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BUCK-TICKを語る上で外せない!魔王・櫻井敦司の歌詞世界に見え隠れする死生観

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2002年09月19日 BUCK-TICKのアルバム「狂った太陽」発売日(さくら収録)

BUCK-TICKの世界観を形成する上で欠かせない櫻井敦司の歌詞


BUCK-TICKのボーカル、櫻井敦司が亡くなって1年の月日が経った。訃報を聞いてしばらくはBUCK-TICKの音楽を聴くのが辛い時期もあったが、昨年末に日本武道館で行われたライブ『バクチク現象-2023-』での、残されたメンバー4人による力強くも優しさに満ち溢れたメッセージ、そしてニューアルバム発表という嬉しいニュースに触れたりしながら、“櫻井の不在” という悲しすぎる現実を少しずつ受け入れつつある。

BUCK-TICKを語るうえで、“魔王” の異名をとる櫻井敦司の存在感、そして演劇的な表現力を有したボーカリストとしての資質は言うまでもない。そして、彼の書く “歌詞” も、その特異な世界観を形成する上で欠かせない要素のひとつであった。

彼らの楽曲の歌詞は、その大半を櫻井と今井寿のいずれかが手がけており、うち約8割を占める櫻井の歌詞は文学的な比喩表現を多用したデカダンスな作風が特徴となっている。この2人の異なるアプローチが、音楽性の幅を広げているのもBUCK-TICKの魅力である。

“これぞBUCK-TICK” というべきコアな魅力が炸裂した「Die」


ごく初期から晩年に至るまで、櫻井の歌詞に一貫して通底するのは ”死生観" の追求だ。苦しみを伴う “生” の痛みと、美化も肯定もしない生々しい “死” の臭い。櫻井は “生死” という抽象的なテーマについて、歌詞を通して描き続けた人だった。

 さあ 安らかに 
 眠るように瞳閉じておくれよ
 もう疲れたろ 
 演じる事 夢見ることも全て

その傾向は、亡くなった母親への想いを綴ったという上記楽曲「さくら」(1991年)の発表以降、より顕著になっていく。

また、同時期の代表曲の1つ「die」(1993年)では、甘美なボーカルで今際の際を心地よく歌うという大胆なアプローチによって “死” を表現。

 真実なんてものは 僕の中には何もなかった
 生きる意味さえ知らない

「♪生きる意味さえ知らない」という現世に対する諦観と、解放感あふれるサウンドの融合が天国的な快楽へと誘う。麻薬のような中毒性があり “これぞBUCK-TICK” というべきコアな魅力が炸裂した1曲である。

言葉の選び方を含めて櫻井の耽美的な作風が堪能できる「FLAME」


そして、一聴すればラブソングに思える内容でも、その深淵には死生観が見え隠れすることも、櫻井の歌詞にはめずらしくない。その代表的な1曲が、「あの日恋をした」という慎ましい一節から始まる「FLAME」(2000年)である。ファンにも人気の高いこの曲のラストで、櫻井は高らかにこう歌い上げる。

 花が咲き乱れる様に 花が死んでいく様に
 君が咲き乱れる様に 俺は生きていけばいい
 花が咲き乱れる様に 花が死んでいく様に
 俺が咲き乱れる様に 君は生きていけばいい

出会いの先には必ず別れが待つ。櫻井はその先の “君” の未来に思いを馳せ、「♪生きていけばいい」と祈るように歌う。この歌詞には、出会いと別れの必然性を受け入れつつも、それぞれが自分らしく生きていくことへの優しい願いが込められている。生と死、別れと出会いという対極的なテーマを、美しい抒情性を保ちながら描く。言葉の選び方を含めて櫻井の耽美的な作風が堪能できる1作だ。

より現実的な恐怖としての戦争、そして “死” が描かれている「さよならシェルター」


また近年は “戦争" をテーマにした作品も増えつつあった。混沌とする世界情勢が、作風に影響を与えたのは想像に難くない。とりわけ「ゲルニカの夜」(2018年)は、平和な日常が、ある瞬間を境にして地獄へと変わるサマをこれでもかというほどリアルに描写。紛うことなき傑作だが、あまりの緊張感に聴くのにも勇気がいる作品だ。

 星屑 掻き集めて 街角の映画館へ
 大好きな兄と二人さ
 夜のスクリーン 見つめた

 (中略)

 突然 空が狂い出す
 突然 僕らは消えた

 離さないで 千切れちゃうから
 泣いたり嘘ついたりしないから
 許してください ねぇ神様
 何でよ 何でよ お願いだよ

さらに、「さよならシェルター」(2022年)は、タイトルの通り有事における避難シェルターを題材としており、より現実的な恐怖としての戦争、そして “死” が描かれている。

 冷たい雨 嘘ならいいね
 あなたを抱き締めていたいけど
 わたしは誰かを殺しに行くの
 狂っている 狂っているよ

戦争の不条理をシアトリカルに表現したこの曲も、「ゲルニカの夜」同様、身につまされるような悲しみと痛みが伴う。そう、櫻井の描く “死” はいつだって容赦がない。

櫻井の抱き続けた深い人間愛が鮮やかに表現された「名も無きわたし」


では、グロテスクな小道具として “死” を用いているのかと言えば、もちろんそうではない。むしろ、その根底に込められているのは、生きることの希望、生命の尊さといった切実なメッセージだ。

遺作となったアルバム『異空 -IZORA-』の終盤を飾る傑作「名も無きわたし」で、櫻井はこんな詞を書いている。

 名も 無い わたしに
 あなた と お別れ 来た
 名も 無い わたしにも
 赤や 黄の 夢が‥

 狂い咲く 花たちよ 今は 咲き乱れよ
 狂い咲く 命 共 乱れ 乱れ 乱れ

櫻井の抱き続けた深い人間愛が鮮やかに表現されたこの歌を聴くたび、私はこみ上げるものを抑えられなくなる。最後まで強く、優しく、そして美しい人だった。あれから1年。あらためて、素晴らしい作品を数多く残していただき、本当にありがとうございました。

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