「やめて」が言えない。自閉症息子が自分の思いを伝えられるようになるために
監修:藤井明子
さくらキッズくりにっく院長 /小児科専門医 /小児神経専門医/てんかん専門医
自閉症息子、分かりづらい気持ちを、表情マークで表現
現在、小学2年生の長男けんとは、自閉スペクトラム症と3歳の時に診断を受けました。
けんとには構音障害もあり、言葉が不明瞭なことに加え、思っていることを言葉に出して伝えるのが苦手です。楽しそうな時は笑顔でピョンピョン飛び跳ねたり、イヤそうな時は、その場から逃げ出したりするので、その様子を見て親が気持ちを察知。
「うれしかったね」とか「怖かったのかな?」と予想した気持ちをけんとに質問していましたが、うれしいのか、悲しいのか、何が怖くて、イヤだったのか、どんな感情を持っているのかというのは、小さな頃からとても分かりづらい子でした。
小学校2年生から通い始めた放課後等デイサービスでは、その日の終わりに「今日の感想、気分」を提出する課題があります。感想を書けるようになっている記入欄と、その下にニコニコ笑顔のマーク、プンプン怒り顔のマーク、悲しそうな泣き顔のマーク、困っている顔のマークが書いてあり、その日の気分に自分で丸をつけます。
けんとは、放課後等デイサービスでの活動を楽しんでいることが多く、感想のところには「かくれんぼが楽しかった」などと書き、その下はほぼ毎回、ニコニコ笑顔マークに丸がついています。
ニコニコしていたのに、怒っていた?
通っている放課後等デイサービスでは、迎えに行った時、今日の子どもの様子を聞けるフィードバックがあります。
ある日「今日の感想、気分」を書く課題で、けんとが珍しくプンプン怒り顔のマークに丸をつけていました。その課題を見た先生がけんとに、なぜプンプンマークに丸をつけたのか事情を聞き、フィードバックの時に私に教えてくださいました。どうやらお友達に押されてしまったらしく、それが嫌だったようです。
しかし、その日の放課後等デイサービスでのけんとは、とてもニコニコ楽しそうに過ごしていたらしく、「怒っている素振りがあったり、嫌な気持ちを抱えていたり」という様子は一切感じられなかったとのこと。
言葉で上手く表現できないだけでなく、態度でも分かりづらい感情が隠れているのだと知りました。
それ以来「けんとの他にも隠れている感情が見つかるかもしれない……。そして、この表情マークで気持ちを伝え合うことで、人の気持ちに気づくきっかけになるかもしれない…」と思い、不定期ですが、家族でどこかへ遊びに行ったあとなどに、けんとに感想を聞いて、本人が気分マークに丸をつけるというやり取りを始めてみることにしました。
『自分の気持ち』『人の気持ち』伝えて分かること
休日、家族でアスレチックへ行った時のことです。
身体をいっぱい動かして帰宅し、家族でテーブルに集まり、さっそく今日の感想や気分をみんなで伝え合うことをしてみました。
まずは私の番。その日、アスレチックの途中でヘビに遭遇したので、その出来事に触れながら「ママは、今日はとっても楽しかったのでニコニコ笑顔マークに丸! だけど、途中でヘビがいてビックリもしたし、怖かったし……、たくさんの気分があったよ」と、私の気持ちを伝えました。
そして、けんとの気持ちを聞いてみると、「ビックリしたけど、ヘビに会えてうれしかった」と言いながら、なんとニコニコ笑顔のマークに丸をつけたのです。
私は怖くて必死でしたが、けんとの言葉を聞きながらその様子を思い返してみると、ヘビを見つけた時、確かにけんとは笑っていました。「怖くなかったの?」と聞いてみると「怖くなかった」と。けんとにとっては、初めてヘビが見られてうれしかったのだと知ることができました。
私は、自分がヘビが怖いからといって、「けんとも怖かっただろう」と勝手に決めつけていたのです。でも、それは、私の感想。人の思いはそれぞれなのだと、私自身も改めて気づかされた出来事になりました。
人に気持ちを伝えようとしている? 「イヤだよ、やめて」が言えるように
けんとは小学2年生になりました。最近、本人が以前よりも「人に伝えよう」という気持ちを持つようになったと感じます。学校や放課後等デイサービスなどで、人との関わりを通してさまざまなことを学び、その成果がでてきているのか、つたないながらも自分の気持ちを伝えてくれることが増えてきました。
1年生の頃は学校でギュっとお友達に後ろから抱えられた時、されるがままだったのですが、最近ではお友達に「イヤだよ。やめて」と言えるようになってきたようです。
気持ちを伝えられることが増えてきたことで、新たな友達とのトラブルも出てきたりしているようですが、成長したからこそだと思っています。
とは言え、まだまだ気持ちを言葉や態度で伝えることが苦手そうな、けんと。その時の感情を伝えたり、隠れた想いを態度で表現したりする方法などを、これからも少しずつ学んでいってくれたらと祈りながら、長い目で成長を見守りたいです。
私もこれから起こる出来事を通して、子どもたちと一緒に、その時に感じた想いを伝え合ったりしながら、十人十色な人の感じ方を話し合っていけたらいいなと思っています。
執筆/ゆきみ
(監修:藤井先生より)
自閉スペクトラム症の特徴の一つに自分の気持ちを表現するのが苦手ということがあります。言葉の有無に関係なく、表情の理解や、自分の気持ちを理解するのが難しいお子さんもいます。
今回のコラムのように、ゆきみさんとけんとさんが感情を表現する絵カードなどで表現を促すのも良い方法ですね。構音障害があるとのことなので、音声で表現するのが難しい場合には絵カードを用いたコミュニケーション(PECS)なども有効かもしれませんね。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。