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ガレとパリの関係にスポット ― 富山市ガラス美術館「没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ」(読者レポート)

アイエム[インターネットミュージアム]

富山市ガラス美術館「没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ」

ガラスの街として知られる富山。この地でエミール・ガレの企画展が開催されています。富山市ガラス美術館ではこれまで現代作家によるガラス工芸を中心に展覧会が開催されてきましたが、アール・ヌーボーを代表するガラス作家の展覧会は今回が初めてです。


展覧会バナー


開会式では西田政司副市長より市長のメッセージが代読され、富山とガラス工芸についてお話がありました。人が集まるために必要なワクワク感。富山市ガラス美術館はその一翼を担う施設として2015年に開館しました。


開会式 テープカット


キラキラとした外観は立山連峰をイメージ、内部の富山県産スギの板をふんだんに使った空間は森のよう。富山市の中心に位置し、文化芸術の拠点であり新たな魅力も創出します。3年に一度開催される国際公募展「富山ガラス大賞展」には世界中から作品が集まり、世界が注目するガラスの街に発展しました。


富山市ガラス美術館内


ガラス作品の蒐集で定評のあるサントリー美術館から土田ルリ子氏を館長に迎え、これまでの実績をもとに温めてきた企画が開催に至りました。

展示会場は、ガレの地位を確固たるものにした3回のパリ万博ごとに章立てされています。新作を次々に発表したガレとパリの関係にスポットをあて彼の創造性の展開を顧みています。

1878年パリ万博

ジャポニスムが一世を風靡した万博として知られます。ガラスは透明のイメージがありますが、ガラス素地の味わいを堪能できるゾーンです。月光色ガラスと言われるブルーがかったガラスや気泡の入ったガラス、ウランガラスなどバリエーションに注目してください。


エミール・ガレ《花器「鯉」》 1878年 大一美術館


もう一つのポイントはガレが出品にあたり作品についての解説書を発行していたことです。装飾技法や表現意図が書かれ審査に向けてプレゼンをしていたことがわかる貴重な資料で初めての展示です。


エミール・ガレ 1889年万国博覧会グループⅢ 第17・19・20クラス審査委員会宛解説書 1889年 サントリー美術館


1889年パリ万博

科学的な研究のもと、新たな素材と技法を開発。中でも黒色ガラスはこれまで使われることのなかった色で、悲しみや生と死、闇などを表現し物語性や精神性を加えました。


エミール・ガレ 《花器「ジャンヌ・ダルク」》1889年 大一美術館


1900年パリ万博

ガレの晩年、最後となった万博はガラス作品の概念を超え、生と死をより感じさせるものとなりました。


左:エミール・ガレ《花器「カトレア」》1900年頃 サントリー美術館 右:エミール・ガレ《花器「蘭」》1900年頃 サントリー美術館


1901年から

死を覚悟し社会問題とも戦いながら人生をささげ作品作りに没頭しました。2匹のタツノオトシゴが泳ぐ作品はメインビジュアルとしてガレの海洋世界への興味も伝えます。


エミール・ガレ《花器「海馬」》1901年 パリ装飾美術館


本展覧会は、来年サントリー美術館でも同じ作品、構成で開催されます。サントリー美術館の作品は80点並びます。一見、暗く感じられたのですが、あえてスポットライトを当てず柔らかい光で作品を包み込んでいます。ガラスを光が透過する美しさとは違うガラス本来の表情を見せてくれます。


エミール・ガレ《花器「風景」》1900年頃 サントリー美術館


自然をこよなく愛したエミール・ガレ。富山の自然、水や空気の中でガラスの様々な表情が伝わってきます。ガレが晩年、興味を持った海洋生物と富山の海の幸。富山駅近くではガラスのお寿司を発見!この地に足を運び富山湾の味覚とガレのガラス作品を味わってみてはいかがでしょうか?


富山駅「マリエとやま」1階スターバックス入口の前付近のガラス作品展示スペース


[ 取材・撮影・文:コロコロ / 2024年11月1日 ]

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