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香りと色彩を浴びて チェンナイの花市場

VISIONARY

香りと色彩を浴びて チェンナイの花市場

魅力的な被写体との出合いを求め、世界中を飛び回り続けている写真家、在本彌生氏。彼女が印象深い出合いを自らの作品と文章で綴る連載。今回は、南インド・チェンナイの色彩豊かなフラワーバザールの喧騒をレンズに収めた。
※こちらは、2020年2月23日に訪れました。

フラワーバザールは生花を題材にしたインスタレーション会場

いつのころからか、旅先で何かと理由をつけて花市場に立ち寄るようになった。食料や日用雑貨の市場を歩くのももちろん楽しく興味深いのだが、花市場はどこも独特の迫力がある。ことさらにアジアの国々は、花の用途が誰かへの贈り物としてより神や仏に捧げるものである場合も多いので、そのしつらえも見せ方も、私の住む東京の日常、街角の花屋で見るものとは随分と違っている。

南インドのチェンナイに滞在中、午前中だけ仕事から解放されていたので、ジョージタウン地区にある花市場(flower bazar)を目指した。この辺りはチェンナイの街の中でも英国植民地時代の風情の残る古いエリア。外の広場のある通りからでは、そこに花市場があるのは分かりにくいのだが、ビニール袋にいっぱいのバラやジャスミンを手に提げた人々が細い通りから出てくるところを見ると、きっとあそこにマーケットがあるのだろうとその道に入っていった。

殺風景で人もまばらだった大通りの様子から一変して、そこには活気に満ちた光景が広がっていた。せわしなく人が往来し、威勢のいい声が飛び交っている。ルンギー(男性の腰巻き)姿で大きな籠を頭に載せて歩く男たち、女たちは豊かな黒髪を後ろで一つに編んで花の房で飾り、歩くたび、ほのかに甘い香りを振りまいている。こんなふうに人々を見ていると、ここは花市場ではあるけれど、花だけが主役ということでもない。

あっちにもこっちにも、あらゆるエネルギーが振りまかれ通りの隅々にまで溢れている。南インドの人々は身に纏う色が男女問わず非常にカラフルなので、目に飛び込む色数の多さにはまずまず慣れてはいたが、花市場ではさらに深く入り込んで色と形と香りの渦の中に飛び込める、私にとってそれはとびきり刺激的なエンターテインメントだ。

色といっても、天然の色だけではない。それぞれの店先では、スーパーに並んだ魚のごとく、花の色を鮮やかに見せる照明を、これでもかとうず高く積み上げた花にバリッと当てる。とびきりこってりした演出なのだが、そうして照らし出された花々は毒々しく悪っぽく見えて、なんともフォトジェニックだ。チェンナイのフラワーバザールは、生花を題材にしたインスタレーション会場、あるいは劇場なのかもしれない。

この国の人たちは生花に日々触れる喜びを身近に知っている

インドの花市場で売られている花は写真の通り茎をすっかりもがれて、萼(がく)から上の部分だけになったものが多いから、花の見え方、有り様が、私たちが持つ花の印象とかなり違ってくる。生け花やブーケで花を愛でる感覚とはかけ離れているのだ。実際に街で花束を持って歩いている人をあまり見かけたことがない。でもその一方、花のレイならいくらでも見かける。女性の髪に、車のバックミラーに、お寺のお供えに、ありとあらゆる場面で、茎や葉を外された萼から上だけの花がこの国に浸透している。

こうした花の有り様を見ると、インドの人々はその見方も受け止め方も私とは違うのだろうと思う。街のあちこちにある寺院の前には大抵あらゆる花のレイを売る出店があって、気軽に買うことができる。神様に捧げる、髪を飾る、生の花に日々触れる喜びをこの国の人たちは身近に知っている(あるいはそれが当然のことと理解している)。

屋台の店先で花を売るおじさんが、大きな手で器用に小さなジャスミンの花を一つ一つ糸でくくってレイを作っている。その手つきがあまりに素早くて見事なのでしばし見入っていると、何がそんなに面白いんだという顔でおやじさんが私を見た。

「この花いい香りですね、それにあなたはものすごく仕事が速いんですね、あっという間にレイができていくから驚きます」

私がそう言うとおじさんは誇らしげな表情を浮かべて、張り切ってさらに速く手を動かす。茎や葉のない花は形が際立って見える。しずく型のジャスミンの蕾がレイになってまとまると、曲線のフォルムと輝く白があいまってなんと美しく力強いのだろう、爽やかな甘い香りはどんなパフュームよりも心地よい。1日限り、萎れたらまた買って……至極贅沢な花との付き合い方ではないか。

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