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振付家アクラム・カーン インタビュー~『ジャングル・ブック』をダンスとアニメーションで“再想像”する

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アクラム・カーン『ジャングル・ブック』Photo. Camilla Greenwell

ロンドン・オリンピック開会式の一部振付を担ったアクラム・カーンによる話題の舞台『ジャングル・ブック』。その世界ツアーがこの6月、埼玉、愛知でファイナルを迎える。世界中で愛されるキプリングの名作『ジャングル・ブック』を、気候変動をテーマに新たな解釈で舞台化したカーンに、創作過程や作品にかける思いを訊いた。

アクラム・カーン  Photo. Camilla Greenwell



アクラム・カーン Akram Khan <プロフィール>
ダンサー・振付家。バングラデシュ系イギリス人。コンテンポラリー・ダンスと北インドの古典舞踊「カタック」を融合させた異文化を越境する表現をベースに、今日的意義をもつ創作活動を精力的に行う。シディ・ラルビ・シェルカウイやイングリッシュ・ナショナル・バレエなどジャンルを超えたコラボレーションが注目を集めるほか、2012 年のロンドン・オリンピックでは開会式の一部を振付・出演し絶賛された。サドラーズ・ウェルズ劇場などのアソシエイト・アーティストを務める。

――ジョセフ・ラドヤード・キプリングの小説『ジャングル・ブック』から、どのように創作をスタートさせましたか。

10歳のときに『ジャングル・ブック』に基づくインド舞踊の作品で主人公モーグリを演じたことはありますが、創作を始めるまで、キプリングの小説がここまで幅広く複雑なドラマだとは認識していませんでした。脚本を手がけたタリク・ジョーダンと私は、重層的な物語から特定の要素を慎重に抽出し、新たな観点を加えていきました。

アクラム・カーン『ジャングル・ブック』Photo. Camilla Greenwell

――多くの人が慣れ親しんでいる小説を舞台化する楽しさと難しさがあったのでは?

長年のコラボレーターだけでなく、新しいメンバーにも参加してほしかったので、若い世代のライターであるジョーダンとの初仕事が実現しました。今日の観客に語りかける物語を紡ぎ出すために、彼の視線は不可欠でした。苦労したのは、これほど有名な物語の本質に忠実に向き合いつつ、新しさが感じられるように“reimagined(再想像)”すること。同時代性のあるテーマ、とりわけ、私たちに差し迫った問題で、私の子どもたちが強く意識している気候変動を物語に織り込みたかったのです。

Jungle Book reimagined | Akram Khan Company | Family Trailer

――本作では言葉と動き、音楽、美術、映像が相互に関わり合っていますが、舞台装置は用いられていません。

作品のテーマにのっとり、舞台美術は、YeastCultureの優秀なチームによるアニメーションと、リサイクル可能な段ボールに限定しました。気候変動をテーマにしているのに、巨大な装置を運搬しながらツアーをするのは矛盾しています。アニメーションも持続可能性を実現する手段ですし、それによって言葉と動きをより深い次元でひとつにすることができました。

アクラム・カーン『ジャングル・ブック』Animation Exports. YeastCulture

――主人公モーグリを少女としたのは、なぜですか。

どうしてモーグリは男の子なの、と私の娘が尋ねました。何気ないけれど深い意味のあるこの一言がきっかけになって配役を再考し、私たちの『ジャングル・ブック』では伝統的な男女の役割分担から自由になるのが自然だと感じるに至りました。

――作品では、ダンサーたちが熊や猿など、小説に登場する動物に扮して動きます。動物のキャラクターを振り付けるにあたり、どういったことを意識しましたか。

創作の準備段階で、私たちはさまざまな動物をリサーチしました。ダンサーたちも動物の動きを理解し、体現するために、あらゆる映像を見ています。こういったリサーチをとおして、熊のバルーや黒豹のバギーラにふさわしい動きを探っただけではなく、彼らの生き様にも目を向けることになりました。彼らの静かなたたずまいや堂々とした存在感をも踏まえて、舞台上の動物たちがリアルに感じられるように心がけました。

アクラム・カーン『ジャングル・ブック』Photo. Camilla Greenwell

アクラム・カーン『ジャングル・ブック』Photo. Camilla Greenwell

――“今”の“私たち”の物語に変化を遂げた『ジャングル・ブック』ですが、限定された時間と空間に限られた観客の前で上演される舞台作品でもあります。アクラムさんにとって、劇場でのライブ公演の意義とは?

人類に残された最後の儀式だと考えています。かつては家族や友だちと食事をすることが同じ時間を共有する儀式でした。でも今はともに食卓を囲んでいても、誰もがスマホを手にしている。劇場は、最後の避難所と呼べるかもしれない。チケットを買う時点で、私たちはひとつの契約を交わすことになるんですよ。劇場にいる2時間の間、何も持たずに舞台だけに集中する、と。
2012年のロンドン・オリンピック開会式でこんな体験をしました。私が振り付け、出演もしたダンス場面*が始まる直前、一瞬だけスタジアムが静まりかえり、7万人もの聴衆が生み出す静寂の雄弁さと力強さに、私は圧倒されました。そこに集った人々が一体になって集中するとき、とてつもないパワーが生まれる——。この美しい奇跡が、劇場では起き続けているのです。

*カーンが振り付け、自身も出演したダンス場面がスタジアムで上演された。開会式映像(Olympics公式映像より):https://www.youtube.com/watch?v=4As0e4de-rI(約1時間24分40秒頃~)

――今、世界はこれまでになかった規模の災害に見舞われています。今回の公演地である日本も例外ではありません。地球の未来にとって、人間と動物、自然はいかに関与し合うべきだと思いますか。

この作品は、私たちが犯した失敗を見つめる作品です。人間同士だけではなく、地球が発してきた声を聞くことができなかった悲しみを物語っています。気候変動はすでに長らく存在し、私たちはこの問題に気づいていたのに行動を起こさなかった。未来を守るためには、私たちは地球の声に耳を傾けなくてはなりません。

アクラム・カーン『ジャングル・ブック』Photo. Camilla Greenwell

――日本では近年、小中学生を対象とした環境問題を取り上げる授業や催しが増え、子どもたちの問題意識も高まっています。日本で『ジャングル・ブック』を鑑賞するであろう子どもたちにメッセージをお願いします。

この作品の創作の出発点になったのは、11歳の私の娘です。彼女は私がすることすべてに疑問を投げかけます。私たちの選択がもたらす結果の影響を真っ向から受けるのは、彼女と彼女に続く世代です。『ジャングル・ブック』が、私たちと自然の関係を振り返り、その人なりの行動を起こすきっかけをもたらすことを願っています。

取材・文=上野房子(ダンス評論家)

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