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【特集】漫画家・松本零士の〈宇宙〉の旅へ、どうぞ

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【特集】漫画家・松本零士の〈宇宙〉の旅へ、どうぞ

~世代を越え、国境を越え愛され続ける画業70余年の人間賛歌~

『蜜蜂の冒険』で「漫画少年」第一回新人王を受賞し、15歳で漫画家デビューした松本零士(1938~2023)。70余年に及ぶ漫画作家の生涯では、広大な宇宙を舞台にした作品が多いが、少女漫画、戦争、動物など様々なジャンルの漫画を世に出した。『宇宙戦艦ヤマト』『Queenエメラルダス』『ザ・コクピットシリーズ』『宇宙海賊キャプテンハーロック』『銀河鉄道999』などテレビアニメ化、映画化された作品も数えきれない。なかでも、1977年~81年にかけて「少年キング」に連載された『銀河鉄道999』は、連載中にテレビ、劇場でアニメ化され大ヒット。当時の少年少女だけでなく大人までをも、夢と希望、ロマンと冒険を乗せた「999号」で果てしない宇宙への旅に誘い、日本中にSFアニメブームを巻き起こした。少年時代、松本ワールドに親しんだノンフィクション作家の樽谷哲也さんに、稀代の漫画家・松本零士の魅力を綴っていただいた。

 松本零士は、日本が無謀な戦争へと入りゆく1938(昭和13)年1月、福岡・久留米に生まれている。音楽を愛し、精魂を込めて白い紙にペン1本を握って向き合いつづけた。漫画のために捧げた一生であった。

 人間賛歌といっていいオペラであり、多楽章からなる交響曲のように描かれたのが松本零士作品であろう。テレビアニメや映画作品の主題歌やテーマ音楽は、いまも広く歌い、聴き継がれる。

 人間の生命と、対極のごとき機械とメカニズム、平和と戦い、愛とロマン、希望と野心、正義と犠牲、独立と調和を、高らかに、ときに静かに、哀切かつユーモラスに描いた。自由と平和は、不断の努力によってこそ手にできるものであるというメッセージ性も帯びている。世界が分断と争いにあるいま、松本零士の訴えかけは重い。

©松本零士/零時社

母を殺された少年・星野鉄郎と神秘的な美女・メーテルの旅の始まり

 
 母離れのできない少年のようでいて、どこか向こう見ずで無鉄砲、正義漢でもあり、男っ気を張らんとするあまり、行く先々で騒動に巻き込まれてばかりの主人公・星野鉄郎。

 長い旅をともにする謎の女性メーテルは、鉄郎の母に似て、いつも慈しみ深く見守り、ときに冷たく突き放す親心のような情愛を持ち併せている。

 松本零士が精緻に描きつづけた『銀河鉄道999』の長い旅は、第1話「出発のバラード」から物語を紡ぎだしてゆく。

 少年漫画誌全盛時代に育った私は、こう振り返っていても、大ヒットしたゴダイゴによる映画の主題歌「銀河鉄道999‐The Galaxy Express 999」が自然といつまでも聴こえてくる。

▲『銀河鉄道999』第7巻カバーイラスト1978年(少年画報社) ©松本零士/零時社
黒衣と長い金髪、憂いを帯びた大きな瞳が特徴のメーテルなど、松本が描く美女のキャラクターには、憧れの女性が投影された。メーテルのモデルは、松本が小学生の頃憧れた、オランダ医師・シールボルトの孫娘、三瀬(旧姓楠本)高子さんのようだ。優しさと強さの両面を兼ね備えている女性が各作品のヒロインとして登場する。余談だが、松本の好きな女優は、『わが青春のマリアンヌ』のドイツ人女優・マリアンヌ・ホルトと八千草薫。とくに八千草の写真を学生の頃は守り神にしていたという。

 

 物語は、真っ暗な天空を仰ぐ母と少年の姿を描いて始まる。戦火の夜を思わせる平原のような暗闇の世界である。「銀河急行」がズズズ……と弧を描いて夜空を進んでいる。

 夜が更けて身が凍える。

 雪が降る――と子の身を案じていた母は、突然、銃撃を受けて倒れる。

「銀河特急999号に乗ると いつか機械の体がタダでもらえる惑星の駅につくそうです」

「お父さんやお母さんの分まで長生きしなさい」

 そう言い残して母は息絶える。雪は勢いを増してきて、鉄郎は野で力果てて意識を失う。

 鉄郎が息を吹き返して我に返ったとき、傍らで母とそっくりの女性がやさしく微笑んでいた。

「気がついた? さあ、スープをのんで…… あなた半分凍りついていたのよ」

 長い旅の始まりであった。

「私はメーテル」と名乗った女性は、老いることも朽ちることもない機械の身体を持つべく、地球とアンドロメダとを行き来する「無期限の銀河鉄道のパス」を鉄郎に与え、宇宙へとともに旅立つことになる。メーテルは、無期限のパスが「いっしょに行ってくれるお礼」であると鉄郎に手渡した。

「週刊少年キング」(少年画報社)1977年1月24日・31日合併号に掲載された『銀河鉄道999』第1話の印象的なシーンである。少年画報社文庫版『銀河鉄道999』第1巻(1994年)などに収められているほか、現在では電子書籍版でも読むことができる名シーンの肉筆原画は、このたびの「松本零士展 創作の旅路」会場で展示されると聞く。

▲『銀河鉄道999』「週刊少年キング」1977年1月24日・31日合併号/No.5・6(少年画報社) ©松本零士/零時社(左)、『銀河鉄道999』「週刊少年キング」1978年4月24日号/No.18(少年画報社) ©松本零士/零時社(右)
タイトルの「999」に込めているのは、〝青春〟という意味があり、これが〝1000〟に達して、ようやく大人として認められたというニュアンスがある。─劇場版「999」のラストシーンで「さらば、少年の夢よ」と添えたのも、青春を卒業するという意味を持たせたという。

生きることの尊さ、命の大切さを主人公・鉄郎少年に託す

 鉄郎は、母の面差しを強く意識しながら、メーテルと銀河へと渡る「999号」で長い旅に出立する。

 銀河鉄道の停車駅での停車時間は、駅ごとに異なる。999号が停車する星の自転の速度により、日昇から日没までが10時間であったり30時間であったりする。

 停車駅で降りると、鉄郎はしょっちゅうトラブルに巻き込まれ、出発時刻に遅れて星に取り残されそうになる。なによりも大切な「無期限パス」をなくしたり、奪われそうになったりする。男気をふるって勇ましくあろうとするあまり、たびたび窮地に陥る鉄郎を、メーテルは一身にかけて見守りつづける。

 少年画報社文庫版『銀河鉄道999』第1巻の終わりに、松本零士は綴っている。

〈僕は残された時間――人間の〝限りある命〟の尊さを描こうと思いました。人間の生命の何とはかなく短いことか――〉

 同時に、残る時間が限られているからこそ、人は努力をするはずであると、星野鉄郎を通して描かんとしたとつづけている。

 不老不死の無限の生命を得たとして、その先に何があるのか。『銀河鉄道999』で描いた〈機械化人間〉の行き着くところは何なのか、と自問自答するように投げかけながら、〈努力しない者に報いはあり得ません〉とも断じている。

 星野鉄郎は、松本零士の出世作となった『男おいどん』の主人公・大山昇太をどことなく思い起こさせ、ひいては作者自身の青少年期を想像させる。

▲『男おいどん』「週刊少年マガジン」1972年3月26日号 / No.14 表紙(講談社) ©松本零士/零時社(左)『男おいどん』「週刊少年マガジン」 1971年9月26日号/No.40 (講談社) ©松本零士/零時社(右)
『男おいどん』は、4畳半下宿に住む極貧の大山昇太を主人公とし、彼を取り巻く人々の生活を描いた。インキンタムシに苦しめられ、押し入れのパンツにキノコを自生させるなど自身の情けない体験をもとに描かれた漫画だったが、多くの読者の共鳴を呼び少年誌では初めての大ヒットとなった。

 

 精緻な「銀河鉄道999号」の描写は、松本零士のいう〈何よりも好きなメカニズム〉として結実し、『宇宙戦艦ヤマト』や『宇宙海賊キャプテンハーロック』のそれへと発展してゆく。

宇宙戦艦ヤマト』「冒険王」1974年11月号(秋田書店) ©松本零士/零時社(左)、『宇宙海賊キャプテンハーロック』「プレイコミック」1977年4月14日号(秋田書店) ©松本零士/零時社(右)
『宇宙戦艦ヤマト』は秋田書店「冒険王」で1974年11月号から75年4月号に連載された。西暦2199年の壊滅状態に陥った地球を、正義感が強く熱血漢の古代進や紅一点の森雪らが救う。キャラクターの魅力に加え、激しい戦いを繰り広げるメカニックもファンを魅了した。『宇宙海賊キャプテンハーロック』は、海賊戦艦アルカディア号の船長ハーロックと、レーダーを担当する有紀蛍、搭乗員の台羽正らが、地球侵略を企てる異星人マーゾンとの戦いを描いた。TVアニメ化され、日本だけでなくフランスでも人気となった。

画業70余年に及ぶ松本零士の未来への警告

 手塚治虫をはじめ、漫画界の多くのパイオニアがそうであったように、松本零士もまた熱烈なクラシック音楽ファンとして知られた。いくつものメディアで述べているように、戦後まもない混沌とする福岡・小倉の町でヨシフ・イヴァノヴィッチの名盤「ドナウ河のさざ波」に出会って以降、チャイコフスキー、ベートーヴェンと愛しつづけ、とりわけリヒャルト・ワーグナーに心酔してやまぬワグネリアンであり、その生涯を『音楽の革命児ワーグナー』(音楽之友社・1982年など)として描いている。さらに、ワーグナーが四半世紀をかけて完成させたオペラを原案に構想され、未完となるのだが『ニーベルングの指環』は、断続的に描き継がれ、インターネットの黎明期にWebマガジンに発表の場を移すなど、意欲と挑戦に満ちた長編となった。松本零士ファンだけでなく、ワグネリアン、クラシック愛好家に熱烈に支持される名作である。この2025年6月より小学館クリエイティブから「完全版」として単行本化されることが発表された。

 松本零士は、戦地で若くして死した実在の音楽家をモチーフにしていると思われ、読む者へ生と死の究極を投げかける優れた短編「戦場交響曲」(『漫画家たちの戦争 戦場の現実と正体』金の星社・2013年などに所収)も残している。

 星野鉄郎を連想させる主人公・森山進は、戦地で知り合った砂津川良助が自らの作曲した4つの楽章からなる交響曲「戦場」を、「突撃ラッパ」ひとつで奏でるひとときに胸を打たれる。

〈男の魂が、歯をくいしばって泣いているような曲だった…無念の涙を流しているような曲だった…〉

 砂津川は、大型手榴弾の激しい爆音を身のそばで受けた衝撃により、一瞬にして聴力をほとんど失う。

「だれがこんな戦争 はじめやがったんだ!!」と猛った砂津川は、戦闘の果てに、なによりも大切にしている自作の楽譜まで見失う。絶望の淵に立たされながら、楽譜を取り戻すために、砲弾の飛び交うなか、敵方へ歩き始め、行方がわからなくなる。

 森山進は、〈おくびょう〉で〈足手まといになる〉と見下していた砂津川が〈信じるもののためには、命をかけてもがんばる男〉であると思い至り、〈かならずもどってこいよな!!〉とつぶやいて涙する。

▲『戦場まんがシリーズ/スタンレーの魔女』「週刊少年サンデー」1973年11月11日号/No.47(小学館) ©松本零士/零時社  『戦場まんがシリーズ』は第二次世界大戦をベースにした短編漫画集。漫画の中で、戦争の悲惨さを体験した兵士たちが、平和を願う気持ちを持つ様子が描かれている。

 
 生命の尊さと強さ、はかなさを、そして人はなにゆえ正義や勇気を掲げ、ときに仲間の反対にあっても信念を貫こうとするのかを、読者に突きつける。
 明日、そして未来へといざなう圧巻たる画業の歩みを目の前にして、私たちはいずこへたどりゆくことができるであろう。

樽谷哲也(たるや てつや)
ノンフィクション作家。1967年、東京都生まれ。出版社で雑誌編集者を7年半余りしたのち、98年からフリージャーナリストとなる。総合月刊誌『文藝春秋』にて「ニッポンの社長」および「ニッポンの一〇〇年企業」を連載、また流通情報誌『ダイヤモンド・チェーンストア』では「革命一代 評伝・渥美俊一」をじつに13年半、300回にわたって長期連載した。そのほか『プレジデント』で企業取材、『Sports Graphic Number』ほかで人物評伝、ルポルタージュなどを執筆する。著書に、14の企業と経営者の歩みをたどった『逆境経営』(文春新書)がある。

INFORMATION

『銀河鉄道999』50周年プロジェクト 松本零士展 創作の旅路


松本零士の代表作『宇宙海賊キャプテンハーロック』『銀河鉄道999』が、1977年の漫画連載開始から、2027年に50周年を迎えることを記念し、本展の展覧会はその50周年プロジェクトの第一弾となる。
松本零士の初期の作品を含む300点以上の原画、初公開の資料や貴重な思い出の品々を通して、マンガとアニメという二つのフィールドを培った松本の世界観を読み解く。
地上250mの東京シティビュー(六本木ヒルズ森タワー52階)の壮大な景色と融合した大空間ならではの展示が期待される。

「松本零士展 創作の旅路」キービジュアル ©松本零士/零時社

会期:2025年6月20日(金)~9月7日(日)
会場:東京シティビュー(東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー52階)
開館時間:10:00~21:00(最終入館20:00)
入場時間(日時指定制)
10:00/11:00/12:00/13:00/14:00/15:00/16:00/17:00/18:00/19:00
公式サイト:https://leiji-m-exh.jp/

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