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通勤電車の終点には何がある? 国府津・籠原、印旛日本医大・西馬込〜名前しか知らない街を大調査!

さんたつ

乗り慣れた電車に乗るたび車内放送から聞こえる、降りたことのない行き先駅の名前。行ってみれば案外面白くて、本気でおいしい大当たりの旅に! 国府津(こうづ)、籠原、印旛日本医大、西馬込の4つの駅周辺を巡りませんか。

東海道線で約2時間40分、国府津駅と籠原駅

ボックス席の車窓から海! 東海道線で初めて降り立つ国府津駅は御殿場線が停車。こちらはJR東海だから2社並列の貴重な光景だ。1887年開業時の東海道線は、この御殿場線が本線だった。丹那トンネル完成まで箱根の北をう回したのだ。

だから当時国府津駅界隈は人や物の集散地としてにぎわった。その証拠に国道1号、つまり東海道沿いに洋館や立派な商家建築が並ぶ。そして路地に入れば突然の富士山、駅裏の高台からは海一望。さらに別荘も多かった。

「けいきさんは土筆(つくし)ご飯が好きだった」と地元の人が親しげにいうから誰かと思えば国府津を避寒の地にしていた徳川慶喜公のことだった。歴史深い町だ。

国府津と籠原、どちらも車両基地を控えていることが終点駅の理由だろう。

籠原の住民によれば 「ここで高崎からの電車に5両付け足されるので座れます」。連結マニア垂涎(すいぜん)の日常風景だ。

中山道の熊谷宿と深谷宿の間でのどかな籠原も地元食文化を堪能できる。気がつけば、両端駅で江戸五街道のうち2街道をちょっと歩けるのだった。

混雑時にはグリーン車。これもこの路線ならでのぜいたくなさんぽの形なのだ。

関東の駅百選にも選ばれた印旛日本医大駅の駅舎。 時計台の展望台は普段は上れない。

国府津海岸 [国府津]

高低差が織りなす眺望

駅北の農道から線路と海を見晴らすと真鶴半島の向こうに伊豆半島が一望だ。駅舎は古いながらも鉄筋建築で立派。明治20年(1887)の開通当時はこの界隈の主要駅で、熱海へはここから馬車鉄道や汽船に乗り換えた。

東華軒 [国府津]

東海道線初の駅弁屋が今も

明治21年(1888)に竹皮に握り飯と漬物を包んだ駅弁を販売開始した。当時地元の海で捕れたタイやアジを使って名物弁当も開発。ふわふわな鯛そぼろが人気の鯛めし830円は明治40年(1907)発売。「鯵の押し寿司を訪問先の手みやげに」と、地元の人にも愛されるおいしさなのだ。

●8:30~18:30、無休。☎0465-47-5286

鯛めしには伊豆のわさび漬け、小田原かまぼこも。木のスプーン付き!

のんき亭 [国府津]

定食から鰻重まで至福のごはん

エビ丸ごと入り天むすび定食840円豚汁付き。

昭和15年(1940)に国道1号沿いでトラック運転手向けの食堂を初代が開店。「ゆっくり安全運転を」との思いで店名をつけた。2代目夫婦が編み出した天むすびは美味で満腹になれる。東京・麻布の『野田岩』で修業した3代目の鰻重(松5000円)も至福の味。

●11:00~14:45LO・17:00~20:45LO、火休。☎0465-47-3458

鰻重を食べ西湘バイパス越しの海を眺める。

神戸屋ふるや店 [国府津]

建物だけじゃなくてスコーンも目当てに

外観は昭和初期の洋風石造を模した看板建築。

温暖なこの地には政財界人の別荘も多く、箱根行きの客もいたので駅前に富士屋自動車のハイヤー車庫があった。国の登録有形文化財指定のその建物が現在パン屋に。「先代の店のまま改造したので水はけのために床が斜めなんです」と4代目夫婦は笑う。柑橘類たっぷりのスコーンがたまらない!

●7:30~20:00、日・月(祝の場合)。☎0465-47-2412

季節のスコーン180円。

別府城跡周辺 [籠原]

戦国時代の土塁が今に残る奇跡の理由

東西100m、南北80mの敷地を高さ2mの土塁が囲む。以前は堀に湧水もたまっていたとか。

平安時代末から戦国時代までこの地を治めた別府氏の居城があった場所。何と当時の土塁が今もきちんと残されている。「屋敷に古くから祀られた東別府神社があり、地域の人たちが大切に手入れを続けています」と江南文化財センターの山下祐樹さん。現在は県指定文化財だ。

●☎048-536-5062

熊谷きなこ屋 [籠原]

熊谷名物が住宅地で手作りされていた

江戸時代から地元で栽培されたもち米ときな粉と水飴を材料に筒状に伸ばして切った伝統菓子の五家宝。小さなこの店内で他店で長年修業を積んだご主人が丁寧に手作りする。黒ごま入りやひと口大に丸めたきなころん350円など、どれも甘すぎずふわりと美味。

●9:00~18:00、日・月休。☎048-580-3173

権田酒造 [籠原]

江戸末期創業の熊谷唯一の造り酒屋

地元武将の熊谷直実(くまがいなおざね)の名から主要銘柄は「直実」。創業170年余、昔ながらの製法を大切にしつつ、おいしい酒造りに挑戦し続けている。

●9:00~18:30、休日は要問い合わせ。☎048-532-3611

熊谷産酒米を使った純米大吟醸 2453円(写真左)と特別純米1320円(右)。真ん中は一斗甕で3年以上寝かせた甕貯蔵酒2453円。とにかくうまい!
おいしい季節の限定品も店で買えますよ〜。

北総線・京成押上線・都営浅草線直通で約1時間20分、印旛日本医大と西馬込

鉄道が縦横無尽に走る23区で、どの別路線とも連結しない駅が西馬込駅だ。町の噂(うわさ)では「計画では川崎まで延長予定だったが、地元や他路線の反対で断念」 とか。

逆に長く鉄道駅がなかった馬込は農村風景が残り文士に愛されたが、戦前は 「宅地化の波」 に驚く作品が増えた。

彼らがめでた風景を空想しつつ、坂の多い街を歩いて西馬込駅へ。ホームには印旛日本医大行き電車が来ていた。実は都営浅草線に京成押上線、北総線の3路線を縦断する複雑な電車だ。

北総線建設は千葉ニュータウン構想の一環だった。並行するはずだった成田新幹線の中止で、線路の敷地が広過ぎて妙だ。駅に着くとまた不思議なものを発見。 「印旛日本医大」 の駅看板の横に(松虫姫)と書かれているのだ。

なんだこれ? とまた地元で聞き込みをすると 「松虫姫伝説の寺周辺の農家の土地に駅ができたので、本当はこの駅名にしてほしかった」 証しだという。

駅の周りはピカピカの新興住宅地だ。と思いきや道路を一本渡ると突然の里山風景。ここが松虫姫地区なのだ。

そうか、西馬込の文人たちがかつて見た光景はこれだったのだ。図らずも路線の両端に、二つの時代が時間差で訪れたのだと気づいて面白くなった。

御菓子司わたなべ [西馬込]

執筆の合間にこんな和菓子が欲しかった

明治から昭和初期にかけて風光明媚な馬込界隈は作家や芸術家が住み「馬込文士村」と呼ばれた。その歴史にちなんだ文士村焼きや文士村もなか、馬込三寸にんじんを白餡に練り込んだ薯蕷(じょうよ)饅頭など、オリジナル菓子がたくさん。

●8:00~19:00、水休。☎03-3772-5082

熊谷恒子記念館[西馬込]

かな書家の美しい文字と住まいにひたる

文士村の中で最も西馬込寄りの物件。

京都の医師の家に生まれ、書家用品を扱う『鳩居堂』の子息と結婚した熊谷恒子。銀座に開店するために移り住んだのがこの屋敷だ。我が子の稽古ごとと一緒に書道を始めたのがきっかけで書家の道へ。作品が展示されている。

●9:00~16:30(入館は~16:00)、月休(祝の場合は翌休)。入館料100円。☎03-3773-0123

2階から海と池上本門寺と富士山が見えたとか。

北向稲荷神社[西馬込]

地元の人は「出世稲荷」と呼ぶ

馬込文士村商店街を抜けた丘の上に鎮座する神社はここ上台地区の鎮守様。境内は児童公園になっている。隣のおいはぎ坂を上った先のバス通りが、この界隈で一番標高が高い。西馬込は起伏が激しい土地で、1軒として隣と同じ標高には見えないほどだ。かつて農村だったが、関東大震災後に徐々に宅地化し、斜面は家で埋め尽くされた。

ガーデンカフェ マツムシコーヒー [印旛日本医大]

林に包まれた庭の中の一軒家

松虫寺の隣でひっそり営む隠れ家的カフェ。店内はオートバイやレコードなど店主の趣味がそこかしこにある。香り高い自家焙煎のブレンドコーヒーと自家製パウンドケーキセット800円でのんびりしたい。店の周囲は農村風景で、駅前の人工都市とは一変。木漏れ日の庭にも席が。

●10:00~18:00、火と第2・4水休。☎0476-80-3792

松虫姫伝説の地 [印旛日本医大]

行基作の七仏薬師は重要文化財

奈良時代に聖武天皇の三女である松虫姫が重い病にかかった時、夢のお告げで訪れた下総の薬師堂が松虫寺の前身。すっかり治った松虫姫は京に戻ったが、乳母の杉自(すぎじ)は高齢のためこの地に残り、村人たちに文字や養蚕など奈良の文化を教えて暮らしを助けた。寺から500mの林の中に杉自の塚がある。周辺に松虫姫にまつわるスポットが点在。

姫を京から乗せてきた牛が身投げしたと伝えられる牛むぐりの池。現在の松虫姫公園に池と像が。京に一緒に戻れず悲しかったけど今は一緒!

むさしのうどん 鈴や [印旛日本医大]

コシの強さに小麦粉の風味堪能

うどんの太さと色に驚く。「子供の頃に栃木在住の祖母に打ってもらったうどんを再現しています。風味を良くするために小麦の皮も混ざった灰色の粉を選びました」と店主の鈴木さん。肉もりうどん850円は豚肉とネギ入り麺汁につけて歯応えを楽しもう。

●11:00~15:00、火・水休。☎090-9962-6722

おいしい地場食材充実の『いんば農産物直売所 グリーブ』の敷地内にある。屋外テーブル席も。

印西市立印旛医科器械歴史資料館 [印旛日本医大]

日本の医療現場の変遷を眺める

駅前に立つ印旛村時代の消防署だった建物は、今は国内唯一の医科器械の資料館。館長の故青木利三郎が長年コレクションした道具や機械を一堂に集めたのだ。古くは江戸時代からあり、ドラマ撮影などに貸し出すこともあるそうだ。

●10:00~16:00、開館は月・水・金。館内無料。☎03-3813-1062

取材・文=眞鍋じゅんこ 撮影=鴇田康則
『散歩の達人』2021年4月号より

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