認知症の母親から頻繁に電話がかかってくる…… 対策は他者との関わりを増やして環境を整えること
私が代表を務める介護者メンタルケア協会には、認知症と診断された家族の介護に悩む方からのご相談が寄せられます。
今回は、別居している軽度認知症の母親からの頻繁な電話に困ってしまったWさんの事例を紹介します。
Wさん(50代男性・会社員)のケース
関西地方在住のWさんの母親は、九州地方で一人暮らしをしています。
昨年の年末に実家へ帰省した際、Wさんは冷蔵庫に卵や牛乳が大量に積まれていることや、母親が何度も同じことを尋ねてくることに違和感を覚えました。年明けの受診で、母親は軽度認知症と診断を受けました。
物忘れ症状はあるものの、母親はひとりで家事をこなし、自立した生活ができています。このため、Wさんは介護保険の申請はせずに様子を見ることにしました。
しかし、GW明けごろから、Wさんの携帯に母親から頻繁に電話がかかってくるようになりました。電話の内容は「仕事ちゃんとしてる?」など、緊急性のないことばかりです。
Wさんが着信を無視していると、今度は自宅に数分おきに電話をかけてくるようになり、妻から「なんとかして!」と言われてしまいました。
慌てて休みをとって実家に行くと、年末よりも明らかに部屋が散らかっています。母親は、Wさんの顔を見るなり「私、頭がおかしくなっちゃったみたい」と泣き崩れました。
Wさんは母親の変化に戸惑い「一人暮らしはもう無理なのか?」「施設入居か、自宅に呼び寄せるべきか?」と悩んでしまいました。
デイサービスの利用で母親の精神状態が安定
頻繁な電話は仕事や生活に支障が出るだけでなく、精神的にも大きなストレスです。また、負担に感じて着信を無視し続けていると、誰しも罪悪感を抱くものです。
Wさんには「お母様は自宅で一人で過ごす時間が長く、不安を感じているのかもしれません。介護保険サービスを利用して、人と接する機会を増やすことで状況が改善する可能性があります」とお伝えしました。
Wさんは「家で一人暮らしができている母は、介護保険の認定が出ないのではないですか?」と心配されていましたが、母親は要支援2と認定され、週2回のデイサービスと、週3回の宅食サービスを利用することになりました。
宅食サービスは介護保険外のサービスですが、直接手渡しする形式の事業所をケアマネージャーが選んでくれました。安否確認の役割も果たしているため、Wさんも安心しています。
サービスの利用が始まると、母親からの電話の回数が減りました。久しぶりの電話では「デイサービスで友達ができて楽しい」と、嬉しそうに報告してくれたそうです。
今後、母親の認知症の症状が進行したらどうするべきか、Wさんの悩みは尽きません。しかし、介護保険サービスを利用し、家族以外の人との交流で、母親が落ち着きを取り戻したことに、ほっとしたといいます。
物理的・心理的の2つの側面から介護環境を整える
頻繁に電話をかけるという、一見問題行動に見える行為は、本人の不安や寂しさ、焦りなどが原因で衝動的に起きていることがあります。
このような行動を止めるよう促すのは非常に難しいです。しかし「電話をかけてしまう」という状況は、介護環境を整えることで改善する可能性があります。
今回のケースも、電話をかけるなと説得したり、携帯電話を取り上げたりといった、行為そのものを禁止するのではなく、他者と過ごす時間や機会を増やし、不安や寂しさを軽減することで問題行動が減りました。
介護環境とは、介護用ベッドやポータブルトイレを準備するといった物理的なものだけではありません。
介護保険サービスや保険外サービスを活用しながら、要介護者を支える人と関係性を築き、本人が精神的にも安心して暮らせるようにすることも大きな目的の一つです。
みなさんが家族間で抱えている悩み、介護で経験されていること、対策をとられていることをぜひ教えてください。お困りのことやご相談には、こちらの「介護の教科書」の記事でお答えできればと考えています。
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