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バスと電車と足で行くひろしま山日記 第16回呉娑々宇山(府中町~広島市安芸区・東区)

ひろしまリード

コロナ禍の山歩きを考える

新型コロナの感染は、オミクロン株の拡大もあって収まる気配がない。一方で、感染対策と社会・経済活動をできるだけ両立させようという動きもある。専門家からも「『人流抑制』から『人数抑制』へ」「今回は何でもやめるという、ステイホームは必要ない」「リスクの高いところに集中して、みんなで気をつける」という発言も出ている。当コラムはもともとソロ登山で、大声の会話をすることもない。政府や自治体の方針に注意を払いつつ、あまり遠出をせずに可能な範囲で続けてみようかと思う。そうした「マイ指針」を踏まえて今回目指すのは、広島市街地の北東方向に堂々たる存在感を放つ呉娑々宇山(ごさそうざん 682メートル)だ。左右に大きくすそ野を広げた山容は、登山意欲をそそる。いくつかある登山ルートのうち、水分(みくまり)峡から岩屋観音岩峰の眺望を楽しみ、快適な尾根道を経て山頂に至るコースを歩いてみよう。

▼今回利用した交通機関 *時刻は休日ダイヤ
行き)広電バス2-2府中山田行き(おとな片道280円)/県庁前(8:09)→(8:31)みくまり峡入口
帰り)広電バス2-2県庁前行き(おとな片道280円)/みくまり峡入口(14:04)→県庁前(14:37)

神武天皇伝承の地からスタート

それにしても不思議な山名だ。角川日本地名大辞典によると、江戸時代の広島藩の地誌「芸藩通志」にも安芸郡の主山として挙げられていながら「名義詳ならず」と書かれているという。また、古代、国司の山荘があったことから「御山荘山」と呼ばれていたという説も紹介されている。仮にそうだとしても、なぜ現在の漢字があてられたのだろうか。
登山口の水分峡森林公園へは広電バスを「みくまり峡入口」バス停で下車。川沿いの道を15分ほどゆるゆる登ると駐車場に着く。管理棟は休憩施設もあるのだが、コロナ対策でお休みだ。さらに数分歩くと水分神社だ。由緒を記した看板によると、神武天皇が九州から大和へ向かう東征途中にこの地に滞在した際に水を汲んだという伝承があるという。

登山口に立つ水分神社

古事記には神武天皇が「阿岐国(あきのくに)の多祁理宮(たけりのみや)に七年坐(いま)す」という記述がある。この多祁理宮(日本書紀では埃宮=えのみや=と記述)の所在地が現在の府中町付近とされており、多家神社(府中町宮ノ町3丁目)がそのゆかりの地と伝わっている。ここに7年間とどまったというのだから、なかなかに当時の行軍は簡単ではなかったのだろう。
登山の安全を祈願して社殿の左の斜面を登る。登山道はよく整備されているが、最初から結構急で息が上がる。15分ほどであずまやが見えてくる。広島市街地の眺望に癒されて先に進む。30分ほどで立派な石段が現れた。登りきると、平地が広がっている。岩谷観音寺の境内の跡だ。海中から網にかかって引き上げられた観音像を本尊に、多くの人の信仰を集めたそうだが、堂宇は焼失し、基壇の石積みや瓦の破片が残されているだけ。本尊もいまは広島市東区の岩谷寺に安置されているそうだ。

標高200メートル付近に立つあずまや

あずまやから見た広島市街地

岩屋観音跡に向かう石段

石灯籠の跡

本堂の跡。基壇部分だけが残っている

絶景の岩峰へ

前半のハイライトは、この寺院跡の上にある。いまにも崩れ落ちそうな岩が斜面上に積み重なっている崖下を通り抜ける。親切にも「素早く通過」の札が登山道脇のロープに掛けられている。もちろん全速で通過する。この後は右の斜面に取り付いてよじ登る。視界が開けたら岩谷観音の岩峰のピークだ。

崩れ落ちそうな登山道脇の岩場

岩屋観音岩峰からの眺望。広島市の東部市街地と広島湾が一望できる

すばらしい眺めだ。残念ながら雲が多く空気の透明度も低かったが、広島市街地から黄金山、似島、厳島、能美島、江田島が一望できる。右後方に目を転じると松笠山から二ヶ城山、木ノ宗山と続く山並み。その向こうには人気の白木山(889メートル)が鎮座する。ここの標高は410メートルほどだが、広島市周辺では最高の展望台のひとつだろう。市街地に向き合う岩に観音像が彫られていた。「おかあさん、それはかんのんさまです 合掌」。うーん、どう解釈したものか。
存分に景色を楽しんだら、後方の鞍部に降りてから登り返す。目の前にさっき立っていた岩峰越しに市街地が広がる。これもなかなか「映える」光景だ。

岩峰の岩に彫られていた観音像。添え書きの意味は?

北側から見た岩峰と広島市街地

快適な縦走路歩きで山頂へ

ここから高尾山(424.2メートル)を経て頂上へ向けて尾根を歩く。快適な縦走路だが、距離は結構ある。標高を上げていくと、道端に雪が融けずに残っているところも。40分ほど歩くと突然舗装された林道に出た。通行止めのガードレールの横を抜けて20メートルほど下ると登山道の入り口だ。標識はないが、右脇にベンチと防火啓発の手書き看板があるのですぐわかる。ちょっと登って尾根に出るとゴールは近い。シンボルの電波塔が近付いてくる。

高尾山の山頂

林道との合流地点。呉娑々宇山山頂への入口は通行止めのガードレールから20メートルほど下ったところにある

山頂の電波塔が近付いてきた

雪の残る登山道

途中の崖に突き出したバクチ岩は上部が平坦で休憩にはもってこい。岩谷観音の岩峰ほどではないが、見晴らしも良好だ。今回はパスしたが、ここで昼食をとるのもいい。
少し晴れてきて明るくなってきた道を登り詰めると電波塔に行き当たる。頂上の三角点は施設の東側にある。11時25分登頂。あまり眺望はきかないが、市街地のあちこちから雄大な姿を見せる呉娑々宇山のピークを踏んだ満足感にしばし浸った。

呉娑々宇山の頂上。展望は限定的

「休憩広場」とは…

後は昼食と下山だ。途中の標識で気になった休憩広場に行ってみることにした。登山道から南に外れた支尾根に向かう。少し下ってたどり着いたのは、直径10数メートルばかり木を刈り取っただけの場所。広場と言えば広場なのだが、ベンチがあるわけでもなく、眺望があるわけでもなく、ちょっとがっかり。バーナーでお湯を沸かし、このところ定番になっているカップラーメンの昼食。今回は個人的に懐かしい「金ちゃんヌードル」。素朴なしょうゆ味がおいしい。温かい食べ物はありがたいが、ここは標高約600メートルだけに冷え込みはきつい。手袋をしていても指がかじかんでくる。早々に食事を終えて下山にかかった。

この日のお昼は懐かしの金ちゃんヌードル

バクチ岩。平坦で眺めも良く、食事するならここかも

下山路の途中にあった休憩所

砂防工事が続く水分峡へ

下山は水分峡に降りる最短ルートへ。この道は何度も林道を横切りながら林間を一気に下っていく。少々膝にくるが、約1時間半で水分峡にたどりついた。水分峡は土砂災害の対策工事がほぼ全域で実施されており、自然石を多用して景観に配慮はしているものの峡谷らしい風情はあまりない。水が幾重にも重なりながら流れ落ちていく様子が武士の鎧(よろい)の胴の下から垂れて大腿部を覆って保護する部分の形に似ていることから名付けられた「草摺(くさずり)の滝」などの見どころもあるが、その上部には工事中の砂防堰堤が見えている。下流には多くの人家があるため、防災対策は欠かせないのだ。ほどなく登山を開始した水分神社に。無事に下山したお礼をして帰途につく。みくまり峡入口のバス停まで歩くと1時間に1、2本しかない県庁行きのバスがタイミングよくやってきた。歩行距離は11.1キロだった。

草摺の滝。奥にコンクリートの砂防堰堤が見える

水分峡はほぼ全域で砂防工事が行われている

【追記】
前回の宗箇山編でわからなかった三滝寺の多宝塔の来歴を少し調べてみた。全国の建築物の構造や歴史などをまとめた日本建築学会編「総覧日本の建築8」によると、和歌山県広川町の廣八幡神社に1526年に建立されたが、土砂災害で大破し、1835年に下層の大部分の部材を取り替える形で修復された。だが、明治時代の神仏分離令による混乱で破却され、移築を繰り返した末に1951年に三滝寺に移築されたという。広島にやってくる直前にどこにあったのかまではわからなかった。

ライター えむ
還暦。50代後半になってから本格的に山登りを始めて4年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラム「バスと電車と足で行くひろしま山日記」

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