めざすはスティーヴィー・ワンダー! 佐藤ひらりさん
ファッションデザイナー:コシノジュンコが、それぞれのジャンルのトップランナーをゲストに迎え、人と人の繋がりや、出会いと共感を発見する番組。
佐藤ひらりさん
2001年、新潟県三条市生まれ。生まれながら全盲で、9歳の時に身体障がい者の音楽支援コンサート「ゴールドコンサート」で歌唱・演奏・観客賞を受賞。2014年にミニアルバム『なないろの夢』でデビューし、東京2020パラリンピック開会式では国歌を独唱しました。今年3月に武蔵野音楽大学を卒業し、現在本格的にプロとして活動中。
出水:2014年のデビューから今年で10周年ですね! おめでとうございます!
佐藤:自分でもあんまり気づいていませんでした(^^;)
JK:この若さで10周年ってすごいわね!
佐藤:でも本当に、地道に音楽を続けてよかったなと思います。コシノさんとの出会いもありますし。でも『なないろの夢』も「みらい」という歌がなかったら作れなかったと思いますし、本当に長いようで短かったです。
出水:ひらりさんは10代で海外にも挑戦してるんですよね!
佐藤:はい、最初はアメリカNYのアポロシアターの「アマチュアナイト」というコンテストで、ウィークリーチャンピオンをいただきました。
JK:あそこに出ると、みなさん面白い結果になるわね。
佐藤:はい、スティーヴィー・ワンダーさんも一度は通っている、登竜門のところです。
出水:当時は12歳! どういった経緯で?
佐藤:ゴールドコンサートという障がい者のコンサートでグランプリを取らせてもらったんですが、その時に優勝賞品としてトルコ航空のチケットと賞金をいただきまして、絶対海外に行けってことじゃないですか(笑) だったら海外に行くならアマチュアコンサートはどうでしょう、ということで、いろんな人のつてでビデオを送ったのが始まりです。結局は繁忙期でチケットは使えなかったんですけど(^^;)
出水:事務局に送ったテープでは何の曲を歌ったんですか?
佐藤:私のオハコといっちゃあなんですけど、大好きな「アメイジング・グレイス」とか、「You Raise Me Up」とか、「川の流れのように」とか。
JK:スティーヴィー・ワンダーみたいになりたいのよね!
佐藤:はい! だってスティーヴィー・ワンダーさんの歌を、「この人は目が見えないんだな」って言って聴く人はいないじゃないですか! そうなりたいです!
出水:アメリカだったり海外で演奏すると、観客の皆さんの反応も違うと思うんですが?
佐藤:アメリカのときは初めて感情豊かな人の前での演奏だったので(^^) 日本は終わった後の拍手はすごくても、コンサートだと静かに聴こうって人が多いじゃないですか。でもアメリカは、私がホイットニー・ヒューストンの「I Will Always Love You」を歌った瞬間に、うわぁぁぁぁぁッ!と歓声をいただいて、びっくりして! 誰か違う人のライブに迷い込んだかと思いました(笑)
JK:へぇ~! でもすごいね!!
佐藤:ネパールでも震災があったじゃないですか。その3年後に復興コンサートで歌いに行かせてもらいまして、レッサムフィリリっていう民謡みたいなものがあるんですが、それを頑張って覚えて歌ったら、みんなが踊るように歌ってくれて。「なんでネパール語の難しい発音ができるの?」って言われてうれしかったです。日本にはない、「ヴァ」みたいな発音がいっぱいあるんですよ。
JK:そういうのはどこから仕入れてくるの?
佐藤:最初はYouTubeで曲名を調べて、耳コピして覚えるんですけど、現地でもちろん皆さん歌ってくれるじゃないですか。その現地の声を聞いてまた修正する。
出水:やっぱり耳が肥えてらっしゃるんですね! イタリアでは単独コンサートをしたそうですね。
佐藤:12歳のときにイタリアの小学生の前で歌わせてもらいました。その時は「この日本の曲知ってる!」とか言われたり。どらえもんの曲だったり、ラテン語のアベマリアも、言われるもの全部歌いました。
JK:全部覚えていくのね!
佐藤:がんばりました! 今は忘れてます(^^;)
JK:人生っていってもまだ若いんだけど、マサカは?
佐藤:マサカはいっぱいあります! 5歳の時にまさか母が慰問の新聞広告を見て、私を人前で歌わせてくれるとは思わなかったですし、それがなかったら人前で歌ってなかったですし、それがなかったらコシノさんにも皆さんにもお会いできてなかったですし。でもハプニングのマサカもあるんです。
JK:何?
佐藤:初めてイタリアに行かせてもらったときに、単独コンサートの後に観光して、遺跡みたいなミュージアムで側溝に白杖を落としてしまって・・・取れない取れない!って騒いでたら警察が来て、最初は「そんなの取れないよ」って感じだったんですけど、私たちがあまりにも神妙なのを見て、フックのような長い針金で側溝から杖を引き上げてくれて。私が泣いていたらみんなが歓声を上げ始め、イタリアの新聞の人が撮影して「単独公演のために来た盲目のシンガー、杖を落としてなんちゃら」という記事に(笑)
JK:大きな話題になったのね!
佐藤:次の日もコンサートがあったんですけど、前日に来ていた人が新聞を握りしめ、「ひらり、新聞に出てたよ!」って(笑) でもその人とは今でも知り合いで、マサカの新聞記事でその人とのきずなも広がったかな(^^)
出水:今日はお母さまもご一緒ですが、お母さまからはどんなアドバイスをもらっているんですか?
佐藤:母は家族であり、マネージャーで、そしてお客様がふつう言わないことも言ってくれるお客様第1号だと思うので・・・「私はお客さん第1号として言うこと言います」っていつも言ってくれるので、たくさんアドバイスもくれてうれしいです。
JK:すごく美人で素敵なお母さまですよ(^^)
JK:今後やってみたいことは?
佐藤:スティーヴィー・ワンダーさんのようになりたい、という話をしましたが、ご本人と共演するのが夢です!
JK:大きな夢! 叶えられたら素敵ね! すごいことですよ、ぜひ!
佐藤:がんばります!
(TBSラジオ『コシノジュンコ MASACA』より抜粋)