25歳でAmazon管理職に内定もなぜ辞退? スタートアップを選んだ理由と、入社1か月目で実行したAI改革の中身
25歳でAmazonの管理職ポストに内定も、なぜ辞退?
25歳でAmazonの管理職ポストに内定――。
それでも彼は、社員数十名のAIスタートアップを選んだ。
「どんなに優れたAIツールがあっても、業務で使えないなら意味がないんです」
そう語るのは、AIスタートアップ Cynthialy(シンシアリー) に中途入社したAIコンサルタントのDさんだ。
入社して1週間。CynthialyのCEO・國本知里さん(通称チェルシー)さんは、Dさんの活躍を称えるポストをXに投稿していた。
ポストにある通り、DさんはCynthialyに入社を決める前、Amazonのとある領域のDX推進ポジション、しかも管理職クラスの内定を得ていた。
だが最終的に、その内定を辞退し、社員数十名のスタートアップへの転職を選んだ。
理由を尋ねると、返ってきたのは意外な言葉だった。
「思っていたより不自由そうな環境だなと思ったんです」(Dさん)
Amazonが不自由。意外に聞こえるその言葉の背景には、DさんのAI観があった。
「AIを使った業務改善がしたくて転職活動をしている中で、“まさに”というポジションで内定をいただけたのがAmazonでした。やりたいことと合致しすぎていてAmazonしか受けていなかったくらいです。
ただ、複数の社員の方から話を聞くと、使用できるAIツールは限られており、社内で開発された独自システムが推奨されている環境だと分かりました。
もちろんセキュリティー上の意図は理解できますが、試したいことを試せない環境では、業務改善のスピードが出ないと感じました」(Dさん)
Dさんが求めていたのは、単に自由に働ける環境ではなく、AIを手段として現場をどう変えられるかをAIの種類に縛られることなく、自分の意思で試せる場所だった。
「そのためには、どのAIを使えるかが重要でした。Amazonも裁量や自主性は大きな会社ですが、試したいアプローチを最適なツールで検証できないかもしれない。そのわずかな違いが、自分にとっては大きな決め手になりました」(Dさん)
Cynthialyへの入社を決めたのは、「熱量」「スピード」「裁量」の3拍子が揃っていたからだ。
「やってみたいと思ったことを、すぐ試せる環境がある。それだけで、仕事のスピードも考え方も全然違ってくると思いました」(Dさん)
入社して最初にしたのは、AI導入ではなく「可視化」
Cynthialyに入社後、DさんはすぐにAIツールの導入や自動化に着手……したわけではなかった。
「最初にやったのは、現場の“可視化”でした。誰がどんなツールを使っていて、どこにデータを置いているのか。まずは全員の仕事を見に行くことから始めたんです」(Dさん)
AIを扱うプロフェッショナルが多い同社では、各自が得意なツールを使って最大限の成果を出していた。
しかし、社員が増えるにつれて、業務の属人化や情報の分散が目立ち始めていたという。
代表のチェルシーさんも、その時点で抱えていた課題をこう振り返る。
「優秀なメンバーほど、自分の最適なやり方や案件の管理シートなどを持っています。でもそれが増えてくると、全体最適からは遠ざかってしまう。Dさんが入ってまずやった棚卸しは、会社全体の仕組みを再構築する大きなきっかけになりました」(チェルシーさん)
「まず、会社全体を一枚の地図にした」
Dさんが取り組んだのは、AIを使った業務の棚卸しだ。
単なるリストアップではなく、Claude・Notion・Figmaを組み合わせて社内で行われている業務全体をマッピングする試みだった。
「一人一人にヒアリングを行い、その内容をClaudeで要約しました。誰がどんなタスクをしていて、そのタスクの時にはどのデータを見たり、ツールを使ったりしているのかを整理して構造化します。
自社のドキュメントやシートはすべてNotion管理なので、NotionもMCPでClaudeと連携させることで、業務ヒアリングのときの、担当者が見ているというシートを的確に抜き出せます。そうして、ヒアリングした業務、見ている資料と言うのをFigmaを使って可視化、業務フローの地図を描いていきました」(Dさん)
Dさんが描いた「業務の地図」では、個人のタスクを大きなフェーズごとに整理している。
例えば、業務フローの第一歩(フェーズ1)として、「リサーチ」という設定をしたとき、そこには言語化されていなかった細かいタスク、参照先が存在していて、「調査項目の決定」→「ペルソナ設定」→データ収集(自社のデータベースを参照したり、Google検索など)……といった細かなタスクが並ぶ。
各工程で使用されるツールやデータベースも紐づけ、どの業務がどのツールを経由して完結しているかを一目で分かるようにした。
「図にしていくと、似た作業を複数のツールで重複してやっていたり、同じようなファイルが散らばっていたりするケースが見えてきました。そういう無駄を客観的に見て、『これ無駄だよね』と気付けたのは大きかったですね」(Dさん)
「一緒に見る」ことが、改善の第一歩
Dさんは、可視化のプロセスで最も大切なのは「共有の仕方」だと語る。
この棚卸しでは、ただ分析結果を共有するのではなく、「一緒に画面を見に行く」ことを重視した。
「全体図を一緒に見ながらどこにまとめるのが合理的かを話し合う。そうすると、『ここに無駄なデータ入力が発生しているのか』『じゃあAIで自動登録できるようにしよう』『ルールを作ろう』という改善のアイデアが自然と出てきますし、この業務をしてきた相手にも改善の納得感を持ってもらえるんです」(Dさん)
結果として、データやツールの使い方を“共通の地図”として可視化できた。
「どこに何があるかわからない」状態から、「この業務はこのツールで完結する」という共通認識が全社に広がったのだ。
AIを活かすための“土台”を整える
Cynthialyは設立から3年。
営業、マーケティング、事業企画、PM、コンサルタント、エンジニア、バックオフィス、アシスタントと、職種は多岐にわたる。
決して全員がAIに精通しているわけではない。
「AIを使いこなせる人が増えるほど、逆に“共有の仕方”が難しくなるんです。だから僕がまずやったのは、技術の導入じゃなく、情報の整理でした」(Dさん)
可視化の結果、Slackと連携したタスク管理の仕組みが整い、誰がどの業務にどれだけの時間を割いているかがリアルタイムで把握できるようになったという。
「複数のファイルを探し回る時間がなくなり、 『どこに何があるか分からない』というストレスも消えました。 しかも、情報が一つにまとまるとAIの精度も上がる。 AI活用が“楽になる”感覚が出てきたのは、このタイミングでした」(Dさん)
多くの企業はAI活用の推進をツール導入や自動化から始めるが、Dさんはその前段にある整備からスタートした。それこそが、AIを本当に活かすための最初の一歩だった。
「AIが仕事を奪う」のではなく、「人の知恵を整理する」
業務を整えた結果、Cynthialyの中で起きたのは「人の変化」だった。
情報の置き場所や担当タスクが見えることで、「ここ重なってない?」「一緒にやれるかも」といった会話が自然に生まれた。
「みんなの頭の中にある“自分の仕事”を共有できたことで、『ここ、AIに任せてもいいかも』というアイデアが出てきました。無理にAIを使おうとしたわけじゃなく、人の知恵を整理した結果、AIに置き換えしやすくなったんです」(Dさん)
可視化によって、全員がAIと働ける状態になった。チェルシーさんも、その変化を明確に感じていた。
「もともとCynthialyはAIの専門家集団でしたが、Dさんが入って以降、営業やアシスタントなど非エンジニア職のメンバーも自然にAIを使いこなすようになりました。
DiffyやGASを自分で触ってみたり、AIエージェントを組んでみたり。『誰かがやってくれる』から『自分でもできる』へと変わったんです」(チェルシーさん)
例えば広報チームでは、資料テンプレートの更新作業をAI化。以前はメンバーごとにPowerPointやCanvaで個別対応していたが、可視化をきっかけにプロセスを一本化することに。スクリプトとAIを組み合わせてデザインの自動変換が可能になり、100ページ超の資料修正が2営業日→1時間に短縮された。
「AIの使い方を教え込むのではなく、AIを使える環境を整える。属人化をなくし、情報を整理することで、『自分でもAIを使っていいんだ』という意識が社内に広がっていった。AIを自然に使える組織設計ができると、浸透スピードは一気に上がります」(チェルシーさん)
Dさんも振り返る。
「可視化って、単に業務を整理することじゃないんですよ。 『この人、こんなことやってたんだ』とか、『ここは連携できそう』とか、そういう相互理解が生まれる。そこから『じゃあAIでどう改善できるか』という発想が自然に出てくる。僕はそれが一番の成果だと思っています」(Dさん)
AIを導入しても、文化や習慣が変わらなければ成果は出ない。
Cynthialyの事例は、“AI改革”とは単なる技術導入ではなく、「人の理解をそろえるプロセス」だということを示している。
「AI導入というと派手な印象がありますが、実際は地味な対話の積み重ねです。でも、その地味なところからしか、本当の変化は生まれないと思います」(チェルシーさん)
AI推進人材に必要なのは、通訳力と好奇心
「企業がAI推進を進める際に、どんな人をリーダーに選ぶべきだと思いますか?」
そう尋ねると、Dさんは少し考えてから答えた。
「AI推進を任せるなら、“通訳”になれる人だと思います」(Dさん)
AIやエンジニアリングに詳しい人が、必ずしも推進の中心に立てるわけではない。AIの専門用語を理解しつつ、それを現場の言葉に翻訳する。逆に現場の課題をAIエンジニアに“伝わる形”で整理する。その両方ができる人こそ、AI改革の推進役にふさわしい。
「AIの話になると、『それは技術的に難しい』『自分には分からない』で終わることが多い。でも、ちゃんと翻訳できる人が一人いるだけで、話が動くんです。ビジネス側とエンジニア側の“橋渡し役”のような存在ですね」(Dさん)
チェルシーさんも頷く。
「AI導入に失敗する企業の多くは、AIを導入することを目的にしてしまう。本来は、課題を理解して、それを解くためにAIを選ぶ。だからこそ、“現場を翻訳できる人”が必要なんです」(チェルシーさん)
とはいえ、「通訳」的な人材に特別なスキルが必要なわけではない。 共通しているのは、“できる人になる”よりも“やってみる人である”という姿勢だ。
「AI推進リーダーに本質的に必要なのは好奇心だと思います。新しいツールが出たら、とにかく触ってみる。使ってみてダメなら次を試す。その繰り返しが結果的に、現場と技術をつなぐ力になるんです」(チェルシーさん)
「僕も、完璧に理解してから動くタイプではありません。試しながら学ぶ。その繰り返しでしか、AIは身につかないと思っています」(Dさん)
AIの世界は変化が早い。
“正しい知識”を追うより、“自分で確かめたい”という好奇心を持てる人が、結果的に最前線を走っている。
ホームラン狙いではなく、小さなヒットを積み重ねる
「日本企業は『間違えないことが尊い』という文化が根強いですよね。 でも、AIは間違えることを前提にした技術です。 最初から完璧を求めると、前に進めなくなる。だからこそ、失敗を許容して、まず一歩試してみる環境が必要なんです」(チェルシーさん)
チェルシーさんによると、そうした文化的な壁を越えるために「小さく試す」アプローチを推奨している。
「例えばAI導入に慎重な企業なら、まずは一部門・一プロジェクトで数カ月試す。成功体験を積んでから他部門に広げていく。いきなり全社導入を狙うより、小さな成功を重ねる方が文化も自然に変わっていくんです」(チェルシーさん)
AI改革を成功させるのは、技術力よりも小さく始める勇気だ。
「AI導入をホームラン狙いで始めると、だいたい失敗します。まずはヒットを積み重ねることから。変化を楽しめる人、試行錯誤を面白がれる人がいる会社は、自然とAIドリブンな組織に変わっていくと思います」(チェルシーさん)
取材協力/阿部昌 取材・文/玉城智子(編集部)