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『ハルノヒ』を聴きながら、野原ひろしがみさえにプロポーズした北千住を歩いてみた。【街の歌が聴こえる・北千住編】

さんたつ

最近はビールのCMでもよく流れている『ハルノヒ』って、じつは、2019年に公開されたクレヨンしんちゃんの映画の主題歌なのだな。歌詞の冒頭にでてくる北千住駅のプラットホームは、しんちゃんの父・野原ひろしが妻のみさえにプロポーズした場所だったという。

『ハルノヒ』(2019年)と北千住駅

当時のひろしは、北千住に住んでいたようだ。日本橋にある会社へは地下鉄・日比谷線を使っただろうから、北千住駅の東武線との共用ホームは彼が日々の通勤に利用していた馴染みの場所でもある。

この曲のジャケット写真。大きな荷物に足掛けて座るあいみょんの背景には、近代的なプラットホーム(相鉄線ゆめが丘駅らしい)が写り込んでいる。だが、ひろしがみさえにプロポーズした頃の北千住駅は、ジャケ写のような今風な感じではなかったはず。Wikipediaに原作テレビアニメの登場人物プロフィールが載っていた。それによると、ひろしは1957年生まれ、みさえは1962年生まれとなっている。

また、しんちゃんが生まれたのは、みさえが24歳の時。そこから計算してみると、ひろしがプロポーズして結婚が決まったのは80年代中盤あたりか。バブル景気が始まりつつあった頃。女たちは太眉とボディコン、サラリーマンの男性が肩パット入りのダブルのスーツを着て会社に行くような時代だった。列車を待つ人々の群れは、原色でケバケバしい。現代人からすると、駅のプラットホームというより、ホストやキャバ嬢が行き交う夜の歓楽街のように映るかもしれない。

それからは、ずいぶん時間が過ぎている。人の服装や髪型は変わった。北千住駅もまた、90年代になってから大改装されて変貌している。

東武スカイツリーラインの北千住駅ホーム。なんだかとっても都会的。

当時のプラットホームは、いまよりもずっと狭くてゴチャついていた。改装によってホーム幅は広げられ、ホームドアを設置してガラスの壁で覆われている。ひろしがプロボーズした時、このガラス壁はなく、駅周辺の建物はいまより低かった。そこから下町の夕景も見渡せただろう。愛を囁くにもいい感じの場所だったような。そんな気がする。

この後、ひろしはみさえと結婚して、埼玉県春日部市に一戸建てのマイホームを購入する。通勤時間は長くなったが、乗り慣れた列車だ。東武伊勢崎線は地下鉄・日比谷線への直通運転で、独身時代に暮らした思い出の街・北千住を通過する。ひろしは思い出のプラットホームを日々眺めながら会社に通っていた。が、はたして彼はその激変ぶりに気がついていただろうか? 見慣れたものに対してはつい注意力が散漫になる。目には映っていても意外と気がついていない、気にしていない。

「住みたくない街」が「住みたい街」に激変

さて、ホームから降りてコンコースを歩いてみる。現在の北千住駅は人や店があふれて、新宿や池袋といった都心のターミナル駅と変わらない雰囲気だ。ひと昔前の北千住は、東京のはずれ「場末」といったイメージが強かったのだが。

東京はあれからずいぶん膨張している。

駅員が人力で切符を回収した銀色の改札も、いまは自動だ。そこから駅表玄関の西口を出ると、駅舎や近隣の商業ビルは高架橋で繋げられて広場みたいになっている。最近に再開発された駅前でよく見かける、なんか舌噛みそうなペデストリアンデッキというやつ。駅ビルはルミネや成城石井が入って巨大化し、その周辺を大規模な商業ビルが囲む。ここも80年代の風景とは違う。

駅ビルに『成城石井』が入ったり、駅前は巨大なペデストリアンデッキがあったり。かつての北千住の面影はない。

ひろしやみさえが若い頃を過ごした北千住駅は、成城石井よりもドンホーテが似合いそうな感じ。駅ビルはいまよりずっと小さくて野暮ったい。駅舎を出るとタクシー乗り場、その左手には各方面へ向かうバスが何台も待機して、排気ガスの臭いを充満させていた。原色のネオンもそこかしこにきらめく。乗り換えの通勤客もつい、その猥雑な風情に誘われて駅から街に繰りだしたりもする。

そんな当時の北千住のイメージが強い世代には、最近ここが「住みたい街ランキング」で吉祥寺や恵比寿と並ぶ人気になっているとか、「穴場だと思う街ランキング」で1位になっていると聞いても、なんかの間違いでは?と思ってしまう。駅前でウンコ座りするヤンキー集団にからまれそうで怖い……住みたくない街の代表格だっただけに。ひろしが北千住に住んだのも、イメージゆえの住居費の安さと、そのわりに4社5路線の列車が乗り入れる利便性に惹かれてのことだったのだろう。たぶん。

だが、近年の北千住は人気上昇に比例して家賃相場も高騰。吉祥寺や下北沢ほどではないにせよ、なかなかのレベルになっている。ヤンキー集団なんてものはすでに絶滅危惧種。今風のゆるふわ系女子の集団が、駅前を通り過ぎるのもよく見かける。

駅東口の商店街には昭和の残滓が残っていたが、昔はなかった学生街の風情も漂う。

この街の劇的な変貌は、駅再開発にくわえて大学の誘致にもあったようだ。周辺に5つの大学キャンパスがあり、来年には6つ目の大学が開校されるという。いまや首都圏を代表する“学生の街”。東口の駅前にも東京電機大学の北千住キャンパスがある。駅前の旭町商店街は「学園通り」と呼ばれるようになり、お洒落なカフェとかチェーン店の居酒屋などが軒をつらねる学生街になっている。

学園通りの昔はよく知らないのだが、ところどころに古い八百屋とか肉屋が残っている。そこから察するに大学が誘致される以前は、生活感あふれる下町の商店街だったのだろう。あれ? そういえばこの通り、どこかで見た記憶がある。そう、北千住といえば80年代の人気テレビドラマ『3年B組金八先生』の舞台。この商店街も生徒たちの朝の通学路としてよく登場していたのだ。

そう思って歩いてみれば、当時の名残がそこかしこに見えてくる。ドラマの主題歌だった『贈る言葉』をつい口ずさんだりして。その世代なだけに。

荒川土手に向かう途中にあった中華料理屋。そういえば、この店もロケで使われていたようです。

『贈る言葉』(1979年)と荒川土手

荒川土手もいまはアスファルトの舗装道に

ドラマのオープニングシーンでお馴染みだった荒川の土手も、北千住駅からは近い。土手の上を歩けば家並みの先にスカイツリーが見える。2000年代の不動産業界でブームになったタワーマンションもちらほらと。あれからずいぶん時が過ぎている。

そりゃ眺望だって変わるよなぁ。でも、河川敷に広がる運動場、草原が茂る土手の斜面は昔のまま……いゃ、よく見りゃここにも何か違和感が。舗装されてしまっているのだ。金八先生や生徒たちが歩いていた土手沿いは、田んぼの畦道のような草を踏み固めただけのデコボコ道だった。

ドラマのオープニングで有名な荒川土手。生徒たちが歩いたジャリ道も、いまはすっかりアスファルト舗装。

土手沿いの道から歩道橋を渡ると、東武伊勢崎線の堀切駅がある。三角屋根の木造駅舎、これもドラマにはよく出てきた。けど、駅前に小さなトイレが設置されてたりして、なんか狭苦しい眺め。たったこれだけて、雰囲気はかなり違って見える。

古い駅舎がいまだ健在の堀切駅。ここもドラマによく出てきた。

また、ドラマでは最も重要な舞台である「桜中学校」は、堀切駅のすぐ裏手にあった足立区立第二中学校がロケ地だったという。この中学校は平成17年(2005)に閉校となり、跡地は東京未来大学のキャンパスになっている。かつての校庭には大学本館が建っていた。本館を囲むようにしてあるL字型の4階建ては、他の建造物とは違って古臭い昭和時代風の外観が目を引く。

金八先生や生徒たちがいた桜中学の跡地。いまや大学だが、一部の校舎は健在で、当時の面影もよく残っている。

どこか見覚えがある建物。中学校校舎の外壁を塗り直し、大学施設として再利用されているようだ。それを眺めながら、ココロのなかで『贈る言葉』を口ずさみ、ドラマで見た中学校の校舎や校庭を想像してみる。懐かしいシーンが蘇ってくるような、こないような。

都会の風景っていうのは、気がつくとすぐに朽ちてなくなる儚いもの。油断していると、風景の記憶はすぐに書き換えられて消えてしまう。歌にある昔を探して歩くには、想像力とか妄想力が必要になってくる。

荒川土手の夕暮れを眺めながら北千住駅前に戻る。そこには昔と同じ眺めもあった。駅西口にある裏路地は、90年代の再開発を免れた飲み屋街。店は代替わりしてそうだが、狭い路地に居酒屋やスナック、バーなどが軒をつらねる猥雑な雰囲気は、この街に抱く昔からイメージ。最近の「学生街」「住みたい街」といった印象からはほど遠い。通りを歩く酔客も、少々くたびれてきた大人のほうが絵になる。

昔の北千住の雰囲気が残る西口の飲み屋横丁。

『クレヨンしんちゃん』の主人公しんのすけは1987年生まれとなっている。現在は34歳。酔っ払ってクダまくサラリーマンがよく似合う年齢になってる。

一方、父親のひろしは64歳、継続再雇用制度でまだギリギリ働いているだろうか。この場末の歓楽街で父と息子が遭遇したり……すること、あるのかも? 一緒に親子酒となるか、お互い気不味くて他人のふりして通り過ぎるか。そこのところは分からないのだが。

どちらにしても、ひろしは立派に成人した我が子を目にして、プロポーズの日から長い時が過ぎたことを実感しないわけにはいかない。春日部の自宅へ帰る列車を待つプラットホームの眺めが、あの頃とは大きく違っていることにも気がつく。都会の儚い風景は、人を浦島太郎の気分に陥らせたりもする。

取材終わりのビールでのどを潤す。日のあるうちから酔っぱらっても、この街なら許されそう?

取材・文・撮影=青山 誠

青山 誠
ライター
歴史、紀行(とくにアジアの辺境)、人物伝などが得意分野。大阪芸術大学卒業。著書に『首都圏「街」格差』 『古関裕而』 『江戸三〇〇藩城下町をゆく』『戦術の日本史』『金栗四三と田畑政治』『戦艦大和の収支決算報告』ほか多数。ウェブサイト『BizAiAi!』で「カフェから見るアジア」、雑誌『Shi-Ba』で「日本地犬紀行」を連載中。

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