その振り幅が醸すのは苦しく滲む、重くて尊いあの一瞬でした。『霧尾ファンクラブ』がかつて青春を過ごした一人のオタクに与えてくれた“考える時間”【作品レビュー】
うんこって何回言うねん。それがアニメ『霧尾ファンクラブ』のファーストインプレッションだった。
地球のお魚ぽんちゃん先生が描く青春群像劇『霧尾ファンクラブ』。2022年から2024年まで原作漫画が連載され、その後ドラマ化。さらに2026年4月にはTVアニメとなってお茶の間に舞い降りた名作である。
青春群像劇の名のとおり、本作は“誰かに向ける好きの気持ち”がカギとなって物語が進んでいく。高校生の三好藍美は同級生の霧尾賢への好意をムキ出しにしているし、藍美の親友・染谷波も“霧尾くんが好き”なようだ。ストーリーが進むと、波のことが好きらしい桃瀬隼人、その桃瀬が好きな村岡皐月が登場するなど、キャラクターが増え作中世界はどんどん賑やかになっていく。
その賑やかになった世界を今一度整理したい。オタクは相関図が好きな生き物なので、各自じゆうちょうに矢印を引っ張ってみてほしいのだが、できあがった図を見ておわかりになるだろうこの作品、恐ろしいほどに相互矢印が発生しないのである。高校が舞台の“青春群像劇”なのにである。
しかし『霧尾ファンクラブ』はどうしようもなく青春である。あんなにうんこって言ってるのに、この物語から感じるのはあの日感じた“重さ”そのものなのだ。オープニングだけであんなにうんこを連呼するくせに、視聴後に残るのはあのときに得た胸がジクジクするような、思い出したくないけれどふと思い出すと懐かしくなる“あれ”なのだ。
『霧尾ファンクラブ』は切れ味鋭いギャグが魅力だ。しかしギャグでホクホクしていたところに、別の角度から感情のナイフが突き立ててくる殺意の高い作品でもある。人間は急襲に弱い。あとギャップにも弱い。本稿はそんな振り幅にやられた自称『霧尾ファンクラブ』FC会員が、さらなるファンクラブ拡大を狙うために発行する一記事である。
【写真】『霧尾ファンクラブ』が私に与えてくれた笑いと時間とエネルギー【作品レビュー】
「つら」
東京の江狛高校に通う藍美と波は、どうやら「霧尾くん」が好きらしい。アニメ第1話は「拝啓、霧尾くん」「あなたが好きです」という二人のモノローグから始まった。
ちなみにそのモノローグの裏では、見知らぬ生徒同士による校舎裏での告白が行われており成功しそうである。古き良き、ベッタベタなラブコメ展開である。ネタバレになるが藍美ちゃん、告白されてる人が霧尾くんじゃなくてよかったね。
というのもこの藍美ちゃんは「霧尾くん」のことが「ただ好き」なわけではない。ウルトラスーパー大好きなのだ。抱くのは重い想いなのである。どの程度かと言うと、いつか霧尾を遊びに誘いたいけど緊張して吐いちゃうだろうから、波といっしょにお誘いの練習を虚空に向かってしちゃうぐらいである。その際に「どっちかが霧尾くん役やらないと」という波の提案に(中略するが)「真似とかしちゃいけないんだよ」「神だから」と言い放つぐらいである。好きというよりも崇拝なんじゃ……。
ちなみに「霧尾くん」とは、作品内で目元すら描かれない地味な男の子だ。一般的な少女漫画に登場するイケメンくんとは一線を画すデザインをしている。フツメンとも言い難い。目という最も重要な顔のパーツが描かれていないのだからわからないのだ。
でも藍美は霧尾が好きなのである。彼女にとって神である霧尾のおならは神々しく、金色なのだ(想像)。そのおならが引くほど、鼓膜が破れちゃう程度の爆音だったらという仮定に「嬉しすぎるだろ」と返す程度には彼を想っている。
そしてそのおならを近くで聞けるような関係ではないことを自覚している。
霧尾との話題を探しながら放課後の校舎を歩く藍美と波。自分たちの教室に帰ってくると、二人は霧尾の学ランを見つける。霧尾は部活中。しかし貴重な私物を目の前にして、なりふりかまっていられない。どちらが霧尾の学ランを彼に届けるか。一分以内に霧尾の好きなところを多く書けたほうが勝ちというアツい戦いを繰り広げるのであった。
「やさしいところ」「クールなところ」……波の手は時折止まるし、書かれる言葉もなんだかありきたりだ。対して藍美はその白墨軽重、開口爽やかに。
目 肺
耳 心臓
鼻 肝臓
口 じん臓
毛 すい臓
骨 大腸
胃 中腸
小腸
圧勝である。
かくして学ランを手に意気揚々と藍美は校舎を駆ける。その背中に向かって、霧尾を巡って戦うのはおかしい、友だちなのにと語りかける波。藍美はそんな波を「ライバルだよ」と一蹴する。
覚悟がキマりすぎている藍美に対して、たしかに波は夢見がちかもしれない。しかし望むものすべてを手に入れたいと考えることは悪ではないはずだ。だから波はもっと語りかけるために藍美のもとへ走って……足をぐねってこけた。その衝撃を受け止めた藍美は手に持っていた学ランを樹の上に落としてしまって、冒頭の光景である。藍美も「誰だよ」って言うな。視聴者が言いたいわい。
この状況には波をライバルとして「協力し合うなんて」と言っていた藍美もお手上げである。樹の上に乗っかっている学ラン、その樹の下でベロチューしそうなカップル。どうやっても打開はできない……一人であれば。
波を肩車して、カップルのもとに突貫すれば話は別だ。樹の上という高さ問題もクリアできるし、一人でカップルに間に割って入る気まずさもある程度軽減されよう。肩車がぬるぬると成立していく様がフル尺で描かれているのもシュールであるが、二人は見事に学ランを回収するというミッションを成し遂げた。
成し遂げたあと、二人で学ランを届けた……わけではなく。茜さす夕焼けの教室に学ランを戻し「記念」と3ショットを撮った二人。楽しげに「霧尾くんしりとり」をしながら帰るのであった。
ちなみに黒板は消し忘れていた。目やら肺やら書かれているそれを、学ランを取りに来た霧尾がバッチリ目撃している。事件性を感じる字面に対して「怖」って言った。そりゃそう。
このエピソードのラストは波の部屋からだった。学ランとの3ショットが藍美から送られてきた波。携帯をぼんやりながめながら「拝啓、霧尾くん」「あなたが好きです」というモノローグが顔を出す。
誰にも聞かれない心の声は、まるで自分に言い聞かせるかのよう。そして言い終わるが否や、ぼそっと、しかしたしかに「……つら」とつぶやくのだった。
なにがそんなにつらいのォ!?!?!? 人を好きになるってつらいけど!! 明らかにそんなテンションじゃないよねェ!?!?!?
ちなみに私は原作を履修済みのため、波がなにに苦しんでいるのか知っている。知っていてなお、つらい。見てるこっちがつらいからやめてほしい。いややめないでほしい、物語はずっと続いてほしかった。波も先生もキツいだろうけど……。
見事に温冷が詰め込まれた一話である。それまでケタケタ笑っていたのに、ちっちゃいフサフサの猿がカステラ食べたりしてたのに、霧尾に自分の夢を見せるため彼の前で嘔吐しようと藍美が手のひらを口にぶちこんだりしていたのに、波の一言で「ヒュッ……」となった。
さすが『霧尾ファンクラブ』。第1話からぶちかましてくれる。いやおならの話じゃなくて。
「涙なめなめソング」ってなんだよ
──Q.「涙なめなめソング」って?
A.霧尾くんへのラブソングです。
大丈夫か?と思うだろうが今更である。何度も言って申し訳ないが、OP映像にたくさんのうんこが出てくる作品なのだ。涙なめなめソングといえば涙をなめなめする歌だし、好きな人が涙を流していたらそれをなめなめしたくなるのは仕方ないこと。おかしなことは何も言っていない。
発案者はもちろん藍美である。「霧尾くんへのラブソングを作りたい」という秘めたる願望をピアノが弾ける波に耳打ちし(バカクソデケェ声でオウム返しされた)共作という形で制作がスタート。作曲は波、詞はワンフレーズずつ交互に出し合う形で作詞していく。
初手・藍美。紡がれたのは「あの日見た君の涙」。「どの日見た誰の涙!?」というすべてを拾った波のツッコミも見事だが、返す刀「なめたいと思ったよ」によってこの曲の方向性が完全に示された。発想が怖いよ。
その後も「なんでかっていうと」「なめたいと思ったから」と続いていく。その後燦然と輝く「君の口元のほくろ輝く」がまた映えるのだが、あまりにもJ-POPすぎるな。急に優◯か。
そうして完成した「涙なめなめソング」は、まごうことなき名曲である。完成したばかりの曲を前にテンションが上がる二人。波が鍵盤を叩く、藍美が歌う。また藍美(CV:稗田寧々)の歌が上手い。放課後に聞こえてきたら思わず聴き入ってしまいそうだ。ただ耳に入ってくる歌詞が物騒なので、途中からそちらが気になってしまいそうではある。臓器は歌詞に入れないって言ってたのに、全部入れてるんだもんこの子たち。
ちなみに「先祖代々 代々 大好きなんだ」という歌詞があるが「先祖は霧尾くんと関わりなさそう」などという正論は聞いちゃいない。藍美の先祖は霧尾くんのことが大好きなんだ、決まってるだろ。
そんなトンデモ歌詞に気を取られ初見では気が付かないが、後半になるにつれて歌詞の湿度が増していく。「泣いてる君も」「大好きなんだ」「私だけは絶対」「君をどんな時だって笑顔にできる」。言葉として前向きな歌詞である。霧尾が聴いたらきっと笑顔になってくれるだろう。
名曲を爆誕させてしまった二人のテンションはさらに上がり、霧尾に「涙なめなめソング」を送ろうとするも連絡先を知らず撃沈。歌って騒いで、最終的に断末魔のような叫びを上げた藍美らを注意するためにたった一言現れた教師(CV:杉田智和)にも注目だ。
一見、飛び道具のように登場した「涙なめなめソング」。実は本作におけるウルトラキーアイテム的な役割を持っている。この時点ではおもしろソング、ちょっと進むと不穏に感じ、最終回まで見るとこっちが涙をなめなめしてもらう必要が出てくる不思議な曲だ。でも私たちは霧尾くんではないのでなめなめしてもらえない。悲しいね。
実はアニメが作られるより前に、地球のお魚ぽんちゃん先生の大学時代のバンドメンバーによって作曲、歌唱、MVの制作まで行われている「涙なめなめソング」。アニメ版でも多くのバージョンの動画が投稿されているが、ぜひオリジナル版もチェックされたし。
『霧尾ファンクラブ』には悪いやつが出てこない
ここまで藍美、波、霧尾の三人にばかり注目してきたが、本作にはほかにも魅力的なキャラクターがたっくさん出てくる。そして彼ら、彼女らにはすぐに感じ取れる共通項がふたつあった。
霧尾の部活友だちである桃瀬隼人。隣のクラスだが霧尾、そして桃瀬と関係の深い村岡皐月。ちょっと不気味な見た目で、もっと不気味な呪術を研究している満田充。俺たち(オタク)の擬人化・田代星羅。全員一癖、二癖ある強烈な個性を持っているのだが、見ていて不思議と嫌な気持ちにはならないのである。
それもそのはず。この作品には「悪いやつ」が出てこないのだ。故意に誰かを傷つけようとしたり、貶めようとするやつがいない。高校生の青春を描く作品にありがちな「嫌味」がフックとして採用されていないのである。この作品におけるキャラクターたちの共通項のひとつめが「みんないいヤツ」なのだ。
そしてもうひとつの共通項は「好きの矢印が相互に噛み合わない」こと。ありきたりだが、藍美と霧尾が付き合うんだろうなぁとか、波はいわゆる負けヒロインなのかなぁとか、皐月が報われてほしいなぁとか。ラブコメ作品を運動後のスポーツドリンクのごとく摂取してきたオタクはそう思ってしまうだろう。私は思った。
でも違った。藍美と霧尾がくっついたかどうかはわからないし、波は負けヒロインじゃなかったし、皐月は……報われない様が可愛いみたいなところがある。“可哀想は可愛い”という言葉は古事記か日本書紀なんかに書いてあった気もするし、我(あ)もその考えに同意はするが今回の争点はそこじゃない。
青春とは、誰かと誰かが付き合い始めることだけに集約されるものではないはずである。
学生時代に恋人がいなかったら青春を満喫できなかったと判定されるのか。恋人と恋人らしいことができたからと言ってそれは青春と言えるのか。引き合いに出した後者はそうとも言えそうだが、前者は必ずしもそうではないはずだ。彼女たちの青春は彼女たちによって作られるものであり、例えばハチャメチャにうんこって言っていても爽やかな青い春だと思えばそうなのだ。例え星羅が藍美と波の追っかけをしていても、満田が人の爪を培養してクローンを作ろうとしていても(していない)、呪術を試した藍美が豚糞を頭から被っても。そして誰かに「好き」の気持ちを向け続けることもまた、あの日感じた重さなのだ。
泣いて、泣いて、その先に
おもしろおかしく展開される本作のギャグはたしかに魅力的だし、ぽんちゃん先生の絶妙なワードセンスやキャラクターたちの表情は、我々を心から笑わせてくれるエネルギーに満ちている。「パーカーのパーの部分」って本当になんなんだ。
しかしその裏では、ずっと何かが動いているような気がするのだ。第1話ラストの波の一言。「涙なめなめソング」の歌詞。極めつけは、霧尾のことが好きな藍美と波の間に、何やら嘘が重なっているらしい。そこはかとない不気味さを感じて仕方がない。
話が進んでいくにつれて、その不気味さはどんどんと表にまろび出てくる。霧尾が過去に“大事な人”を亡くしていること。彼が喪失に喘ぐ決定的な瞬間を藍美が目撃してしまっていること。藍美の願いは霧尾と「付き合いたい」などではなく霧尾の「笑顔を取り戻す」であること。波はそんな藍美と過ごす時間を大切にしたいと「思っちゃってる」こと。3秒に一回くすっと笑っているうちに、もっと大きな黒い何かが迫っているような感覚に襲われるのだ。
とはいえ2026年4月から3か月の放送となった本作は、最終回のグランドフィナーレを迎えている。だから少しだけのネタバレをする。
──最終回! 笑うよ!! みんな!!!!
大丈夫なのだ。泣いたままでは終わらない。三好藍美は色々とでっけぇ女なのだから。
だからといって、ここで私が『霧尾ファンクラブ』のすべてを明かすのは絶対に違う。幾重にもなった伏線と演出が物語に深みを増していく。本作には意味のない時間が一切ないのである。
ふと、名状しがたい大切な重みが懐かしくなって、わがままだった自分が押し寄せてくるときがあるだろう。そんなときはぜひ本作を見てほしい。『霧尾ファンクラブ』はいつか感じた胸の痛みを思い出させてくれる。忙しい日々を送っていたら、それは絶対に思い出せない痛みだ。
私は『霧尾ファンクラブ』から笑いと重みと、考える時間をもらった。一瞬立ち止まることができた毎週の30分が、どれほどの豊かさをもたらしてくれたかしれない。
さすが『霧尾ファンクラブ』。ありがとう『霧尾ファンクラブ』。最後まで何もかもをぶちかましてくれたから生まれたゆとりが、救われた命が、今を生きる確かな力が私の中にあるのだ。
皐月可愛いしさ。
【文:西澤駿太郎】