「ボール状に固められた毛」を発見して気づくことも! 子どもの精神疾患「抜毛症」 親子で取り組む治療法〔児童精神科医が解説〕
「抜毛症」について児童精神科医・宇佐美政英先生に取材。学校生活への影響と治療法について。(全2回の2回目)
子どもが「発達障害」と疑われたとき、親はまずなにをすべき?子どもが意識せずに自分の髪の毛や体毛を抜くことを繰り返してしまう精神疾患の「抜毛症(ばつもうしょう)」。連載2回目は、抜毛症が学校生活へ与える影響と治療法について、国立国際医療研究センター国府台病院児童精神科診療科長の宇佐美政英先生に解説していただきました。
部屋にボール状に固められた毛を発見して気が付くことも!
──ママパパが子どもの抜毛症に気づくには、どのようなきっかけがあるのでしょうか。
宇佐美政英先生(以下、宇佐美先生):もっとも多いのが、子どもの頭皮を見たときに毛がごっそりなくなっているケースです。
ほかには、保護者の方が掃除中に、ベッドやトイレなどに毛がたくさん落ちているのを見て気づくことも。ボール状に固められた毛の束を見つけたお母さんが、怖がってしまったこともありました。
抜毛症は、子どもが自身の状況をうまく伝えられなかったり、個人差があることなどから、明らかになっていないことが多くあります。
ボール状に固める理由も、毛を抜いていることを親御さんに気づかれるのが嫌で、隠しているのかもしれないですね。
抜毛症の影響で修学旅行に行けない子も
──「子どもが毛を抜いている」と気づいたとき、早めに治療に行ったほうがいいのでしょうか?
宇佐美先生:はい、早めの治療をおすすめする理由として、同じ部位の毛を長期間抜き続けると毛根が死んでしまい、新しい毛が生えてこなくなってしまう可能性があるからです。
個人差はあるものの、抜毛症の治療は年単位でかかります。
抜毛症では髪の毛のほかに、まゆ毛、まつげ、陰部の毛などを抜くことがあり、どの部位の毛を抜くかは、一人ひとり異なりますが、特に頭皮の場合、見た目の変化が現れやすいことから、社会生活や学校生活にも影響が出ることがあります。
例えば、自分の見た目を恥ずかしく思い、ウィッグをつけたり、帽子を被って頭皮を隠す子がいます。修学旅行などの宿泊を伴う学校行事では、お風呂の心配も。髪の毛が濡れて頭皮の毛がないことが友達に知られるのを気にして、行けなくなってしまう子もいるんです。
また、学校で誰かに見た目をからかわれるなど、抜毛でつらい思いをしたり、友達と会うのを避けるなど、交友関係にも支障が出ることも。本人が見た目を気にして受診をためらい、治療につながりにくいケースもあります。
「抜毛症かも」と思ったら児童精神科を受診
──では、「子どもが抜毛症かもしれない」と思ったとき、何科を受診すればいいのでしょうか。
宇佐美先生:児童精神科を受診してください。近くにない場合は、かかりつけの小児科や皮膚科を受診してください。
抜毛症には、DSM-5(『精神疾患の診断・統計マニュアル』第5版)に基づく診断基準があります。下記のうち3個を満たすと抜毛症と診断されます。
・繰り返し自分の毛を抜き、脱毛が生じる・抜毛を減らそう、または止めようとする試みをしている
・抜毛によって、臨床的に意味のある苦痛や社会的・職業的・その他の重要な機能の障害が生じる
・医学的疾患(例:皮膚疾患)による脱毛ではない
・ほかの精神疾患(例:身体醜形障害)によるものではない
宇佐美先生:抜毛症に特化した薬はなく、薬物治療は効果的とは言えません。具体的な治療法は、行動療法の『ハビット・リバーサル』を用います。本人が気づかないうちに毛を抜いてしまう習慣(ハビット)があるなら、そうならないように生活を反転(リバーサル)させる方法です。要は、『無意識の自分を邪魔する計画を立てる』ということです。
私は「抜毛症をやっつけよう!」と子どもに声をかけて、主体的に治療に取り組むよう促しています。
ポイント①抜毛行為をする状況を一緒に分析する
──治療のポイントを教えてください。
宇佐美先生:治療のポイントに、「①抜毛行為をする状況を一緒に分析する」「②代替行動の導入」「③モチベーションを維持する」の3つがあります。
「①抜毛する状況を一緒に分析する」ですが、子どもによって、毛を抜く状況や場所などはさまざまです。本人には、「いつ・どこで・どういう状況で抜いているかを一緒に調べてみよう」と伝えています。
まずは、下記の問いに答えてもらう形で『いつ・どういうシチュエーションで毛を抜いているのか』を子どもに調べてもらい、状況を一緒に分析します。
『どこで抜くことが多い?』
→『(例)自分の部屋、トイレ、ベッドの上』『どういうときに抜いている?』
→『(例)1人の時間、寝る前、勉強中』
『どの指を使って抜いている?』
→『(例)右手の親指と人差し指』
無意識でやっているものの、毛を抜くときに使う手や指、場所など、意外とパターン化されていることが多く、実際にやってみてもらうとわかりやすいんです。特にまつげの場合は、利き手じゃないと抜きにくいですからね。
ポイント②代替行動の導入
宇佐美先生:毛を抜いてしまう状況を把握できたら、「②代替行動の導入」に進みます。
『毛を抜くこと』に代わる行動を取り入れる方法です。例えば、①で分かったことが『寝る前にベッドで抜いてしまう』なら、『寝るときに手袋をはめよう』『今日は寝る場所を変えてみよう』と代替案を提案します。
ゲームをしている子は、ゲームに意識が向いているので、あまり毛を抜かないんですよ。逆に、退屈してしまうと毛を抜いてしまう場合は、外出するのも方法の一つです。
ポイント③モチベーションの維持
宇佐美先生:そして、もう一つの大事なポイントが「③モチベーションの維持」です。
ハビット・リバーサルを行っても、一足飛びに良くなるとは限りません。抜毛症の治療には、モチベーションの維持が大切です。生えてきた毛を再び抜いてしまったり、『止められないから仕方ない』と諦めてしまったりするパターンもなかにはあります。
保護者の方にはお子さんに対して「1人じゃないよ」と伝えていただくことと、子どもが『この方法をやってみたい!』と提案したことに対して一緒に計画を立てるなど、「一緒に抜毛症に取り組む」姿勢が大事です。
また、毛を抜かないようにしつけようとしたり、マイナスな言葉は絶対に避けてください。
治療中「子どもをほめること」も大切
宇佐美先生:特に年齢が低い子どもにとって、保護者の方からの称賛はとても大切です。
例えば治療中、症状が落ち着いていたときに、毛を抜いているところを見てしまったとしても、それまでの時間を抜かずに過ごせていたなら、大成功なんです。ぜひ、がんばっている過程をほめてあげてください。
あくまでも治療の主役は子どもだと、心に留めておくことも大切です。モチベーションの維持にご褒美を活用する場合は、本人と一緒に決めるようにしてください。
また、金銭や物をあげる、スマホの利用時間を伸ばす、などを安易に約束するのはあまりおすすめできません。夜ごはんをお子さんの大好きなおかずにする、くらいのご褒美がいいですね。
もうひとつ。お子さんが興味のあることや、好きなことに絡めるのも一つの方法です。例えば、電車が好きな子の場合、「1週間毛を抜かなかったら、鉄道路線図に1枚シールを貼ろう!」というような報酬システムを取り入れる方法もあります。
思春期の子など、年齢によってご褒美は変わると思いますが、各家庭ごとの親子の距離感や関係性を考えながら、「子どもにとっていい方法」を探っていってくださいね。
最後になりますが、抜毛症は、「これをしたら治る!」という、確実な方法はありません。治療をしてもすぐに抜毛行為が落ち着くわけではないので、側で見ている親御さんも不安になると思います。
抜毛症の治療には、子どもが「抜毛行為に勝てる!」と信じて、意欲的に取り組み続けることが大切です。親御さんも不安だと思いますが、「うちの子は抜毛症に勝てる!」と信じて、一緒に取り組んでいってほしいと思います。
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「抜毛症に関して、まだまだわからないことが多い」と宇佐美先生。症状や背景に個人差があり、治療に時間がかかるからこそ、子どもの様子で気になることがあれば、早めに医療機関に相談するようにしましょう。
取材・文/畑菜穂子