弘前『銀水食堂』でしょうが焼きと津軽美人なオムライスを【東北人が改めて東北で飲(や)る旅 青森編①】
私の地元である秋田県は国土が大きくて、チートの北海道を除けば日本で第5位の大きさを誇る。大きいのはいいのだが、なにせ公共機関の交通網が貧弱で、その広大な国土を縦断するのには何時間もかかってしまうルートばかりだ。
比較的、交通の便がいい隣国の岩手県盛岡市や山形県酒田市などにはわりと遊びに行ったが、厳しい山間部を超えないといけない青森県には、ほとんど行ったことがない。思い出があるとすれば、運転免許を取ってはじめて家族を乗せて運転した目的地が青森県弘前市だった。おっかなびっくりで運転をして、やっとたどり着いた弘前。当時はまだ母親が存命だっただけに、家族全員では最初で最後の車旅行になったのが残念ではある。
そんなことをふと思い出して、ある日弘前へと旅に出ようと決めた。秋田駅から特急「つがる」に乗り込み、いざ弘前へ。
今度はひとり旅。目的はそう、酒場である。
まだ寒さが衰えない3月。約10年ぶりの弘前にテンションが上がる。いざ酒場へ……と行きたいところだが、せっかくなので少し観光を。
まず、外そうたって外せないのが弘前城だ。城自体は小ぶりだが、その本丸までの道中が広大で立派。それもそのはず、毎年4月中旬から約半月ほど開催される「弘前さくらまつり」のメイン会場となるからだ。
さすが“日本三大夜桜”といわれるだけあって、満開の桜を想像するだけで花見ができそうだ。
市内を歩いていて特に気に入ったのが、私の大好きなレトロ建築が多いことだ。藤田記念庭園内にある大正浪漫喫茶室、旧弘前市立図書館、旧東奥義塾外人教師館などなど、これらが無料か数百円で見学できるからうれしい。
旧第五十九銀行本店本館なんか、特にシビれた。出入り口の扉を開くと、目の前には広々としたロビーがある。カウンターが少し低めなところが当時っぽくリアルでいい。
それと、2階にある重役室に入ることができるどころか、重役の椅子に座れるからたまらない。弘前のレトロ建築にある備品のほとんどが、手に取り、触れることができるので、レトロ建築好きにはかなりおすすめだ。
山間部の弘前がなぜここまで経済発展していたかというと、明治30年代に陸軍第八師団司令部があり“軍都”として繁栄した背景があり……と、まだまだ紹介したいが、そろそろ酒場を紹介したい。不知案内の土地で、一発目に入る酒場といったら……ハイ、大衆食堂でしょう。
弘前城の三の丸追手門を出て中央弘前駅方面に歩いて数分、目的の大衆食堂が……うはっ、見えてきた……!
な・な・なんちゅうシブい外観! 2階建てのレンガ模様の古い外壁、シンプルというべきか素朴というべきか“銀水食堂”とだけ大書された看板が潔い。
店先には、日焼けしまくった食品サンプルのケースが待ち構えている。ここもレトロ建築の一部なのか……? ちらつく雪の天然フィルターが、何とも言えない哀愁を演出する。果たして店内はいかほどに……想像できるようなできないような……いざ、中へ入ろう。
「いらっしゃい。好きなどご、どぞ」
う……お……! 女将さんの“津軽弁”で出迎えられた店内は、大衆食堂としては100点満点の光景だ。グリーンの床、色褪せてクリーム色になった壁や天井。磨かれまくったテーブルとパイプイスを、裸の蛍光灯が照らしている。
よくぞ、今まで在り続けていてくれた。問答無用、それら全体を見渡せるテーブルを酒座と決めた。
はじめての青森の大衆食堂、そしてこの内観と共に合わせるのは瓶ビールからしかない。よく冷えた瓶と冷水用のコップのタッグ。これぞ大衆食堂飲みだ。
ごぐんっ……ごぐんっ……ごぐんっ……、たんげめぇぇぇぇ(すごくおいしい)!! 思わず喉仏も訛(なま)るおいしさ。“青森県へ飲(や)りに来た”が、ついに叶った瞬間だ。さぁ、料理もいただこう。
メニューは壁に“ペラ1枚”貼り付けられたメニューと、厨房の上に並ぶ名札のみ。この中から選ばれしは……キミだっ!
出・ま・し・た「しょうが焼き」だ! 分厚い豚肉とモッサリキャベツ、果肉感たっぷりのタレからは甘じょっぱい香り……こんなに“しょうがしょうが”しているしょうが焼きなんて見たことがない。
ク──ッ、うんめぇ! ムッチムチした豚肉からはじゃぶじゃぶの肉汁があふれる。それと他にはニンニク? いや、りんご? しょうがとは違う独特の柑橘が堪らなくウマい。
これに近いのが長野で食べた“山賊焼”だ。この風味は、他の弘前の酒場でたびたび出くわすことになったのだが、とにかくやみつきになった。東京の酒場でこのしょうが焼きを売り出したら、きっと流行るに違いない。
付け添えのポテトサラダが、また地味においしい。
「ラーメンど、焼飯ど、あどー……」
「オレ、野菜炒め定食。オメは?」
「へばー、カツ定食」
「ラーメン、焼飯……ちょど待でてね」
すぐ後から入って来た、若者四人客の会話で和む。秋田の隣といっても、訛りのイントネーションが全く違う。さすがは難解な津軽弁。ちょっと気を抜くと外国にいる気分になる。
そこへやってきたのがオムライスである。ちょっとキミ、美し過ぎるのではないかい? つやつやの玉子肌には一片の焦げ目がなく、とろりと赤いケチャップがかかっている。津軽美人なオムライスを、真ん中からスプーンでぱっくり。
うっほほ~い、これまたきれいなチキンライス。 スプーンですくってパクリ。
う──ま──いっ! デカすぎるチキンがゴロゴロ、程よくケチャップ味のライスは、鶏の旨味もしっかり。ふうわり玉子の甘さと相まって、最高傑作と呼ぶべきオムライスだ。
これはあれだ、子どもを連れていきたい大衆食堂だ。休日に「何が食べたい?」とたずねると「銀水のオムライス!」と目をキラキラさせる我が子。嗚呼、そんな日が私にも訪れるのだろうか……
「ごちそうさまでした」
「はいどもー」
ほどなく、ほとんど知らない青森で素晴らしい食堂に出合った。店を出て、今一度その外観に見惚れていると、先ほどいた4人客が店から出てきた。そして、その中の1人が、他の3人に言った。
「毎日食べでも、ちょうどいい味だべ?」
3人はうなずき、満足げな表情で駅の方へ歩いて行った。それと別に、私も4人目として大きく頷く。“毎日食べてもいい味”……そんな店、弘前どころか日本中にいくつあるだろうか。
『銀水食堂(ぎんすいしょくどう)』
住所: 青森県弘前市新鍛冶町15-2
TEL: 0172-36-1045
営業時間: 11:00~16:00
定休日: 水
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。
取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)
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