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兵庫県姫路市の珍スポット 自虐投稿で話題の「だ~れも知らない太陽公園」行ってきた<石のエリア編>

おたくま経済新聞

太陽公園(石のエリア)

 世界遺産の姫路城が有名な兵庫県姫路市。実は姫路城だけでなく、全国的にはマイナーながら、ドイツの古城を模したお城がシンボルの「太陽公園」というテーマパークがあるんです。公式Twitterが「だーれも知らない」と自虐する太陽公園を訪ね、その魅力を伝えようとする本記事。今回はお城と並ぶもう1つの「石のエリア」を訪ねることに。

【注意】
記事を執筆するにあたっては「太陽公園」を2回にわけて取材しています(敷地が広すぎて1回で終わりませんでした)。このため記事自体もWEB記事にはあるまじき文量があります。お急ぎの方はブックマークを、そうでない方は飲みもの片手にゆっくりお読みください。なお、本稿は前後編のうち後編の「石のエリア編」です。

■ あまりに広すぎて取材が1日では終わらなかった……

 太陽公園に許可を得た上で、現地を直接たずねて取材を進めていたのですが、予想以上にバラエティ豊かな園内で時間を忘れ「城のエリア」を見て回るだけで閉園時刻を迎えてしまった筆者。

 日を改めて、もう1つのエリアである「石のエリア」を取材すべく再訪しました。ちなみに「石のエリア」の場所は、ドイツのノイシュヴァンシュタイン城を模した白鳥城を中心とする「城のエリア」から、駐車場と道路を挟んだ反対側に立地しています。

 前回とは打って変わり、まさに日本晴れといえる晴天。ちなみにこの日は前回の反省も踏まえ、取材時間を十分に確保しようと午前中に訪問したのですが、平日ながらチラホラと観光客の姿が。「平日なのにお客さんがいる!」と感心した筆者。「失礼では?」と感じられた方もいるかもしれませんが、「元地元民」としては、それだけ隔世の感のある光景なんです。

■「勇者ヨシヒコ」の衣装が展示されたエリア

 スワンにて受付を済ませた後に、さっそく石のエリアへ向かった筆者。ですが、その道中に様々なオブジェに遭遇しました。

 まず建物を出たすぐそこに、当時(2020年10月)としては少々季節外れな、クリスマスでお馴染みのそりに、トナカイ。そしてそれを囲い込むように、様々な色の屋根で彩られた数軒の民家。クリスマスマーケットの準備にしては早すぎます。

 「この民家は一体?」

 筆者は民家を1軒ずつ、端から端まで凝視。すると、右側にある民家は唯一開放状態。さらによく見てみると、幼少の頃親しんだRPGの主人公の衣装のようなものがチラリ。

 「こ、これはまさか……!」

 脳裏をかすめる「テテテテ・テッテッテー」なBGMに、思わず生唾をゴクリな筆者。ゆっくりと近づいてみると、やはりそこにはありましたよ。そう、TVドラマ「勇者ヨシヒコシリーズ」での主人公一行の人形が!

 どうやらここは、番組紹介コーナーのようです。壁にはロケ地であることを説明する張り紙がはられていました。まさか太陽公園で「ヨシヒコ」を撮影していたとは!またこの建物は当時控え室として使われていたとのこと。いち愛好家としては、ただただ驚くばかりです。

 まるでゲームのプレイ中、モンスターに遭遇したかのように思わず足踏みしてしまう筆者。とはいえ、いつまでもここで「ガンガン行こうぜ」ではいけません。退出時のBGMを“脳内再生”させつつ、目的地へと向かいます。

■ ヨシヒコのあと遠くをみると白鳥城 ジャンルがごった煮

 そんな中、不意に空を見上げると、そこには先日訪れた白鳥城が抜けるような青空を背に、私を見下ろしていました。これだけ見ると、欧米のどこかにいる気分。しかし筆者が現在いるのは、兵庫県姫路市。先にお断りしておきますが、この日筆者は、同じ思いを何度か実感することになります。

 さて、再び歩き出した筆者。天気も相まって、さながらお散歩気分になってきました。「ブレーメンの音楽隊」など、道中現れる様々な動物たちに見送られながら、一路目的地へ向かいます。

■ ついに「石のエリア」へ 入り口では兵馬俑の兵士がお出迎え

 のんびり歩を進めながら「もう既にネタが豊富やな……」と、思わず方言丸出しでポツリ。しかしそれも、入口で出迎えた石像たちによって、物の見事に打ち消されました。

 ん!?これって兵馬俑の兵士と狛犬!?んんっ?

 そう、太陽公園「石のエリア」は、様々な歴史建造物を模した建物や、石像などが所狭しと並べられている一帯。「城のエリア」とは、その趣向が180度異なるこれまたカオスな空間なんです。早速、受付のおじさんにチケットを見せた筆者は再入園。こちらのエリアについても、約20年ぶりの来訪でございます。

 歩み始めた筆者をさっそく出迎えたのが、韓国済州島の石像「トルハルバン」。済州島の方言で「石でできたおじいさん」という意味で、鼻を握って願いをいうと、願いは叶えられると伝えられている石像です。筆者も触ろうかなと一瞬思いましたが、しかし現在は「コロナ禍」でもあるために自重。余談ですが、石のエリアでは、石像や建造物の付近には、それについて記された案内看板が設置されています。

■ 気分はプチ「世界旅行」

 無数のトルハルバンの出迎えた後、筆者の眼前に立ちはだかったのは、フランスが世界に誇る名所「凱旋門」。

 お恥ずかしながら、筆者はフランスに行ったことはないのですが、恐らく“オリジナル”とそう遜色ないような圧倒的ないで立ちは、まるでパリのシャンゼリゼ大通りにいる気分。しかしながら、ここは兵庫県姫路市なんです。

 門をくぐると、そこはパリの街……ではなく、「オルメカ」と呼ばれる過去にメキシコで栄えた「メソアメリカ文明」の石像「巨石像」「火の神の石像」「戦士の支柱」の姿が。韓国、フランス、メキシコと、まるでサッカーワールドカップの出場国かと思われる国々に、筆者はまるで世界旅行をしているかの気分。

 メキシコがひと段落すると、遺跡群は南米へ“南下”。チリのイースター島にある、人面の石像「モアイ像」たちが待ち構えていました。やや高い位置より、モアイに見下ろされているのは何とも言えない気分。さらに振り返ってみると、先ほど通った凱旋門。

 場所によってはモアイの向こうに凱旋門が見えるという……なんだか時空がゆがんでいるような気がしますが、これが違和感なく同居するのが太陽公園クオリティ。

 このほかにも、メソポタミア文明やポリネシアにちなんだ石像も並んでおり、書いている人間が言うのもなんですが、文面だけでも実にカオス。「古代文明好き」の方には、是非一度は訪れていただきたいものです。

■「古代中国エリア」の規模に圧倒

 さて、どうやら遺跡ゾーンはそろそろ終了の様子。この先は一体なにが……ん?何か“既視感”のあるものがあるぞ!?……これは、さっきの兵馬俑さんたちやないかい!さらにその奥には倉庫のような建物。「兵馬俑博物館」と記されていますね。

 古代中国ファンならもうお察しかと思いますが、ここは中国の初代皇帝「始皇帝」の陵墓「秦始皇帝陵」を再現したエリア。

 中国の兵馬俑博物館「兵馬俑坑」で作られた兵馬俑レプリカが約1000体展示され、発掘当時の現場を“破損状況”まで詳細に再現しています。

 この兵馬俑坑が発見された当時、その規模と兵馬俑の写実さとバラエティの豊かさに世界が驚嘆したのですが、それをそっくり再現するとは……。このこだわりぬいた考証もさることながら、よくぞ作り上げたものだと驚くばかりです。

■「万里の長城」で山登り

 とてつもない規模とロマンに感嘆した筆者。館を出て再び歩み始めます。すると、すぐ目に入ったのが「万里の長城」という順路の案内板。どうやらこの兵馬俑博物館からは「中国ゾーン」のようですね。

 ここでも多くの兵馬俑に迎えられながら、入城門へ向かった筆者。ちなみにここの兵馬俑の兵士たちは、先ほどよりも柔和な表情。「ようこそ!」と言われているかのような気分になります。

 「1992年建立」と記された石碑に目を向けつつ、入門口を潜った筆者。当初の想定散策時間を既に経過した状況下での“スタート”に、一抹の不安を感じつつも、左右に並び立つ兵馬俑の「出迎え」を受けつつ、緩やかな上り坂を駆け上ります。

 途中で振り返ってみると「緩やか」と言いつつ、それなりの急こう配。とはいえ、先に“ネタバレ”をすると、まだ山でいう中腹部分だったりします。

 じわじわと消耗する体力と向き合いながら歩を進める筆者。しばらくすると、無数に散りばめられた石の貨幣に、無数に聳え立った灯籠の姿、さらには三角屋根の家屋がズラリとみえてきました。

 どうやらこの家屋は、オセアニアに位置する「ミクロネシア連邦」ヤップ島の石貨(石の硬貨)に、石貨神殿をイメージした建物。しかし、石貨の一部には、デカデカと「中華人民共和国」の記載のものもあったのですが、細かいことは気にしない……。ここには自動販売機もあり、筆者は乾いた喉を潤すことができました。

■ 再建された「鶏足寺」

 さらに登っていくこと数分。そこには「峰相山鶏足寺(けいそくじ)」という案内標識。どうやら分岐点のようです。

 「鶏足寺」というのは、姫路市北部の峰相山にあった寺院で、戦国時代に羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)の中国攻めによって焼き討ちにあい、廃寺になったのを太陽公園建設に際し、再建されたんだとか。

 ここでは五百羅漢がお出迎え。「日本の建造物もあるのか!」と、普通に考えたらごく当たり前のことに驚いてしまいますが、それだけ太陽公園のカオスっぷり……だんだん、ここはどこなのか分からなくなってくるんです。

 とはいえ、五百羅漢のすぐそばには、“本家”インドの涅槃像の姿。やはりここは、「ワールドワイド」なエリアであることは違いないようです。最前列には、「無念無想」ならぬ「無念『夢』想」と記されたお釈迦様(の石像)が横たわっていました。

■ プチ万里の長城といいつつ全長2キロ

 無数の仏様に別れを告げつつ、万里の長城へ戻ってさらに登っていきます。10分ほど歩くと視界に入ってきたのは、なぜか天安門。なお「案内板」には、万里の長城に加え、小さく「トイレ」の記載が。恐らくここでトイレに行きたくなる方が多いのでしょう。実は筆者もここでトイレ休憩。

 万里の長城に戻ってさらに進むと、一目見るだけで険しさが伝わってくる石の階段が姿を現すことに。この時点で、脚はもうパンパン。この時ほど、日頃の運動不足を恨んだ瞬間はありません。……これはホンマにキツイわ……。

 この「プチ万里の長城」ですが、プチといいながらも全長2キロメートルあり、それなりのウォーキングコース。既にヘトヘトの状態で、ふと見渡してみると兵馬俑にしては少々大きすぎる像が。それは、日本古来の「埴輪」を超巨大サイズにしたものでした。

 そう、ここは令和の日本で兵庫県姫路市なんだ……と今日何度目かの確認をした筆者は、その姿をじっと噛みしめながら石のエリアを後に。

 再び入口に戻ったときに時計を確認したのですが、今回の所要時間はなんと2時間30分。

 ちなみにこの記事を書いている際に気づいたのですが、実はこれだけ訪問したのにも関わらず、チェック漏れの建造物があったのです。なんということだ……そこも訪問して「コンプリート」していたら、恐らく散策時間は3時間はかかったでしょう。

■ まとめ

 折角だからくまなくチェックしよう、と意気込んだ太陽公園訪問記でしたが、施設の方との取材の打ち合わせ時間を含めると合計でなんと6時間近くの訪問となりました。

 当初は20年前の“経験”を踏まえ「ま、3時間くらいで何とかなるかな?」と楽観視していた筆者。しかし、見通しの甘さを身をもって思い知ることとなり、計画をすることの大切さを認識するいい機会となりました。

 一方で、人口50万を超える中核市とはいえ、市街地からかなり離れた姫路の地で、これほどまでに「カオス」な経験ができる施設も、全国見渡してもそうそうないとも今回改めて感じました。

 そして、「城のエリア」と「石のエリア」という、全く異なる2つのエリアは、もっともっと人があつまるだけの魅力を有している施設ということも。

 特筆すべきことは、元々この太陽公園は、個人の熱意によって山を切り開き、ドイツの古城や数々の石造物が作られたということ。その横溢する情熱、特に石のエリアで数多く存在した兵馬俑への愛着は目を見張るものがあります。

 それをSNSを通じて多くの人に知られる機会を得たというのは、とても現代的ではありますが、しかし日本には、太陽公園のように、まだまだ陽の目を浴び切れていない施設はあるように感じます。今回こうやって伝える機会が出来たことは、メディアの人間として、そして私個人としても大変貴重な経験となりました。

<取材協力>
太陽公園 (兵庫県姫路市打越1342-6)

▼前編
兵庫県姫路市の珍スポット 自虐投稿で話題の「だ~れも知らない太陽公園」行ってきた<城のエリア編>

(向山純平)

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