「アフターAI」の組織・HRテックはどうなる? 「何ができるか」はAIが定義し、拡張してくれる時代に
ChatGPTが登場してからわずか2年。
AIは「できることを増やす」だけでなく、「仕事の意味」や「スキルのあり方」まで書き換え始めている。
話題の書『アフターAI 世界の一流には見えている生成AIの未来地図』(日経BP)は、生成AIがもたらす社会変化を10章にわたって解き明かす一冊だ。
その中の第6章では、「組織・HRテック」という切り口から、AIがどのように組織や働く人のスキルを変えていくのかを掘り下げている。
「AIに置き換わる仕事」「AIで拡張される仕事」、そして「人間にしかできない仕事」。エンジニアとして、アフターAI時代のスキルとキャリアをどうアップデートしていくかを考えるヒントになる章の冒頭約4500文字の部分をご紹介しよう。
『アフターAI』著者
シバタナオキ(@shibataism)
元・楽天株式会社執行役員(当時最年少)、東京大学工学系研究科助教、スタンフォード大学客員研究員。東京大学工学系研究科博士課程修了(工学博士、技術経営学専攻)。著書に『MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣』『テクノロジーの地政学』(日経BP)がある
業務がAIで置き換えられていくインパクト
第6章では、HRテックの文脈を通じて、組織がアフターAIにはどのように変わっていくか
見ていきます。振り返ると、ChatGPTブームに火が付いた2023年に、オープンAIがどのような仕事がGPTに置き換えられるかについてのレポートを出しています。
そのレポートは、約8割の職業ではタスクの10%がGPTに置き換わるとされていて、特にホワイトカラーでは2割の職業で半分のタスクがGPTに置き換わっているという内容でした。
これを具体的に読み解くと、仕事がGPTに置き換わるのではなくて、業務に関わるあるスキルにGPTがものすごく活用できるようになり、そのスキルを使ったタスクに重心がある仕事がGPTに置き換わっていくと指摘していたのです。
こうした過去の指摘は、2025年には「ある職種はAIに置き換わっていくだろうな」という実感につながっていると思います。
2025年2月には、Claudeを提供しているアンソロピックがAIによる経済影響の継続的指標を発表しました。AIによってどのぐらい仕事が置き換わったか、またAIがどのぐらい仕事が拡張されたかを経済インデックスとして定点レポートしていくというものです。
このレポートは、顧客が利用したプロンプトを匿名化して業務への影響を分析したもので、AIとの会話の内容を業種別の比率で示しています。
コンピューターを使ったり計算したりする仕事が37・2%と圧倒的に多く、次にアートやクリエイティブに関わるメディア系の仕事が10・3%と高い比率になっています。
業務に関わる人口が12・2%と最も多いオフィスの事務職ではそこまでのインパクトは出ていませんが、それでもAI会話全体の7・9%を占めるようになっています。
このグラフを見ると、業務に関わる人口とAI利用の関係が見えてきて、オフィスや物流、セールスなどではAIに仕事を任せられる余地が多くあるという見方にもつながります。
AIによるインパクトが上位に来ている業種で特徴的なのは、教育系でしょう。9・3%とい
う高い利用率が示されています。AIにより、個別指導や、その人に合わせた学びの提供ができるようになっているためです。
特に米国では、天才教育の分野と、逆にクラスの授業についていけない子どもたちの補習授業の分野でAIが活用されています。HRテックにも関係する話で、人間を成長させることにAIのインパクトが強く出るということは覚えておいてもらいたいです。
例えばDuolingoという語学学習サービスがあります。このサービスでは1年半ほどでAIを最大限に活用したアルゴリズムに置き換えて効果を高めています。AIが組織を動かすことを考える上で、教育系のAI活用はベンチマークになると考えています。
また、アンソロピックのレポートでは、AIによるタスクの拡張についても言及しています。
タスクの拡張とは、今まで自分ができなかったことをできるようにする力です。特に、同じような作業を繰り返しながら拡張していくタスクイテレーションや、ラーニングの部分で効果があるとされています。
AIを前提としたビジネスプロセスが必要に
AIの活用が組織変化にどのような影響を及ぼすかを、改めて見ていきましょう。
まず生成AIツールを業務プロセスに導入するだけでも、10~20%の生産性向上が見込めます。次に、生成AIを使ってビジネスプロセスを再構築すると、30~50%の生産性向上につながります。
さらに生成AIを使って新しい顧客体験やサービスを発明し、ビジネスモデルを変革していけば収益そのものにインパクトが生まれます。
これは、生成AIによって仕事が変化していくならば、同時に人間側も変わっていく必要があるということです。
スキルや知識をアップデートして新しい仕事に対応できるようにする「リスキリング」が注目されているのは、こうした生成AIに起因した変革への人間側の対応という意味も持ちます。
未来の業務に対して、「AIが対応していく部分」と「AIでは埋められない部分」があったら、後者に対応できるように人間が変わっていくようなコンビネーションが求められています。
ここ数年の米国のHRの文脈では、リスキリングもHRモデルの一部でしかないということに
なってきています。
組織を変えていくには、短期的な視点では、組織に新しい可能性やスキルを持った人を採用する「リクルート」をするか、今いる人材に変化してもらう「リスキリング」を促すかがあります。
さらに、長期的な取り組みとして、リスキリングできるような柔軟な人材に長く留まってもらう「リテイン」や、組織全体の変革を進める「リデザイン」があります。
これらの4つの象限ですべて組織を変えていく必要があり、そのコアになるのがタスクを実行するスキルになります。
新しい組織を運営するためにはどのようなスキルが必要かを管理するスキルベースマネジメントが重要になるのです。スキルベースマネジメントの基礎になるスキルは、生成AIのエンジンであるLLMを使えば可視化できるというのが、現在の米国の組織設計の潮流になっています。
スキルベースでマッチング
そうした流れの中で、話題の中心になっているのがスキルベースのマッチングです。米国の
HRテックのベンダーの多くは、スキルが入っていそうなデータベースを持っている会社を買収しています。買収したデータベースの中のスキルのデータを活用できるようにしているところです。
生成AIのエンジンとなるLLMは、大量のテキストから次に現れる単語を予測するように学習されています。
スキルデータを活用するには、LLMにスキルに関するラベル付きデータを追加学習(ファインチューニング)することで、スキルを構成する語彙や文脈をモデルが理解できるようにするのです。
これにより、LLMはスキル同士の関係性や特徴を捉えられるようになり、スキルマッチングや人材分析などへの応用が進んでいます。
スキルデータベースを生成AIで作るまでに、HRテックには長い歴史があります。この歴史を確認すると、現在地がわかりやすくなるでしょう。2010年ごろから欧米が中心の流れとして、HRテックの取り組みが始まりました。
最初は履歴書のデータ収集です。日本では一般的ではありませんが、欧米では履歴書を公開する文化があるので、プロファイルのデータを集めてデータベース化するものでした。
次に、2015年ごろからは、集まった履歴書データをAIで検索できるようにする取り組みが始まりました。次いで2018年ごろからはタレントマーケットプレースと呼ぶデータの活用が始まりました。
これは従業員の履歴書のデータと、外部の人材の履歴書のデータを合体させて、社内外のタレントのマーケットプレースから適切な人材をピックアップできるようにしたものです。
例えばプロジェクトを立ち上げるとき、タレントマーケットプレースを検索することで、社内の別の部署にいる人材を見つけるだけでなく、外部から呼んでくることも平行してできるようになったのです。
その後、世界中で新型コロナウイルスのパンデミックが発生しました。なかなか身動きが取れない状況になりましたから、人材のデータベースを分析したタレントインテリジェンスが始まりました。
採用計画や組織計画を立案するツールを作ったり、どのようなスキルを持った従業員がいるかを分析したりして、足りない部分があるならばラーニングによってキャリアアップさせようといった取り組みです。
従業員のエンゲージや満足度などのウェルビーイング系と、給与を見合うように支払っているかといった報酬系のデータも揃えて分析をするようになりました。
そして、多くのデータを分析する中で、どの軸でマッピングするかということを考えたときに、「スキル」が注目されるようになっているのが現在の立ち位置です。
長い歴史を経てスキルがフォーカスされ、そこにLLMがちょうど分析ツールとして当てはまってきたのです。LLMによってスキルを分析して、HRの大きな問題を解きにいく段階に到達しました。
スキルを言語化することにAIが役立つ
スキルベースで考える必要が出てきたときに、スキルを言語化できていることが重要です。自分の会社を変革できるだけのスキルを持っているとしても、それを認識して伝えられなければ有効に生かすことは難しいでしょう。
そこで、スキルを分類・体系化(タクソノミー化)し、共有・理解することを目的としたフレームワークの「スキルタクソノミー」が注目されています。
このフレームワークを使うことで、組織に求められる業務スキルを整理し、スキル間の関連性を把握できます。HRの最も根幹となる部分であり、このスキルタクソノミーに生成AIが有効に機能します。
例えば、大阪府はグーグルと連携してスキルの可視化の取り組みを進めています。これまで、働いている本人も自分が持っているスキルやこれから伸ばせるスキルについて言語化して把握するのが難しかったわけです。
そこにグーグルの生成AIを使うことで、スキルを言語化し、さらにどのような方向に進むことで才能を伸ばせるかといった提案や、業務とのミスマッチの防止などにつなげていきます。
このようにタレントやスキルをどうやって獲得し、拡張して、その中でリスキリングしながら組織全体をリデザインしていくのかということをフレームワークとして考えたとき、根幹となるスキルは可視化されていなければなりません。
可視化されたスキルを使って、人がスキルを獲得するために成長したくなるエクスペリエンス(体験)のデザイン設計をしたり、働いている人が社内や組織内でどのような成長の旅をするかを示すエンプロイージャーニーなどのUX設計をしたりするような、HRのマネジメントの具体化の段階に来ています。
AIがスキルを拡張する世界へと2極化
AIがスキルを分析してHRマネジメントを高度化させるという効能がある一方で、もう1つ
AIの可能性があります。
AIと人間のスキルを組み合わせていく方向性です。2010年ごろにモトローラが提唱した概念に「インターネットオブスキル」というものがありました。
高度なスキルを持たない人も、スマートグラスなどをかければどんな仕事もマニュアルなしでできるといった考えです。
こうした働き方が、生成AIによって現実的になってきています。スマートグラスによる遠隔からの指示は、以前ならば人間によるリモートワークのスーパーバイジングで実現していました。
ところが今後はマルチモーダルAIでスキルのギャップを埋めることができる時代になっていきます。単純労働は、人間に対してAIがスキルを提供してくれるようになるでしょう。
一方で、AIには代替できないスキルをどのように会社として育んでいくかということも考え
なければなりません。
AIではできないスキルに対して人間のスキルのポートフォリオマネジメントをする考え方と、AIとエキスパートがリモートでスキルを提供することで単純作業をスキマバイト的な人材にまかせていくという考え方と、HRへのAIの活用が2極化していくことを想定しておきたいと思います。
■この続きはぜひ書籍で!
書籍では、HRテックとAIの関わりについて、リクルートでDistinguished Systems Architectを務める熊澤公平氏の知見を交えて、今後の取り組みの方向性についてたっぷり語られています。
【試し読みできる】アフターAIの第7章を無料公開中!モビリティとロボットはこの先どうなる?type.jp
【書籍紹介】
アフターAI 世界の一流には見えている生成AIの未来地図
生成AI時代の「ビジネス実装」が、この一冊で見える
生成AIは、もはやバズワードの時代を越え、実装の巧拙が企業価値を左右する段階へと突入しました。著者のシバタナオキ氏は、投資家としてシリコンバレーを中心に1000社超の生成AIスタートアップを精査し、数十社へ投資してきました。さらに本書には、日本企業の現場で生成AI導入に取り組むトップランナーたちの生の声が収録されています。
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