「責任を取れ」と迫る客からは物理的な距離を取る。ミスを理由に不当な要求をするカスハラへの対策
従業員を高圧的に攻撃し苦しめる「カスタマーハラスメント(カスハラ)」。コロナ禍を経てますます増加したカスハラから従業員を守るため、企業は早急な対策を求められています。犯罪心理学者の桐生正幸氏は、著書『カスハラの犯罪心理学』(集英社インターナショナル)で、豊富な調査実績をもとにカスハラが起こる理由とその対策を提案。いまや社会問題化しているカスハラの事例を通し、従業員や自身の心を守る方法、そして「客」としての自分自身を見つめなおしてみませんか。
※本記事は桐生正幸著の書籍『カスハラの犯罪心理学』(集英社インターナショナル)から一部抜粋・編集しました。※この記事には、一部不快感を伴う描写が含まれます。ご了承の上、お読みください。
※写真はイメージです(画像提供:ピクスタ)
「責任取ってくれるよね?」への戦法
カスハラは、こちらの想定をはるかに超えてくるケースも多い。
加害者の4タイプの攻撃性のなかで「制裁・報復」としての攻撃性にあたるタイプは、「自分が正義」「責任は相手にある」と信じる傾向が強い。『コールセンターもしもし日記』(フォレスト出版)の著者で、コールセンターに勤めた経験を持つ吉川さんもこのタイプのカスハラの体験を著書で紹介している[吉川 2022]。
そのクレーマーは、吉川さんのミスを誘って間違った案内をさせ、後日言いがかりをつけてきた。吉川さんは事実を確認し、揚げ足取りだとわかっていても真摯に謝罪している。
「間違った案内をしてしまい、申し訳ございませんでした」
「そうだよね。間違ったこと言ったよね。認めるよね。責任取ってもらえるよね?」
カスハラの刑事事件でも多数見られた「責任取ってもらえるよね」という言葉。不当な要求をする加害者たちの常套句だ。真面目に働く人は自分にミスがあると、つい「自分のせいだ」と思いこんでしまう。吉川さんも、カスハラ常習犯と思しき加害者の罠に落ちそうになる。
「私にできることがあればやらせていただきますが、どのようなことでしょうか?」
「どのようなことでしょうかって、自分で考えてわからないの? あんたバカじゃないの?」
言葉に詰まってしまった吉川さんに上司を出せと客は息巻く。ところが、管理者が代わった途端、吉川さんに対する態度とは一転し、形勢は逆転する。
「責任とはどのようなことでしょうか? 間違った案内をしたことについてはお詫びします。ただ、どのような責任でしょうか。金銭的なことでしたらお断りします」
呆気なくカスハラ加害者は撃退されて、電話はすぐに切れたという。同じように、加害者が相手の落ち度を理由に不当な要求を正当化しようとするケースは、土下座事件でも見られた。対面で直に加害者と立ち向かわねばならない応対者の場合は、相手との物理的距離を保つこと、迷わずに状況を周りに伝えてサポートを求める行動を取ることも十分に意識してほしい。
とくに「制裁・報復」タイプの攻撃は、融通性のなさや偏った信念、執拗さが人格特性として見られるので、腰を低くして懇切丁寧に説明をしても通じないどころか、かえって悪化させかねない。理論整然と説得を試みても逆ギレされたり、逆恨みから攻撃が過激化するおそれもある。「その件につきましては、法律に詳しい者に相談いたします」など、保留によって状況を一度打ち切る逃げの戦法も有用だ。
物理的な距離をとるべし
とあるスーパーのレジでの光景だ。白髪混じりの髪を綺麗に撫でつけ、品のいいスーツを着て銀の腕時計をつけた男性がレジ会計の前に立っている。一見すると年収高めの中高年といったところだ。が、突然ドンッとカウンターに拳を叩きつけ、目を剝き鬼の形相でレジを打つ女性に大声をあげる。
「一体どうなってんだ、この店はあっ!」
泣きだしそうな顔で「申し訳ございません、すぐに責任者を」と女性は頭を下げるが、男性は鼻息荒く腕を振り上げた。他の客も恐怖で縮こまる。
「まずは土下座だろうが!」
ガンッとカウンターを蹴りつけ、すかさず携帯電話を取り出し、女性の鼻先に振りかざす。
「10万円出せ! ネットに書くぞ!」
「お客様! 落ち着いてください!」
「おい! バカにしてんのか!」
怒号とカウンターを蹴りつける音が店内に響き渡る。
この緊迫感あふれるカスハラシーンは、UAゼンセンが制作した動画の1つ「悪質クレーム対策★『悪質クレームを、許さない』by UAゼンセン」で描かれているものだ。動画では「強要罪」「威力業務妨害罪」「暴行罪」という文字に続き、女性が冷静な声で「お客様、お会計はこちらになります」と示す先に、「3年以下の懲役または50万円以下の罰金」の文字。
怒鳴って威嚇し、有無を言わせず要求をのませようとするのは「影響・強制」としての攻撃タイプだ。現場でこんなカスハラと直面したら、なによりも先に加害者との距離をとるべきだ。物理的距離があることは自分を守るだけでなく、加害者側にとっても攻めきれない状況をつくることができる。
動物は優位性を誇示するために物理的距離を奪うマウンティング行為を見せるが、喧嘩腰な客から売られた勝負やマウンティングプレイには「物理的・精神的に付き合わない」という認識を忘れず、距離をとる。そして「しばらくお待ちいただけますか」と声をかけてから、他の人のサポートを借り、粛々と妥当な対応を続けることだ。
また、自分が優位にあると思って攻撃してくる加害者の場合、その優位性を揺るがす相手の登場も有効だ。女性従業員を狙う男性客ならば男性の従業員を、バイトや若いスタッフなど立場の弱い人を狙う客ならば裁量権を持つ従業員や法的措置を決定できる人物の登場で加害者側も気がそがれるか、狙い通りにならないとわかって撤退するだろう。