漫画の聖地巡礼はアニメとは少し違う?作者の出身地が“聖地”足りえる漫画ならではのわけ 『進撃の巨人』を例に静岡でマンガがまちに与える影響探るトークセッション
2024年7月14日、静岡市駿河区にある静岡市南部生涯学習センターで「マンガが都市に与えた影響とは」をテーマに、漫画の専門家と漫画を活用したまちおこしの実践者をパネリストに迎えたトークセッションが行われました。
ファシリテーターは芸術教育の観点からアニメや漫画、プラモデル・模型などを研究している静岡大学の芳賀正之教授が務め、パネリストとして東京工芸大学マンガ学科教授でマンガ表現論やキャラクター文化論を専門とする伊藤剛教授、大分県日田市で『進撃の巨人』を活用したまちおこしに取り組む日田市商工観光部商工労政課と日田市コラボ事業者協同団体の担当者が参加しました。
聖地巡礼に影響?アニメと漫画では背景の持つ役割・意味が異なる
始めにメインパネリストとして登壇した伊藤剛教授が、「マンガと場所/マンガの背景」と題した講演を行いました。伊藤教授はこの中で、漫画とアニメに描かれる背景の違いについて説明しました。
アニメでは背景とキャラクターの動きを一体でレイアウトするため、物語空間の中のどこにカメラを置くか?といった見え方になり、物語の舞台となっているまちとアニメの風景がそのまま接続されます。一方で漫画のコマの中に描かれる背景は、キャラクターがどういう場所でどういう雰囲気にいるかを伝えられればそれでよいため、描き方には作者の融通が利いてしまいます。
こうしたアニメと漫画の背景の描かれ方の違いから、漫画だけで聖地巡礼が盛んになるケースはあまり多くなく、アニメと一体になった形で盛り上がることが多いと言います。
漫画ならでは?作者が“聖地”をつくる
その一方で、漫画ならではの聖地巡礼というものがあると言います。それは、物語の中の設定と違う場所がコマの中に描かれた背景の類似によって発見され、作者と結び付くことで聖地化するというものです。
例えば週刊少年ジャンプに連載された『ハイキュー!!』は、宮城県の高校が舞台という設定ですが、背景として描かれているモデルの多くは作者の古舘春一先生の出身地であるとされる岩手県軽米町です。単に背景として描かれているだけでなく、作者の過ごした場所という特権性、作品のバックグラウンドに作者の経験や人生というものがある、そしてそれがアニメと違い個人が手で描いているという身体性によって、漫画であるからこそ“聖地”になりえたのではないかというわけです。
具体的な背景モデルではないが作者の出身地が聖地に
こうしたケースは、作者が出身地など見慣れているところであれば、どこに何があるか理解しているので描きやすく、また学校などでは出身校であれば校内の写真を撮る許可が取りやすいといった効率面の事情が多いのではないかと言います。
例示された『ハイキュー!!』や『古見さんは、コミュ症です。』は、実際に背景にその場所がモデルとして描かれていますが、そうでないケースがあります。それが『進撃の巨人』と大分県日田市の関係です。
大分県日田市が『進撃の巨人』で聖地になったわけ
『進撃の巨人』は、別冊少年マガジンに連載されていたダークファンタジー漫画です。架空の世界を舞台としており、実在の風景が作中に登場しているわけではありませんが、作者の諫山創先生の出身地である大分県日田市が、いわゆる聖地として多くのファンが訪れるスポットになっています。
諫山先生は、「山(壁)に囲まれた町を窮屈に思い、いつか壁の外の広い世界に出たいと思っていた」などと、『進撃の巨人』の舞台が生まれた背景に故郷の存在が関わっていることを、インタビューなどで明らかにしています。そもそもの作品の圧倒的な面白さはもちろんですが、作者の故郷であるという特権性、そしてその故郷が作品の成立に密接に関わっているという点もあり、まさに聖地になり得たというわけです。
ファンが訪れる場所になるためには地域の力が不可欠
しかし、単にそれだけで日田市に多くのファンが訪れるようになったというわけではありません。キャラクターの銅像やパネルの設置、ガイドマップの制作や各種コラボイベントの実施等によって、聖地としてファンが集まる場所になりました。
それらの施策の実現は、作品をまちおこしに活かそうと動き出した民間団体「進撃の日田まちおこし会議」と、それに協力する日田市の存在があってこそです。2019年に同作の出版社である講談社に企画内容を相談し、キャラクターの銅像設置が決定。以降、この2者が中心となって、様々な企画を実施しています。現在は漫画が完結しアニメの放送も終了しましたが、新スポットの開発や企画実施によるリピーターの増加やインバウンドの復活などによって、今後も多くのファンに訪れてもらうことができると思っているとのことでした。
サブカルチャーがまちに与える影響とは?
今回のトークセッションは、静岡市南部生涯学習センターが企画した特別講座「サブカルチャーのチカラ~プラモ・マンガ・アニメは都市を刺激するか」の第1回目として行われたもので、全3回にわたって、漫画・プラモデル・アニメ、それぞれの分野のエキスパートが登壇します。
企画した前田晃弘さんによると、これまで生涯学習センターでサブカルチャーを真正面からド直球で扱った講座がなかったことが、こうした企画を立案したきっかけだったといいます。
8月には漫画に続きアニメを扱うトークセッションも
<静岡市南部生涯学習センター 前田晃弘さん(現静岡市歴史博物館企画経営課)>
「サブカルチャーというものと“まち”とか“都市”とか“コミュニティ”というものを掛け合わせたら何が生まれるんだろう?どういう現象が今起こっているのだろう?これから起こるんだろう?ということを広く皆さんに知っていただきたかったし、一緒に考えていただきたかったというのが企画の意図。ぜひ足を運んでいただいて、サブカルチャーの正体、サブカルチャーと都市というところを考えていただけたらなと思っています」
第2回は7月21日(日)にプラモデル、8月4日(日)にアニメの回を予定していて、いずれも13時30分からです。様々なアニメや漫画の舞台となっている静岡県ですが、この講座の中に、コンテンツをどのように活用すれば地域に新たな魅力を創出することができるのかのヒントがあるかもしれません。参加は電話(静岡市南部生涯学習センター054-281-2184)で受け付けているということです。
(文:深夜の天輔星)