光」の謎を解き明かしたアインシュタイン――佐藤勝彦さんが読む、アインシュタイン『相対性理論』【NHK100分de名著ブックス一挙公開】

NHK出版デジタルマガジン

#4 「光」の謎を解き明かしたアインシュタイン――佐藤勝彦さんが読む、アインシュタイン『相対性理論』【NHK100分de名著ブックス一挙公開】

佐藤勝彦さんによる、アインシュタイン『相対性理論』読み解き

時間は、絶対ではない――。

20世紀における物理学の最大革命の一つである「相対性理論」。しかし、その有名な論文の内容を正確に知る人は多くありません。

『NHK「100分de名著」ブックス アインシュタイン 相対性理論』では、佐藤勝彦さんが、アインシュタインが得意とした「思考実験」を軸に、高度な数式を使わずしてその理論を紹介します。

今回は、本書より「はじめに」と「第1章」を全文特別公開いたします(第4回/全5回)

エーテルは本当に存在するのか?

 光を伝える媒質をエーテルと名付けて探し始めてみたものの、エーテルの存在ははっきりしないことだらけでした。たとえば、太陽からの光が地球に届くということは、なにもないはずの宇宙空間にはエーテルが満ちていると考えられます。そうなると、おのずと太陽の周りを公転している地球は、絶えずエーテルの中を突き進んでいることになります。

 風のない日であっても自転車やバイクを走らせていると、身体に風を感じますよね。それと同じでエーテルが満ちた空間を地球が進んでいるとすれば、地球もエーテルの風の影響を受けて当然です。エーテルの風に抵抗があるとすれば、地球は摩擦によって落下していき、公転軌道は徐々に太陽に近づいて、ついには太陽の中に落下してしまうはずです。しかし、地球の公転速度はいつも一定で、年を追うごとに遅くなっているようには感じられません。そうならない理由を、当時の学者たちは「エーテルが存在したとしても、地球のような物体には何も抵抗を及ぼさないのだ」などと結論づけて、無理矢理つじつまをあわせようとしました。

 光の波動が伝わるということを考えると、エーテルがまったく抵抗を持たない存在であると考えるのは無理があります。空気も水も、抵抗があるからこそ音や波が伝わるのです。だから海の波は水の抵抗を、音波は空気の抵抗の影響を受けて、状況によって伝わる速度が変化します。

 もし、光の正体が波動で、エーテルを媒質として伝わるものであるならば、地球が公転することによって絶えず吹いている一定方角へのエーテルの風の影響を少なからずは受けるはず。そう考えた学者たちは、光の速度がエーテルの風によって変化するかどうかを調べるための実験を行ないました。

 一八八七年、アメリカの物理学者アルバート・マイケルソンとエドワード・モーリーが行なった「マイケルソン・モーリーの実験」とよばれる有名な実験がそれです。これは同一の光源から発せられた光を、ハーフミラーを使って同距離を進む東西と南北の経路に分け、進んだ方向による速度の違いを計測するというもの。もし、エーテルがこの世に存在するとしたら、エーテルの風が向かい風となるルートと、追い風となるルートでは到達時間に当然ずれが生じるはずです。しかし、何度実験を繰り返しても、ルートの違いによる到達時間に、ずれは生じませんでした。

 この実験によって、エーテルの存在自体が疑わしくなったのはもちろんのこと、「地球が動いていようが、止まっていようが、光の速さは常に一定で影響を受けない」という、光が持つ新たな性質が浮かび上がってきました。少々分かりにくい話なので、補足して説明しておきましょう。

 マイケルソンとモーリーの実験の図で南北方向と東西方向への光の到達時間を測るルートに注目してください。公転と同じ向きである東西方向に進む光は、公転方向と垂直である南北方向に進む光と比べて、公転速度の分だけ速度に違いが現れて当然です。しかし、測定結果には、不思議なことにまったく速度の違いは見られなかったのです。

 ガリレイの相対性原理に基づくニュートン力学の基本として「速度合成の法則」というものがあります。自分を基準にした相手の速度(この場合でいうと光の速度)は、相手の速度と自分の速度の足し算引き算で計算できるというのがこの法則です。つまり、自分が時速三〇キロメートルで走る車に乗っている時に、時速六〇キロメートルの車が後ろから追い抜いていく時は、相手の車の時速は、六〇マイナス三〇で時速三〇キロメートル。すれ違う時は、六〇プラス三〇で時速九〇キロメートルのスピードに見えるわけです。

 この法則からすると、マイケルソンとモーリーの実験では、観測点である光検出器の場所は地球とともに動いているのだから、西から東へと進む光の速度には、地球の公転速度がプラスされて、南北のルートを進む光よりも速くなるはずです。それなのに速度が変わらない。この結果から、先ほどの「地球が動いていようが、止まっていようが、光の速度は影響を受けない」ということが導き出されたわけです。

光の謎を解き明かしたアインシュタイン

 ところで、「光の速度は誰が見ても一定である」ということは、光には相対的な捉え方が通用しない、ということになってしまいます。前にも述べましたが、物質の運動は、すべて相対的に捉えられるというのが、ガリレイの相対性原理に基づくニュートン力学以降の物理学の考え方です。もし、本当に光の運動が絶対的なものだとしたら、「宇宙のどんな運動でも説明できる」とされていたニュートン力学が根底から否定されてしまうことになります。

 多くの物理学者は、この新たな光の謎に対し、ニュートン力学の範囲内で強引ともいえる理論を展開しましたが、結局、正解といえる答えは見つからずじまいでした。そのため、「光の媒質であるエーテルが見つからないこと」と、「光の速度が常に一定であること」は、十九世紀末から二十世紀初めに至るまで、ずっと物理学の最大の謎とされてきたのです。

 そこに満を持して登場するのが、二十六歳のアルベルト・アインシュタインです。市井(しせい)の研究者として物理学の研究を地道に続けていたアインシュタインは、「光量子仮説」についての論文の中で、エーテルの存在を否定し、それまで波動と考えられていた光の正体が、光量子(光子)という小さな物質であることを示しました。光を波と考えると、媒質であるエーテルの存在がどうしても必要になりますが、光を物質と考えればエーテルからは解放されることになります。

 さらにアインシュタインは、光速度がどんな場合でも一定であるという光速度の謎を解くには、今まで私たちが常識と考えていた時間や空間に対する認識、特に時間に対する認識を一度捨てて、まったく違ったものとして改めて捉え直すべきだ、という革命的な提案を物理学の世界に投げかけました。「光速度が常に一定であることを突き詰めていくと、従来の時間や空間についての概念をどうしても一度覆さなくてはならなくなる。そして今までの概念を捨てて方向転換したあとに見えてくるものこそが、時間と空間の真の正体だ」というのがアインシュタインの主張です。

 なぜ、時間や空間の概念を方向転換させることが光の速度の謎を解くことに繋(つな)がるのか? 疑問に思われるかもしれませんが、速度とは、物体がある時間内にどれだけ空間を移動したかの距離で決定されます。だからこそ、光の速度を考える時は、ただ光の性質を観察するのではなく、速さを測定する要素となる時間と空間に注目する必要がある、とアインシュタインは考えたわけです。そして、この空間と時間についての謎を解明した論文こそが、本書のテーマである「相対性理論」です。

 理論の中身については次章からじっくり説明していく予定なので、この章の残りを使って、アインシュタインがどんな人物だったのかを、少し振り返っておきましょう。

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著者

佐藤勝彦(さとう・かつひこ)
宇宙物理学者。理学博士。専攻は宇宙論・宇宙物理学で、インフレーション宇宙論の提唱者として知られる。北欧理論原子物理学研究所(コペンハーゲン)客員教授、東京大学理学部助教授、同大学大学院理学系研究科教授などを経て、現在は東京大学名誉教授、大学共同利用機関法人自然科学研究機構機構長、明星大学客員教授。90年仁科記念賞受賞、2002年紫綬褒章受章、2010年学士院賞受賞。著書に『岩波基礎物理シリーズ9 相対性理論』(岩波書店)、『宇宙は無数にあるのか』(集英社新書)、『眠れなくなる宇宙のはなし』(宝島社)など多数。
※著者略歴は全て刊行当時の情報です。

■「100分de名著ブックス アインシュタイン『相対性理論』」(佐藤勝彦著)より抜粋
■書籍に掲載の脚注、図版、写真、ルビなどは、記事から割愛しております。

*本書は、「NHK100分de名著」において、2012年11月に放送された「アインシュタイン 相対性理論」のテキストを底本として一部加筆・修正し、新たにブックス特別章「相対性理論が切り拓いた「現代宇宙論」」、読書案内、年譜などを収載したものです。

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