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時代を切り開くのは、「伝統」か「革新」か──渡邉義浩さんと読む『三国志』#1【別冊NHK100分de名著】

NHK出版デジタルマガジン

時代を切り開くのは、「伝統」か「革新」か──渡邉義浩さんと読む『三国志』#1【別冊NHK100分de名著】

正史『三国志』を渡邉義浩さんが解説 #1

これはフィクションではない。──史実である。

歴史小説や映像作品などを通して広く知られている、三国志の世界。そのもとになっているのは、今から1800年ほど前に、中国の「正史」の一つとして陳寿が著した『三国志』です。

約400年も続いた帝国・漢が滅び、混迷の時代を迎えたとき、先人たちはどのように生きたのか?
早稲田大学文学学術院教授の渡邉義浩さんによる『別冊NHK100分de名著 集中講義 三国志』では、正史に描かれた英雄、知識人たちの歩みをたどり、その生きざまに迫ります。

今回はそのイントロダクションと、序論「『三国志』とは何か」、第1講「漢帝国の崩壊と黄巾の乱」までの全文を特別公開します。(第1回/全7回)

「伝統」か「革新」か(はじめに)

 およそ今から千八百年前、中国は激動の時代を迎えていました。それを描いた史書が、陳寿(ちんじゅ)(二三三~二九七?)の著した『三国志』です。この当時、中国は、春秋戦国時代(紀元前八世紀~前三世紀)と並ぶ、社会の変革期を迎えていました。四百年も続いた「漢」が崩壊し、数多の群雄が栄枯盛衰を繰り広げ、やがて乱世は魏(ぎ)・蜀(しょく)・呉(ご)の三国鼎立状態へと収斂します。そして、最終的に魏を継いだ晉(しん)が中国を再統一するのです。その過程で登場する多くの人物の「生きざま」が、『三国志』には克明に描かれています。

 当時の時代背景は、「伝統」と「革新」という構図で見ると、分かりやすくなります。「漢」は長きにわたり中国を統治し、「漢民族」や「漢字」という言葉が現在まで残っていることにも明らかなように、後世への影響力が大きく、まさに「古典中国」と呼ぶべき存在でした。その漢の後継を自認していた劉備(りゅうび)が建国した蜀と、劉備を支えた諸葛亮(しょかつりょう)は、「伝統」の側といえるでしょう。蜀の正式な国名は漢なのです。蜀という地域の名をつけ「蜀漢」、あるいは末っ子という意味の季をつけて「季漢」ともいいます。

 これに対し、曹操(そうそう)が土台を築き、その子の曹丕(そうひ)が建国した魏と、孫権(そんけん)の呉は、いわば「革新」の立場にありました。とくに魏は、漢の制度が限界を迎えていた状況で新たな制度を創出し、後世へ絶大な影響を与えました。その具体例としては、隋唐帝国の税収体系の基礎となった租調制や、均田制の源流になった屯田制などが挙げられます。曹操は、国家の支配体制そのものを大きく変えたのです。

 一方、呉は、孫権が重用した魯粛(ろしゅく)の「天下三分の計」に基づく新しい発想に、活路を見出した国家です。制度そのものは後漢をそのまま継承していますが、広大な中国において、長江下流の江東だけで独立するという考え方は、紀元前二二一年に中華を統一した秦(しん)の始皇帝以降の中国において、非常に斬新なものでした。折しも地球規模の寒冷化が進み、黄河流域よりも長江流域の生産力が高まっていたのです。

 このように、三国時代には、制度的・発想的に新しいことを目指す「革新」の魏と呉に対し、「漢」の「伝統」を固守する蜀、という大まかな構図がありました。そしその構図のもとに描かれた「漢」崩壊後の趨勢(すうせい)と、混迷の時代を生き抜いた刺激的で個性豊かな数多くの登場人物。それこそが『三国志』の構成要素であり、最大の魅力なのです。

 この『三国志』の世界について、後の時代に成立した『三国志演義』という歴史小説や、さらにその『三国志演義』をもとにして近現代にいたるまでに創作された小説、映像作品、ゲーム等により、三国時代の大筋や、曹操・孫権・劉備・諸葛亮ら主要人物の概要について、すでに把握されている方も多いと思います。わたし自身、こうして中国古代思想史の研究に携わるようになったきっかけは、高校二年生のときに吉川英治の小説『三国志』を読んだことにあります。

 日本人の三国志観に大きな影響をもたらした吉川英治の小説に限らず、日本ではNHKの人形劇しかり、横山光輝の漫画『三国志』しかり、幾度となく『三国志演義』を土台とした物語世界がブームとなってきました。その影響は漢字文化圏のみならず、西洋文化圏にも及んでいます(映画『レッドクリフ』などはフランスでとくによく見られたようです)。

『三国志演義』は魅力的な作品ではありますが、あくまでも『三国志』や後世のさまざまな伝承、そして中国の近世のさまざまな文化的土壌をもとに成立した創作物です。もちろん、そこから『三国志』が受容されてきた社会のあり方、中国の民心、さらにそれを受け入れた日本の考え方が見えてきますので、『三国志演義』というフィクションそのものにも重要な意味があります。

 しかし、二十一世紀の現在、わたしたちは生きる指針を見出しにくい混迷の時代を生きています。戦後、高度経済成長期に生まれた科学技術に対する展望や信頼は、三・一一以降大きく揺らぎました。経済の閉塞感・停滞感はあらためて指摘するまでもないでしょう。三国時代もまた、四百年間続いた漢という国家、そしてその疑いのない指針とされていた儒教が潰れようとしていました。既成の価値観が大いに揺らぐ状況の中で、先人たちはどのような歩みをたどり、時代を切り開いていったのか。このような問いかけを行うとき、わたしはやはり後世のフィクションではなく、同時代人である陳寿の著した『三国志』の中にこそ、そのヒントが数多く隠されているのではないかと思います。

 それでは主要な人物たちの足跡をたどりながら、陳寿の描いた『三国志』の魅力についてご紹介していきましょう。

本書『別冊NHK100分de名著 集中講義 三国志』では、

序論 『三国志』とは何か──二つの三国志
第1講 漢帝国の崩壊と黄巾の乱
第2講 曹操──「才」が新たな時代を創る
第3講 関羽──「義」の英雄はなぜ神になったか
第4講 孫権──「信」により亡国の危機を脱する
第5講 劉備──「仁」によって成し遂げられたもの
第6講 諸葛亮──「智」の人の理想はどこにあったのか

という講義を通して、先人たちが時代を切り開いた歩みをたどり、『三国志』が描き出す史実に迫っていきます。

■『別冊NHK100分de名著 集中講義 三国志 正史の英雄たち』(渡邉義浩 著)より抜粋
■脚注、図版、写真、ルビは権利などの関係上、記事から割愛しております。詳しくは書籍をご覧ください。
※本書における『三国志』からの引用は、著者による訳です。

著者

渡邉義浩(わたなべ・よしひろ)
1962年、東京都生まれ。筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科史学専攻修了。大東文化大学文学部中国学科教授を経て早稲田大学文学学術院教授。2018年11月より同大学理事、大隈記念早稲田佐賀学園理事長も務める。専攻は古典中国学。文学博士。後漢国家と儒教の関わりや『後漢書』の翻訳などに取り組む一方、「三国志」についての一般向け解説、啓蒙も精力的に行い、映画『レッドクリフ』日本語版監修などを手がける。著書に、『儒教と中国 ──「二千年の正統思想」の起源』(講談社選書メチエ)をはじめ、『三国政権の構造と「名士」』(汲古書院)、『三国志──演義から正史、そして史実へ』(中公新書)、『関羽──神になった「三国志」の英雄』(筑摩選書)、『全譯後漢書』(主編、汲古書院)など多数。
※著者略歴は全て刊行当時の情報です。

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