親鸞はその生涯をかけて何をしようとしたのか──釈徹宗さんと読む『教行信証』【NHK100分de名著】
自力を手放し、現実を強く生きる──親鸞『教行信証』を、釈徹宗さんが解説
2026年7月のNHK『100分de名著』では、宗教学者で武蔵野大学総長・相愛大学学園長の釈徹宗さんと親鸞『教行信証』を読み解きます。
「生きとし生けるものを救う」という願いを立てた阿弥陀仏に身をゆだね、浄土への往生を遂げる──。親鸞が数十年もの歳月をかけて著した浄土真宗の聖典から、あらゆる苦悩や絶望を包み込む「救いの思想」を読み取ります。
今回はその番組テキストから、イントロダクションを公開します。
その生涯をかけたミッションの書
今回、皆さんと読むのは、鎌倉時代の念仏者・親鸞が著した『顕浄土真実教行証文類(けんじようどしんじつきようぎようしようもんるい)(通称:教行信証(きようぎようしんしよう)』です。親鸞が後半生をかけて著述した主著であり、浄土真宗という宗派の基盤となっている書物です。このタイトルは「浄土真実の教・行・証を顕あら)わす文類」や「浄土真実の教・行・証文類を顕わす」といった意味で、阿弥陀仏とその浄土に関わる経典・論釈書を集めて立論した内容となっています。教行証(きようぎようしよう)という言葉については後述しますが、天台(てんだい)教学においてしばしば使われてきた用語で、このタイトルには仏教の基本構造に当てはめて論じようとする親鸞の意思が込められていると思います。もともとこの書は『教行証』と呼称されていました。その後、親鸞の曽孫である覚如(かくによ)あたりから『教行信証』と呼ばれるようになったようです。私自身は、『教行証』か『教行証文類』と略称するのが望ましいと考えています。しかし、今日では『教行信証』が通称となっていますので、今回はこの呼び方を使うことにします。
「文類」という名の通り(この言葉は中国・南宋の宗暁(しゆうぎよう)による『楽邦文類(らくほうもんるい)』に倣ったと思われます)、この著作の大半は経論釈書(きようろんしやくしよ)の引用となっています。この書の著述意図については本文の中でお話ししますが、一つには師・法然の説いた教えの正当性を論証する目的があったと言えます。それは親鸞自身が担ったミッションでもあったでしょう。法然批判への反駁が含まれています。さらには、『無量寿経(むりようじゆきよう)』論でもあります。もちろん親鸞自身の仏道を表現したものでもあります。親鸞が知恩報徳(ちおんほうとく) (仏や先人たちの恩・徳に報いる)の思いで後半生書き続けたものでもあります。
仏教にあまりなじみのない方のために少し説明すると、法然は平安時代末期から鎌倉時代初期の僧で、浄土仏教を日本に広めたことで知られています。ひたすらに「南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)」と口に出して称(とな)えることで誰もが浄土に往生できるという専修(せんじゆ)念仏の教えを説き、それまでの仏教を大きく転換させた人物です。法然の導きによって、それまでの仏教の枠組みからこぼれるような階層・立場の人々が仏道を歩めるようになりました。日本仏教のあり方を変革した人だと言えます。
親鸞はその弟子で、法然が指し示した仏道を歩み抜きました。親鸞は「絶対他力(ぜつたいたりき)」と評されるような思想を展開した人です。後に法然は浄土宗の宗祖、親鸞は浄土真宗の宗祖と呼ばれるようになりましたが、どちらの宗派も「阿弥陀仏の本願」「阿弥陀仏の浄土」「他力信心(しんじん)」「他力念仏」を骨子とした体系で成り立っています。
法然が説いた専修念仏(ただひたすら称名(しようみよう)念仏を修する)の教えが人々に広く受け入れられたのには、時代的な背景も関係しています。
その頃の日本では貴族から武士へと権力構造が移行しつつあり、戦乱が頻発していたのに加え、大地震や感染症の流行、飢餓なども次々に起こり、京では多くの人が生きるか死ぬかの極限状態に追い込まれていました。この状況から仏教の末法(まつぽう)思想にリアリティを感じる人も多くいたことでしょう。誰もが実践できる平易な浄土仏教の教えは、そうした状況と嚙み合ったものだったのです。
しかし、念仏を称えるだけで往生できるという教えと、そのムーブメントの中で起こったいくつかのハレーション(たとえば念仏以外の実践を批判するなど)は、当時の仏教界からは批判を浴び、結果的には法然も親鸞も流罪に処されます。親鸞が『教行信証』を書いたそもそもの理由も、批判や迫害に対する論駁であり、法然の教えがいかに仏教教義に沿った正当なものであるかを証明するところにあったと考えられます。それは長年比叡山において文献学を修めた親鸞にとって、自らに課したミッションであったことでしょう。
いずれにしても、親鸞思想を読み解く際には、彼自身の苦悩や危機感、そして当時の社会状況などを視野に入れる必要があります。
その意味で、『教行信証』はいわば立論の書であり、論文として書かれた面があるので、すらすらと読み進めるのは困難です。なかなか難解で、読み物として興味深いものでもありません。親鸞自身の思いや思想も前面には出てきません。前述のように、大半が引用文だからです。ただし、引用と引用とをつなぐ「自釈」と呼ばれる親鸞自身の言葉で書かれた部分があります。今回はできる限り「自釈」の箇所を取り上げていきます。丁寧に解読を深めていくと、そこには親鸞のオリジナリティや実存的な解釈や、喜びや苦悩を垣間見ることができます。
司馬遼太郎が「大阪の原形 日本におけるもっとも市民的な都市」(『十六の話』所収)の中で「日本の思想史上、親鸞が最大の人物だろうと思っている」と述べています。司馬が日本最大の思想家と評した親鸞という人が三十年以上もの後半生をかけて書き続けた書が『教行信証』です。一人の人物の思想体系を読むことができる書であり、親鸞の思索の追体験ができる書です。この書には「他力の念仏・信心で救われる道筋」が示されていますが、引用されている経論釈を見ていくと、そこに行き着くまでに古来どれだけ膨大な思想と実践、そして信心の積み重ねがあったかを知ることができます。先人たちが大切につないできたパスを、親鸞は丁寧に受け取り、まとめ上げて次の世代へとパスをつなごうとしたのです。
「100分de名著」テキストでは、「逆境の中で鍛えられた思想」「『自分の都合』と向き合う」「『実存的改読』がもたらすもの」「誰一人取りこぼさない救済原理」という全4回のテーマで本書を読み解き、さらにもう一冊の名著としてロビン・ダンバー『宗教の起源 私たちにはなぜ〈神〉が必要だったのか』を紹介しています。
講師
釈徹宗(しゃく・てっしゅう)
宗教学者、武蔵野大学総長、相愛学園学園長
一九六一年大阪府生まれ。大阪府立大学大学院博士課程修了。専門は宗教思想。如来寺住職。NPO法人リライフ代表。『落語に花咲く仏教 宗教と芸能は共振する』(朝日選書)で第五回河合隼雄学芸賞を受賞。著書に『法然親鸞一遍』(新潮新書)、『親鸞の思想構造 比較宗教の立場から』(法蔵館文庫)、『NHK「100分de名著」ブックス 歎異抄 仏にわが身をゆだねよ』、『学びのきほん お経で読む仏教』(以上、NHK出版)など多数。
※刊行時の情報です
◆「NHK100分de名著 親鸞『教行信証』2026年7月」より
◆テキストに掲載の脚注、図版、写真、ルビ、凡例などは記事から割愛している場合があります。
※本書における『教行信証』の引用は、『顕浄土真実教行証文類』(上・下、本願寺出版社、2011年)に拠りますが、振り仮名を追加、省略した箇所があります。
◆TOP画像:ogurisu/イメージマート
◆講師プロフィール写真撮影:竹中稔彦