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坪井慶介、浦和の街を歩く~ピッチ外の浦和の思い出巡り~

さんたつ

2002年のプロ生活スタートから13年、浦和レッズでプレーした坪井慶介さん。家族と過ごした懐かしの場所、チームメイトと飲み明かした夜、そしてサポーターとの思い出を、浦和の街を歩きながら振り返った。 本稿では『散歩の達人』2022年3月号掲載のインタビューをWeb限定のロングバージョンでお届けします!

坪井慶介

1979年、東京都多摩市出身。2002年に浦和レッズに入団し、新人王とフェアプレイ賞を受賞。2003 年には日本代表にも選出され、2006年のドイツW杯では主軸として活躍。2015年に浦和レッズを離れ、湘南ベルマーレ、レノファ山口でプレーしたのち、2019年シーズンをもって現役引退。現在はタレントに転身し、サッカー番組など各種メディアで活躍中。

苦しい時期も、街の声援がプレーを続ける励みに

――浦和駅西口のガード下はスナックや飲み屋が並ぶディープな雰囲気ですよね。

坪井 : 僕が浦和にいた頃から変わっていなくてうれしいです。ここの焼き肉屋の『三楽園』さんは、レッズの関係者がよく来るんですよ。僕が入団したての時期にお店に入ったとき、浦和の重鎮の森(孝慈)さんや(横山)謙三さんがいらっしゃって、恐れ多くて挨拶だけで帰ったことをよく覚えています(笑)。

(ここで近くのお店の人が撮影中の坪井さんに気づく)

近くのお店の人  : あ、坪井さんじゃないですか! この雑誌(『浦和レッズマガジン』)にサインもらってもいいですか?

坪井 : もちろんいいですよ!あ、マリッチ(2005年にレッズに在籍したフォワード)が出てる記事もある。懐かしいなぁ。

――先ほど街を歩きはじめてから、もう何度も声をかけられてますね。

坪井 : 一緒に戦う仲間と認識してくれているのか、今もレッズの選手と勘違いされているのか、さっきも「坪井さん、今年こそ!」という応援をいただきました(笑)。

――現役の頃から見た目が変わってないからでしょうね。身体は今も鍛えているんですか?

坪井 : サッカー教室などのイベントで子供たちと接する機会もありますからね。今の子供たちの大半は僕のプレーを見たことないので、「サッカー選手だったんだぞ!」と分かる姿は見せられるよう努力をしています。

――レッズファンの聖地『酒蔵 力 浦和本店』も見えてきました。

坪井 : 選手時代はさすがに入れない店でしたね。この通りだと、『すみぼうず』(海鮮居酒屋)によく来ていました。

――街中でお酒も飲まれたんですか?

坪井 : 休日前の夜だけですね。同期のヒラ(平川忠亮・現浦和レッズコーチ)とかホリ(堀之内聖・現浦和レッズスタッフ)と来ることが多くて、途中から真面目な作戦会議が始まることも多かったです。

――この街にはレッズ時代のいろんな思い出が詰まっているんですね。

坪井 : 試合に出られない苦しい時期でも、街に出ると「ツボ頼むぞ!」「待ってるぞ!」と前向きな声を多くかけていただいたことが凄く記憶に残っています。「ここまで試合に出られないなら移籍しようか」と考えた時期もありましたが、そうした声があったからこそ、僕はレッズで長くプレーを続けられました。僕はレッズとの契約が終わったとき、「まだ選手として頑張りたい」という気持ちが残っていたので、移籍してプレーを続ける選択をしましたが、ヒラの引退セレモニーを見たときは、「浦和で始めて浦和で終われることはやっぱり素晴らしいな」と感じましたね。

――浦和駅に到着しました。駅直結の地下通路『浦和サッカーストリート』は坪井さんがレッズに在籍していた頃にはなかったものですよね。

2018年に開通した浦和駅東西連絡通路と西口中ノ島バスターミナルを結ぶ地下通路「URAWA SOCCER STREET」。レッズの公式ショップ『RED VOLTAGE』があるほか、2003年ナビスコ杯優勝時の坪井さんの着用ユニフォームなども壁面に展示されている。

坪井 : そうですね。この場所に移転してきた『RED VOLTAGE』(レッズの公式ショップ)にも先週初めて来ました(笑)。

――この通り沿いには坪井さんのユニフォームが展示されていますね。

坪井 : 僕のユニフォームは2003年のナビスコカップ決勝(レッズが勝利して初タイトルを獲得)で着ていた実物ですね。レノファ山口でプレーしていた頃、『あの試合のユニフォームがあったら展示させてほしい』とレッズから連絡が来て、実家から引っ張り出して渡したのを覚えています。

――ほかにも歴代の名選手のユニフォームが並んでいて壮観です。

坪井 : (展示されたユニフォームを眺めながら)僕がいた頃のレッズの選手たちはキャラが濃かったですねぇ……。岡野(雅行)さんとか(小野)伸二とかは、ピッチの上でもベンチでも、とにかくうるさかった(笑)。「よくチームとしてまとまってたな」と、今振り返ると思います。

――レッズのOBは福田正博さん、水内猛さんと、喋りが達者な人が多いですよね。

坪井 : フクさんは僕が入団1年目のときが現役最終年でしたが、試合中も帰りのバスでもずーっと喋ってましたね。試合の反省も含めてずーっとアレコレ話し続けてて、近くのヤマさん(山田暢久)が何か怒られてて。ヤマさんは聞いてるんだか聞いてないんだか分からない感じでしたけど(笑)。

『コクーンシティ』で鬼ごっこしちゃダメ!

『コムナーレ』の10階から望む『埼玉スタジアム2002』は「格別の雰囲気だった」。

――坪井さんは1979年多摩市生まれですが、埼玉との縁でいうと小さな頃はライオンズファンだったんですよね。

坪井 : 秋山、清原、デストラーデの時代で、西武球場にも行きました。なので僕はサッカーをはじめてからも、しばらく青いキャップを被ってましたね(笑)。

――2002年にレッズに入団したときの決め手は何だったのでしょうか?

坪井 : 練習参加の後に見た『駒場スタジアム』の試合と、サポーターの熱気、そしてサッカーが根付いた街の雰囲気ですね。僕が見たのは伸二の海外移籍前最後の試合だったので、もう雰囲気が最高で。大学に帰ったときには、サッカー部顧問の先生に「就職活動はもう終わりです」と伝えました。

――入団を即決したわけですね。住む場所としてのさいたま市はいかがでしたか。

坪井 : この街だけでも何でもあって便利だし、東京も近くて、本当に暮らしやすい街でしたね。あと僕は当時から温泉が好きで、オフには群馬方面や静岡方面によく行っていましたが、車で移動するにもすごく便利な場所だと感じていました。

――レッズ在籍時は埼玉のどのあたりに住んでいたんでしょうか?

坪井 : 最初は選手寮で、その後は東浦和、与野やさいたま新都心でも暮らしました。

――新都心は『コクーンシティ』ができた頃(2004年竣工)でしたね。

坪井 : 僕が最初に来たときは『コクーン1』だけでしたね。家族でよく行きましたし、屋外の通路で子供たちとキャッキャ言って走り回ったのが懐かしいです。その姿をチームメイトの知り合いに目撃されて、翌日の練習で「ツボさん、コクーンは鬼ごっこする場所じゃないよ!」って言われたこともありました(笑)。

――子育てにもいい街だったと。

坪井 : 本当にそうでしたね。さいたま市内だと大宮第二公園の広場でも子供たちと走り回って遊びました。与野の焼き鳥屋『あらた家』さんで、家族5人でカウンターに並んで食事をしたのもいい思い出です。あと、本当によく行ったのが浦和の『王龍』。当時は(田中)達也やギシさん(山岸範宏)、アレックス(三都主アレサンドロ)に近い時期に子供が生まれていたので、家族ぐるみでもよく来ました。つい数日前も来たばかりですけど、今日も食べるのが楽しみです!

サポーターの気持ちを動かすプレーをしてほしい

現役選手もOBも愛する本格中華店『王龍』では、シンプルな豆苗炒め(大)858円、まろやかな甘辛さの麻婆豆腐748円など手頃な価格で本格中華が味わえる。赤い辛味噌を使ったレッズ餃子(6個)462円も。11:00~14:30・17:00~23:00、不定休。☎048-678-1616

コウ(『王龍』の店主) : オス! ツボ、まだお昼食べてないでしょ? 何でも出すよ。

坪井 : ありがとうございます!今日は僕がいつも頼んでる豆苗炒めと黒酢酢豚、レッズ餃子と普通の餃子をお願いします。

コウ : 分かった! 少し待っててね。

坪井 : 王龍は本格的な中華が味わえるけど値段も高くないし、どの料理も本当においしいんです。撮影がある今日は汗ダクになるから頼みませんでしたけど、麻婆豆腐も絶品ですね。早くみなさんにも食べてほしいなぁ(しばし料理を待つ)。

コウ : はい! 麻婆豆腐も食べてね!

坪井 : いやコウさん! 凄く食べたいけど、今日は汗かくからダメなんだって!

コウ : 大丈夫! ハイ、おしぼり。

坪井 : いつもすみません(笑)。これ辛さが本当に病みつきになるんです。でも食べたってバレたら嫁さん(『王龍』の麻婆豆腐の大ファン)に怒られますね。

コウ : 平気よ! あとでお土産も渡すね。

坪井 : えー! コウさんはいつ来てもこうやってよくしてくれるんですよ。

――坪井家もこの店のファンなんですね。

坪井 : 子供も大好きで、豆苗炒めはピラニアみたいな勢いで一瞬で食べますね。いやぁ、やっぱりどれもウマいなぁ(と超ニコニコに)。これでお酒があったら最高なのに……。

コウ : ツボの時代のレッズの選手たちは本当によく飲んだよね!

坪井 : 王龍ではベロベロになった○○(自主規制)をホリと担いで帰ったこともありました。

コウ : 酔っ払って歩けないのに「俺、走って帰るから」って言い張ってたね(笑)。あとツボは最近解説の仕事をやってるけど、すごく上手だよ! 個人的には福田さんより上手いと思う!

――(一同爆笑)

坪井 : 恐れ多い評価です(笑)。解説の仕事では、辛口コメントで評価を得ている方は沢山いらっしゃるので、僕はどんなミスにも選手のいいところを見つける「甘口」を武器にしていこうと考えています。

浦和レッズが創設した総合スポーツクラブ『レッズランド』にて。坪井さんは現在もサッカー教室などで頻繁にボールを触るそう。

――坪井さんはサッカー関係の仕事以外にもタレントとしてSAUKEに出場したりと色々な仕事をしていますね。

坪井 : これまでサッカーしかしてこなかった人間なので、どんな仕事も楽しいし、いろいろな学びがありますね。サッカー以外の分野の仕事もどんどんしていきたいですし、僕に興味を持って「この人、サッカー選手だったんだ」と気づいてくれる人が増えれば、それはサッカーの世界への貢献にもなると思っているます。

――レッズ関係の仕事だと、坪井さんは先日、水内猛さんの代役で『REDS TV GGR』の司会も務めました。そのままレギュラー奪取を狙いたいですか?

坪井 : そんなこと口が裂けても言えないです(笑)! でも埼玉やレッズに関わる仕事はどんどんチャレンジしたいですね。

――最後に今の浦和レッズについても一言コメントをお願いします。

坪井 : 選手たちには戦術にもとづいたプレーをしたうえで、必死に戦う姿を見せてほしいですね。僕の時代からレッズのサポーターは選手が必死にボールを追う姿、苦しい時でもファイトする姿をよく見てくれていて、声援を送ってくれましたから。

――岡野さんがボールを追ったときや、坪井さんが前線に駆け上がったときは、それだけで大声援が上がっていましたね。

坪井 : 客席を盛り上げることも意識して走っていました。本当に、一つのプレーでスタジアムの雰囲気が変わることもあるので、今の選手にもサポーターの気持ちを動かすプレーをしてほしいです!

取材・文=古澤誠一郎 撮影=鈴木奈保子
『散歩の達人』2022年3月号に一部加筆

古澤誠一郎
ライター
1983年埼玉県入間市生まれ。東京都新宿区在住。得意なジャンルは本、音楽、演劇、街歩きなど。『サイゾー』『週刊SPA!』『ダ・ヴィンチニュース』などに執筆中。

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