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菊池亮太×石井琢磨が語る、4人のピアニストによるガーシュウィンの世界

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菊池亮太、石井琢磨

菊池亮太がガーシュウィンのピアノ協奏曲4曲を一晩で弾き切った日本史上初の試みから1年、今年は「ミューザ川崎」で4人のピアニストによるガーシュウィンの饗宴『ガーシュウィンの世界~4人のソリストたちによるオールガーシュウィンピアノコンチェルト~』が開かれる。この一夜のために集うのは菊池亮太、石井琢磨、久保壮希、田所光之マルセル。それぞれ個性にあふれ、話題にこと欠かない期待のピアニストたちだ。

今回は菊池と石井に、ガーシュウィンの音楽の楽しみ方と、本公演の魅力についてお話を伺った。インタビューが行われたのは都内某所のスタジオ。二人は顔を合わせるなりピアノの前に座り、挨拶代わりに「剣の舞」を連弾し始めた。そんな和やかな雰囲気のなかでインタビューは始まった。

ガーシュウィン・マラソンからガーシュウィン・リレーへ

——昨年の『菊池亮太 ガーシュウィンの世界』ではガーシュウィンのピアノ協奏曲をお一人で4曲演奏されました。4曲と向き合った時間は振り返ってどのような時間でしたか?

菊池 振り返りたいけど振り返れないぐらい大変な日々でしたね。それでも本番の1ヶ月前は、当日に余裕を持ってパフォーマンスすることを意識していたので、楽しく過ごしていました。公演を終えてすぐに別のお仕事をたくさんいただいていたので、余韻に浸る時間はありませんでした。でもそれがかえって良かったという気もしています。じゃないと燃え尽き症候群になってしまいそうで。それぐらい濃密な時間でした。

僕が感じるガーシュウィンの一番の魅力はメロディーの美しさ。お客さまの反応でそれを実感することができて良かったと思っています。

——今年11月の『ガーシュウィンの世界~4人のソリストたちによるオールガーシュウィンピアノコンチェルト~』はガーシュウィンのコンチェルトを菊池さん、石井琢磨さん、久保壮希さん、田所光之マルセルさんが演奏されます。この企画はどのように生まれたのでしょうか?

菊池 まず、コンチェルトをテーマに何か企画しようとスタッフの方と話をしていて、コンチェルトといえばということで、最初から石井琢磨くんの存在は欠かせませんでした。さらに、去年は僕一人で弾いた4曲のガーシュウィンを、今年は4人が一晩で演奏する演奏会なんて面白そうだよねという話になって。あと二人、そうちゃん(久保壮希さん)と、田所光之マルセルくんにお願いしたいということになりました。

石井 僕が一人目だったの!?

菊池 そう。僕一人でコンチェルトを弾くんじゃ去年と何も変わらないし、誰かと何かをしたいという気持ちがすごくあったんだよね。そこで最初に思いついたのが……(石井さんに手を向ける)。

石井 ちょっと照れるな。“君のこと、一番に考えてた”なんて(笑)。もちろん二つ返事でOKしました。去年のガーシュウィン・マラソンのときも応援していましたし、亮太くんが頼み事をしてくるなんて滅多にないからね。

——石井さんは「ラプソディ・イン・ブルー」を何度も演奏されていますが、石井さんにとってガーシュウィンはどんな作曲家ですか?

石井 ガーシュウィンは多面性がある作曲家であり、クラシックとジャズの架け橋になるような作曲家ですよね。だからいろいろなピアニストがさまざまな表現で演奏できるところが一番の魅力だと思っています。

亮太くんはクラシカルに弾くこともできるし、ジャズにもポップスにも寄せられる、それこそガーシュウィンのような人。僕はどちらかというとクラシカル寄りだから、クラシカルにアプローチしてみるし、マルセルくん、そうちゃんのガーシュウィンも楽しみですよね。

尊敬する共演者たち

——田所光之マルセルさんについてはどんな印象をお持ちですか?

菊池 背が高くてテクニックも縦横無尽で、ラフマニノフみたいなイメージ。6月にマルセルくんの、さまざまな作曲家のエチュードを集めたコンサートを聴かせていただきました。そのときも体の大きさをフルに活かしながらも、繊細でダイナミックレンジの広い演奏を聴かせてくれて、感動のあまりCDも買わせてもらっちゃいました。

石井 実は僕とマルセルくんはすごく不思議な出会い方をしていて。大親友の髙木竜馬くんが、僕が企画している「男子ピアニスト忘年会」にマルセルくんを呼びたいと言い出したから来てもらったんです。で、当日初めてお会いして「竜馬とは大親友なんだよね」って聞いたら、「大親友??」という反応なんです。「どういうこと?」って聞いたら、一度も会ったことのないオンラインのマリオカート仲間だと。

菊池 うそー!

石井 その瞬間不思議な空気が流れました(笑)。その日は竜馬が来られなくなっちゃったから、マルセルくんが「いつか竜馬くんにも会いたいんですよ」なんて言ってて(笑)。そんなはじめましてでした。マルセルくんは話すとふわふわした感じだけど、演奏はパリッとしている。そのギャップが一流の証だなって思います。

菊池 僕は演奏と会話にギャップを感じないけどな〜。

石井 あるよー! というか、ちょっと亮太くんとも雰囲気が似てる気がする。

——久保壮希さんについてはいかがですか? 久保さんはYouTubeでもご活躍ですね。

菊池 まだ14歳なのにすごい難曲を弾くし、そのうえ若い人特有の吸収の速さが動画越しでもよくわかるんですよね。数ヶ月前の演奏と比べて全然違うんですよ。羨ましくもあり、将来が楽しみな存在でもあり、尊敬しています。

石井 僕は直接お会いしたことはまだないんだけど、亮太くんはどこで知り合ったの?

菊池 共通の知人から共演をお願いされたのがきっかけ。ネタバラシみたいになっちゃうけど、僕がピアノを弾いているときに突然乱入されるっていう動画に出てもらっていて、リハーサルもなく「剣の舞」を弾いたのが最初。そうちゃんは手が大きいからテンポをどこまでも上げられるという話を聞いていたけど、本当にそうなんだよね。だから琢磨くんの大人の余裕が漂う演奏とも違って、バリバリ弾くんだけど、話してみるとシャイなの。

石井 そこもまた二面性だね。亮太くんからそうちゃんをキャスティングしたいって聞いて、「ぜひ!」と思った。100回練習するよりも1回のオーケストラとの本番の方がいろいろなものを吸収できるから、良い機会になればいいなと僕も思いましたね。亮太くんのやりたいことは僕のやりたいことでもあるし。

そんないろいろな思いがつまったコンサートだから、実はスケジュールが厳しかったんだけど、「絶対に出たい」ってマネージャーさんに伝えました。

菊池 石井琢磨はこういう男なんですよ!

石井 未来あるピアニストに対して何かしたいという、亮太くんの最初の一手になると思う。

菊池 でも“僕が育てた”みたいには絶対したくない。そういうことじゃなくて、どんな共演者に対しても尊敬の気持ちを抱けるかが重要。それは演奏に対してもだし、何かを貪欲に学び取っていく姿勢だったり、広い意味で尊敬できる人と共演したいという思いがあったんですよね。

そうちゃんは、きっと今後コンチェルトを弾く機会が増えると思うんです。今回東京交響楽団さんとの共演を経験したら、もう怖いものはないんじゃないかって。そこから今後どうやって化けていくかが楽しみだし、一度怖いことを経験したら、良い意味で怖いものに対して抵抗がなくなるから、これが何かのきっかけになればいいなと僕は思っています。

石井 その考え方すごくいいね。お客さん視点でも、そうちゃんの初めてのコンチェルト(編集註:そうちゃんは『題名のない音楽会』が行う人気企画・オーケストラと共演する夢をかなえる「夢響」企画にてオーケストラとの共演経験あり。コンサートで披露するのは今回が初めて)ということですごくアドレナリンが出て、観たことのないパフォーマンスになる可能性があるよね。僕たちが初めてオーケストラと共演したときもそうだったけど、“あの瞬間”はもう二度とこないからお客さまにとっても、きっと熱いガーシュウィンが聴けるよね。

菊池 確かに初めてオーケストラと演奏したときは、本当に言いしれぬ何かがあったよね。

石井 「こんなに金管楽器の音が遅れて聞こえてくるんだ」とかね。

菊池 ホルンは楽器自体の発音も遅いからね。最初の息の音が実音として聞こえてくるまでにラグがあるんですよね。だからこそコンチェルトを弾くときは自分が思っているよりもちょっと遅めに弾いたほうがうまくいくんですよね。

石井 そうそう。余裕を持って弾かないと爆死するよね。

菊池 85%ぐらいの力で弾けるようになっておかないと。

4人のコンサートは4種のチーズ食べ比べ

——ひと晩で4人のピアニストの演奏を楽しめるコンサート。注目ポイントはどんなところでしょうか?

菊池 演奏者が違うので、当然別の音楽になりますが、根幹にあるのはガーシュウィンが作った音楽ということ。「これが一人の作曲家から生まれたものなんだ」という驚きがあるはずです。ピアニストのカラーも違うから、去年一人で僕が4曲弾いたのとはまったく違う面白さがあると思います。まるでチーズの食べ比べみたいですよね。同じ牛乳という原材料から風味も味もいろいろなチーズができて、それを食べ比べるみたいな、そんな楽しさがあると思います。

石井 4人の音色の違いを楽しむことができるよね。それに加えて、ガーシュウィンはピアニストによるアレンジパートが出てくるから、アレンジセンスが聴き比べられます。亮太くんの“チーズの盛り合わせ”というのは良い喩えだね。なにが正解というわけではなくて、同じガーシュウィンでもピアニストでこんなに違うし、曲もこんなに違うんだっていうことが一晩でわかる面白いコンサートになるはず。4人がオーケストラとどう調和しているのか、どうコンタクトを取っているかにも注目してほしいですね。

菊池 今回、琢磨くんに弾いてもらうのは「ラプソディ・イン・ブルー」。琢磨くんは、僕と正反対の「ラプソディ・イン・ブルー」を弾く人だと思っています。この曲は「シンフォニック・ジャズ」と言われていて、シンフォニックな部分、いわゆるクラシカルな部分を、琢磨くんは忠実に再現してる。この曲のあるべき演奏をしていると僕は感じていました。僕と正反対の、琢磨くんのブルーチーズが食べたいなって(笑)。だからお願いしました。

石井「ラプソディー・イン・"ブルー"」だけにね(笑)。でも今回、どんな演奏をするかはお楽しみですね! ちょっと違う雰囲気にしても良いかも。……今思いついたんだけど、カデンツァを菊池亮太版で弾いたら面白いんじゃないかな。僕のために書いてくれない?

菊池 それいいね! 作るよ!

石井 やった! “特別版”ということで乞うご期待ですね。

菊池 胸アツだなぁ。当日がますます楽しみになってきた。

ガーシュウィンに漂う哀愁

石井 亮太くんは「ピアノ協奏曲ヘ調」を弾くよね。一番合っていると思う。

菊池 この2楽章がね、ブルースのようでガーシュウィンの哀愁が滲んでいるんですよね。僕、ガーシュウィンの音楽の本質は“哀愁”だと思っていて。ガーシュウィンの音楽って、どんなに明るくしようとしても、どこか物悲しさが漂っている瞬間があるんです。なんというか……。

石井 わかる。葉巻の煙が充満しているようなね。あんまり流行ってない薄暗いバーで、店主もやる気がなくて気だるい感じ。彷徨しているっていうのかな。明るいシーンでも、元気だった頃を回想しているような雰囲気があるんだよね。

菊池 わかるなぁ。ガーシュウィンはパーティーが好きだったらしいけど、オーケストレーションを約1年で習得した勉強熱心な人でもあり、晩年はうつ病っぽくなったりと、ネアカな性格ではないと思うんですよ。パーティーが終わってみんな帰ったあとに、ダウナーになっているタイプだと思う。

石井 明るい音楽を書く作曲家ほど実は暗い面を持ち合わせてるよね。モーツァルトもそうだよね。

菊池 自分の心の闇を笑い飛ばしたい一心で明るい曲を書いたり、変な手紙を書いてみたり、反動だと思うんですよね。だから明るく振る舞おうとしているけど哀愁を感じる。ガーシュウィンの“粋”だね。

——今のお話、コンサート当日のお客さまの聴く耳が変わりそうですね。

石井 当然本人に聞けないから僕たちの主観ではあるけど、でもそういう雰囲気を音楽から感じるときはあります。

菊池 「こういう人なのかも」と考察してみる楽しさはありますよね。聴く方それぞれのガーシュウィン像というのもありますよね。

石井 それが見えるコンサートかもね。4曲も聴いたら何かが浮かんでくると思います。

菊池 それと、僕たちが今多様な音楽を享受できているのは、ガーシュウィンの功績だと思うんです。“クロスオーバー”というジャンルがまだ存在しなかったときに、最初にクラシックとジャズをかけ合わせたのがガーシュウィン。今は、例えばクラシカルな要素が入っているJ-POPなんて普通にありますけど、そういった試みの始まりがガーシュウィンというわけです。そういった音楽の重要な分岐点を生み出した作曲家ということも感じて楽しんでもらいたいですね。

頼もしい和田マエストロ

——菊池さんのガーシュウィン・マラソンに続いて、指揮は和田一樹さん。そしてオーケストラは今回、東京交響楽団です。和田さんにどのような印象をお持ちですか?

石井 とてもフレンドリーな方で、こちらのやりたいことを汲み取って尊重してくれる素晴らしい指揮者です。体幹が良いから棒がわかりやすくて、すごく安心感があります。ウィーン国立音楽大学の指揮科の生徒って40、50人いるんですけど、みんな「体幹を鍛えろ」って先生方から言われていました。それぐらい指揮者にとって大事なことなんですよね。

菊池 去年のマラソンのときもギリギリまでいろいろと意見を聞いてくださって、たくさん助けてくださいました。僕たちのやりたい音楽を察してくれるし、笑顔でこちらに振ってくれるんですよ。だから安心して弾けるんです。

石井 わかるな。

菊池 コンチェルトって責任重大。ただでさえプレッシャーを感じているなかで、あの笑顔にとても救われます。東京交響楽団さんは僕の好きな曲、例えばこの公演の翌日11月2日に東京芸術劇場で演奏される「SF交響ファンタジー」(編集註:菊池亮太×けいちゃん×東京交響楽団 『共鳴』-The First Concerto Session- での演奏予定曲の一つ)の初演を務めていらっしゃる歴史あるオーケストラ。その歴史のなかに、僭越ながら入れていただけるような気がしてうれしいです。

ガーシュウィンは39歳で亡くなった作曲家。今の僕の年齢とそう変わらないので、どんな思いで音楽を作ったかを改めて考えて、その真髄に迫った演奏をしたいと思っています。 応援よろしくお願いします!

取材・文=東ゆか 撮影=福岡諒祠

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