世代・性別をこえて愛される“異世界転生”ストーリーのルーツを探る
SBSラジオ「TOROアニメーション総研」のイチオシコーナー、人気アニメ評論家の藤津さんが語る『藤津亮太のアニメラボ』。今回は異世界転生物の文化的背景についてお話を伺いました。※以下語り、藤津亮太さん
なんと1800年代からある異世界物
異世界転生というストーリーのジャンルが、どんな積み重ねで確立されてきたのかお話したいと思います。
異世界転生物の典型的な展開は、現代の我々に近いような立場の人間が、何らかの形で環境の異なる場所へ行って無双したりトラブルに巻き込まれるというものと、中世ヨーロッパ風の世界観をベースにしているものも多いです。これがどうやって日本のカルチャーに浸透してきたのでしょう。
環境が違うところへ突然転移して、無双するというもののルーツはマーク・トウェインが書いた『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』(1889年)という小説にあります。
これは当時のアメリカ北部の人間が、異世界ではなく、アーサー王の時代へタイムスリップする話。現代の知識を使ってどんどん偉くなり、王に仕える魔法使いマーリンに対抗するようになります。これが現代人が特殊な環境に行って現代の知識を使うというストーリーの先駆けだと思います。
それ以降も異世界に行くというパターンの小説はちょこちょこ書かれています。例えば『火星のプリンセス』(1912年)という単行本。アメリカ南北戦争のときの南軍の兵士の魂が火星に行き、そこで勇者として頑張るという話です。あとは有名なところでは1950年に出たC・S・ルイスの『ナルニア国物語』ですね。これは、子どもたちがクローゼットの中から異世界・ナルニア国へ行ってしまうというファンタジーで、近年映画化もされました。
日本だとごく初期に高千穂遥さんが『異世界の勇士』(1979年)というファンタジー小説を書いています。また『十二国記』(1992年)という小野不由美さんの超有名な小説も、普通の女の子が中華風の異世界へ行ってしまうという話です。
ところで、なぜ我々は中世ヨーロッパ風の世界設定を普通に受け入れられるのか。これにはトールキンが書いた『指輪物語』(1954年)の影響がすごく大きいんです。『The Lord of the Rings』という実写映画もありましたが、この人は完全に「中つ国(ミドル・アース)」と言われる世界を作り上げたんです。そこではオリジナルの言語が使われ、エルフやホビットなどいろんな種族がいるという完全な異世界です。
この道具立てがいろんなところに影響を与えます。『指輪物語』は60年代にアメリカでヒットするのですが、それがTRPG(テーブルトークRPG=対話型RPG)に影響を与えます。1974年には『ダンジョンズ&ドラゴンズ』というTRPGのゲームが流行るなど遊びにも影響が出てくるわけですが、TRPGは、人が揃わないとできない難しさがありました。
それに対して1981年には、パーティーを組んでダンジョンに行って攻略をするという『ウィザードリィ』というコンピューターゲームが登場します。コンピューターを使うことで、ひとりでTRPG的な遊びができるようになったわけです。このブームがじわじわと日本にいろんな形で入り、1983年にバイストン・ウェルという中世風異世界に主人公が召喚される『聖戦士ダンバイン』が放映されます。ゲームとしては1986年に『ドラゴンクエスト』がヒット。『ドラクエ』シリーズをずっと楽しんでいる人も多いのではないでしょうか。
『ドラクエ』以降、ゲームで異世界ファンタジーを楽しむということがポピュラリティーを得た結果、現在では小説の中でもゲーム的な要素がごく当たり前に前提にされるようにています。だから転生物だと、普通に何の説明もなく、自分のステータス画面を確認したりする描写があるわけです。
こういう大きな流れのなか、1990年前後からよりポピュラー化した形でアニメに異世界要素が入ってきます。『魔神英雄伝ワタル』(1988)、『NG騎士ラムネ&40』(1990)や、『魔法騎士レイアース』(1994)、『天空のエスカフローネ』(1996)など続々と主人公が異世界に召喚されるアニメが放映されます。なお、現在のように異世界が舞台になるものが増えたのは、『ゼロの使い魔』(2004)のヒットが大きいと言われています。この頃はWeb小説投稿サイト「小説家になろう」のローンチの時期でもあり、同作のヒットを受けて、異世界ものを書く人が増え、これがいわゆる“なろう系”のルーツみたいになっていったとのことです。
異世界物というのは、みんなの心の欲望にストレートに応える要素が多いエンターテインメントだと思います。そこに中世風ファンタジーの積み重ねが加わったことで、現実とは違うけれど、みんな知っているお約束を使って自由に世界を作れるようになった。それが、これだけ普及した理由かなと思いますね。