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体育館の下に1800年前の豪邸!ローマの高校生が見つけた「秘密の部屋」とは

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画像 : リチェオ・カヴールの地下に残る古代ローマ邸宅への入口廊下。現在はほぼ埋まった状態だが、地下空間には当時の構造が残されている。Cantieri Narranti / Ministero della Cultura

体育館の下に「秘密の部屋」がある? 高校生たちの噂から始まった発見

画像 : ローマのリチェオ・カヴール。コロッセオ近くにあるこの学校の体育館下から、2世紀ごろの古代ローマ邸宅が確認された。Rupertsciamenna / CC BY-SA 3.0

古代ローマの遺跡が街のあちこちに眠るイタリア・ローマでは、新たな発見そのものは決して珍しくない。

しかし今回の発見が世界中の注目を集めたのは、その場所が少し変わっていたからである。

遺跡が見つかったのは、コロッセオ近くにあるリチェオ・カヴール高校(Liceo Cavour)の地下だった。

きっかけとなったのは、生徒たちの間で長年語られていた「体育館の下には何かがあるらしい」という噂だったという。

実際、この学校の地下には以前から古代ローマ時代の遺構が存在することが知られていた。しかし、その大部分は土砂に埋もれたままで、詳しい調査や公開は十分に行われていなかった。

状況が大きく動いたのは近年である。

学校関係者と考古学当局が連携し、本格的な調査と保存計画が進められた結果、体育館の地下に広がる大規模なローマ時代の邸宅跡が改めて注目されることになったのだ。

地下から現れた1800年前の豪邸「ドムス」

画像 : リチェオ・カヴールの地下に残る古代ローマ邸宅への入口廊下。現在はほぼ埋まった状態だが、地下空間には当時の構造が残されている。Cantieri Narranti / Ministero della Cultura

ローマ特別監督局によれば、この遺構は帝政中期のドムスの一部だという。

ドムスとは、裕福な市民や政治家、貴族などが暮らした高級住宅を指す。
一般市民が共同住宅(インスラ)に住んでいたのに対し、ドムスの所有者は広い敷地や豪華な装飾を備えた住居で生活していた。

特に考古学者たちを驚かせたのは、その保存状態の良さだった。

地下に残る部屋は長年にわたり土に埋もれていたため、壁面やアーチ状の天井には当時の装飾が数多く残されていた。

画像 : 古代ローマ邸宅の漆喰装飾。リチェオ・カヴール地下の遺構では、壁画だけでなく天井付近の装飾も良好に残っている。Cantieri Narranti / Ministero della Cultura
画像 : 壁には赤や黄を基調としたフレスコ画の痕跡が残る。Cantieri Narranti / Ministero della Cultura

また、文化財保護当局によると、現在確認されている空間は本来の高さの大部分が埋没した状態にあり、それゆえに壁画や人物を表した装飾が良好な状態で保存されたという。

一般的に古代ローマの住宅遺構は、後世の建築や都市開発によって破壊されたり、装飾部分だけが失われたりしていることが少なくない。

しかし、このドムスは長年土に覆われていたことで外部から守られる結果となったのである。

現在の調査では、埋まったままの部分を慎重に掘り下げながら、壁画や装飾の保存修復が進められている。

考古学者たちは、地下に残された空間を完全に明らかにすることで、約1800年前にこの豪邸で暮らしていた人々の生活や、古代ローマ上流階級の住環境について新たな手がかりが得られると期待している。

画像 : ポンペイのドムスのアトリウム public domain

キケロやポンペイウスも暮らした高級住宅街だった

このドムスが発見された場所は、古代ローマでも特に価値の高い土地だった。

リチェオ・カヴール高校が建つ一帯は、古代ローマのカリナエ地区とエスクイリーノ地区の間に位置し、有力者たちが居住した地域として知られている。

共和政ローマ末期の政治家・文筆家として知られるキケロや、カエサルと並ぶ実力者だった将軍ポンペイウス、後に初代皇帝アウグストゥスとなるオクタウィアヌスらが暮らしていたという。

画像 : ミュンヘン・レジデンツにあるポンペイウスの胸像 public domain

もっとも、現在では当時の街並みを知る手がかりはあまり残されていない。

ローマは二千年以上にわたり建築と再開発を繰り返してきたため、この地域の古代遺構の多くは後世の工事によって破壊されてしまったのである。
そのため、今回のドムスの発見は、古代ローマ中心部の住宅事情を知るうえでも貴重な資料と考えられている。

また先述したように、この邸宅の存在自体は未知だったわけではない。

1895年、現在のアンニバルディ通り(Via degli Annibaldi)を開通させる工事の際、このドムスの東側部分が発見されている。
しかし、その後の道路建設によって発見部分の多くは失われてしまったという。 

さらに当時の発掘では鉛製の水道管が出土し、その表面には「Umbria Albina」と「L. Fabius Gallus」という名前が刻まれており、この邸宅の所有者や関係者を推定する重要な手がかりとなっている。 

ただし、現時点で誰がこの豪邸の主人だったのかは断定されていない。

体育館の下の遺跡を公開へ ローマが進める保存プロジェクト

画像 : 複数の空間がつながり、壁面には装飾の痕跡が確認できる。Cantieri Narranti / Ministero della Cultura

ローマの文化財当局は、このドムスの将来的な一般公開を視野に入れ、保存と整備を進めている。

この事業には欧州連合(EU)の復興基金から約35万ユーロが投じられ、2025年から2026年にかけて保存・修復工事が行われた。

さらに道路から直接入れる新たな入口や見学ルートの設置が計画されており、解説パネルやデジタルコンテンツを活用した展示も導入されるという。

また、この取り組みは学校の教員や生徒たちとも連携しながら進められ、教育現場と文化遺産保護を結びつける試みでもある。

約1800年前の豪邸は、長い眠りから目覚めつつある。

かつてローマ帝国時代の有力者が暮らしたかもしれない邸宅は、今後、多くの人々に古代ローマの姿を伝える新たな歴史遺産となっていくのかもしれない。

参考 : ローマ特別監督局「132 – Domus Liceo Cavour」、Cantieri Narranti「DOMUS LICEO CAVOUR」、Liceo Scientifico Statale Cavour 公式サイト 他
文 / 草の実堂編集部

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