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戦火の北京パラリンピック、ウクライナ選手団は爆撃くぐり抜け「奇跡」の参加

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北京パラリンピック開会式でのウクライナ選手団,Ⓒゲッティイメージズ

4昼夜かけた移動で北京入り

ロシアによる軍事侵攻でウクライナは激しい爆撃が続く。目を覆うような惨状の中、3月4日開幕した北京冬季パラリンピックでは、ウクライナ選手団が命からがら陸路で国境を越える移動をして参加。競技初日からバイアスロンで金3、銀3、銅1のメダル7個を獲得するなど躍進している。

ウクライナ・パラリンピック委員会のスシケビッチ会長は3日の記者会見で「爆撃から逃れバスで国境を越えた。大会に参加できること自体が奇跡だ」と疲れ切った表情で語った。選手20人、ガイド9人の構成。「4昼夜かけてここまで来た」と明かした通り、過酷な長旅を乗り越えて出場した意義は反戦への思いだった。

緊迫する情勢を受け、ウクライナ全土で民間便が止まった。選手団は国内外に分かれていたが、国内組はキエフからバスで横断して国境を越え、イタリアまでおよそ2000キロの移動。車いすのスシケビッチ会長は座席に座れず、床に横たわって仮眠したという。経由地で毛布や食料の援助を受けたとも明かした。

「もし参加を見送れば、世界が『ウクライナは消滅した』と考えるだろう。軍が国を守っているように、われわれもここで闘う。われわれの活躍がウクライナは生きている証しとなる」と大会を通じて「平和」と「反戦」を訴える考えを表明した。

ウクライナ出身の米国選手も「金」を祖国へ

ウクライナ出身で3月5日のバイアスロン女子座位で金メダルに輝いた「今大会の顔」、米国代表のオクサナ・マスターズは「このメダルを戦火にさらされている祖国に勝利をささげる」と熱い思いを語った。

チェルノブイリ原発から車で数時間のウクライナ西部の街で生まれ、その爆発事故の原因とされる手足の障害が生まれつきあった。親に育てられることのなかった幼少期は障害の影響もあり孤児院を転々。数奇な運命で7歳の時に養母に引き取られて米国へ移住した。

スポーツに打ち込む人生の喜びを見つけ、夏冬「二刀流」で昨年夏の東京パラでは自転車ロードのハンドサイクル2種目で2冠を達成するなど、今大会前までに10個のメダルを獲得したパラスポーツ界のヒロインでもある。

大会中は公式練習から出身国のウクライナ国旗をハートにかたどったマークを胸元に付けて調整に臨み、今大会で自身最初の金メダルを獲得すると、感極まった表情で喜びを表現。「このレースは米国チームだけではなく、ウクライナのためのもの。私の心の一部はウクライナでできている。平和な世の中で、各国の選手が一緒になってレースができることを願う」と複雑な心境を口にした。

自身の会員制交流サイト(SNS)では「生まれ故郷とウクライナの人々のことで胸が張り裂けそう。私はいつも、いつまでもウクライナの味方」とつづり、自身の活躍で反戦と平和のメッセージを呼び掛けていく覚悟を示している。

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記事:田村崇仁

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