人を殺せない「Z世代の吸血鬼」はどう“生きる”か?新星サラ・モンプチと気鋭監督アリアーヌが語る『ヒューマニスト・ヴァンパイア・ シーキング・コンセンティング・ スーサイダル・パーソン』
ヴァンパイア、だけどヒューマニスト?
第80回ヴェネツィア国際映画祭ヴェニス・デイズ部門で最優秀監督賞を受賞、第48回トロント国際映画祭オフィシャルセレクション選出など世界の映画祭で注目を浴びた話題作、その名も『ヒューマニスト・ヴァンパイア・ シーキング・コンセンティング・ スーサイダル・パーソン』、略して『ヒュマヴァン』がついに日本公開となる。
サシャは、ピアノを弾くことが好きなヴァンパイア。
彼女は吸血鬼一族のなかでただ一人、ある致命的な問題を抱えていた。――感受性が豊か過ぎて、人を殺すことができないのだ。
自ら人を手にかけることはせず、生きるために必要な血の確保を親に頼り続けようとするサシャ。両親は彼女の様子を見て、いとこの“血気盛ん”なドゥニーズと共同生活を送らせることを決める。やがて血液の供給が断たれたサシャは、自分で獲物を狩るようドゥニーズに促されるが、どうしても人を殺すことができない。
心が限界を迎えたとき、サシャは自殺願望を持つ孤独な青年ポールと出会う。どこにも居場所がないと感じている彼は、サシャへ自分の命を捧げようと申し出るが……。
カナダの新星サラ・モンプチ登場! 監督と共に制作秘話を語る
本作の主演は、日本でもコアな映画ファンの間で高い評価を得た『ファルコン・レイク』(2022年)で一躍注目を集めた新星、サラ・モンプチ。感受性が豊かすぎるヴァンパイア、サシャを持ち前のアンニュイな魅力たっぷりに演じている。学校でいじめを受ける“死にたい”青年ポールを演じるのは、新人のフェリックス・アントワーヌ・ベナールだ。
監督を務めたのは、短編『Little Waves(英題)』がトロント国際映画祭やベルリン国際映画祭でノミネートを受けた、アリアーヌ・ルイ・セーズ。短編作品でその才能を証明してきた新進気鋭の監督が初の長編作品にして、まったく新しい吸血鬼映画を作り上げてみせた。
そんな『ヒューマニスト・ヴァンパイア・ シーキング・コンセンティング・ スーサイダル・パーソン』の製作エピソードや作品の魅力を深堀りするべく、サラ・モンプチとアリアーヌ監督にメールインタビューを敢行。好きな日本映画などについてもじっくりたっぷり語ってくれたので、鑑賞のお供にぜひご一読いただきたい。
「脚本を読んで、すぐに“映画の宝石がここに眠っている”とわかりました」
―映画『ヒューマニスト・ヴァンパイア・ シーキング・コンセンティング・ スーサイダル・パーソン』の出発点、最初のアイデアや原作などがあれば教えて下さい。
アリアーヌ・ルイ・セーズ監督:インスピレーションを受けたものをピンポイントで挙げるのは難しいですが、私は“はみ出し者”のキャラクターにいつも惹かれてきました。何か新しいものを生み出すときは、たいてい私の中の小さな変人が理解を求めているときなのです。本作では道徳的なジレンマと格闘する吸血鬼を描き、私たちの中にある矛盾を浮き彫りにしました。
自分の負の側面と向き合うのは難しいことですが、どんな自分も受け入れなければならないと思います。例えば映画の中で、サシャは吸血鬼としての本能と戦っていますが、自分の生まれ持った性質を捨てることはできません。この物語は、彼女が人間的な価値観と吸血鬼としてのアイデンティティのバランスをどう取るかに焦点を当てています。困難にもかかわらず、サシャは自分自身を失うことなく、自分の違いを受け入れることを学ぶのです。
―本作の主演をオファーされた際に、どんな物語で、どんな役柄だと説明を受けましたか? 出演の決め手を教えて下さい。
サラ・モンプチ:私はこのプロジェクトのことを、脚本を読んで知りました。オーディションを受けるよりも前のことです。初めて脚本を読んで、すぐに魅了されました。ひと目で映画の宝石がここに眠っているとわかりました。ジャンル映画はケベック(※カナダ)ではあまり作られていない分野なので、脚本自体がすでに、私にはとても新鮮なもののように思えたんです。
そのテーマ、テンポ、ダークなユーモア、そして何よりも、独創性に新しさを感じました。また、ヴァンパイアという 「地球外生命体 」とも言える架空の存在を演じるというのは、俳優にとって刺激的な機会でもありましたね。人間ではないので、演じるのがとても面白いキャラクターだと思います。
「ジョナサン・グレイザー監督『アンダー・ザ・スキン』に影響を受けた」
―「血を必要としてはいるが、狩猟本能の欠落した若い吸血鬼」であるサシャの存在は、「他者への共感力が強く、国や民族や宗教に関係なく虐げられる人々に同情し、環境保全活動にも熱心な10~20代の若者たち」のメタファーでもあるのでしょうか? あるいは、もっとシンプルに「なかなか実家から自立できない若者」という見方もできると思いました。
監督:吸血鬼は、私たちが生きる社会について議論することができる、そして自由に創作することができる余白を与えてくれた、素晴らしい遊び場であったと思います。私の考えたメタファーが、多くの人によって様々に解釈されていることを嬉しく思っています。例えば、クィアであることをカミングアウトすることの比喩だと言ってくれる人もいれば、食肉産業に対するコメントだと言ってくれる人もいました。いずれにせよ、共感と、自分自身に忠実なまま他者から理解される必要性についての物語として、常に観客の人々と共鳴しているようです。
―サラさん個人の演技や、この映画全体の雰囲気作りのために参考にした映画やドラマ、アニメはありますか?
サラ:アリアーヌ監督が本作を作る上でインスピレーションを得た、または、彼女が純粋に好きな吸血鬼の映画を私たちに教えてくれました。『ザ・ヴァンパイア ~残酷な牙を持つ少女~』(2014年/監督:アナ・リリー・アミールポアー)や、『ぼくのエリ 200歳の少女』(2008年/監督:トーマス・アルフレッドソン)、『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』(2013年/監督:ジム・ジャームッシュ )などです。そしてこれらの映画には、共通項があることに気づきました。作品によって吸血鬼のキャラクターは大きく異なると思いますが、その根底にあるエネルギー、つまり吸血鬼が持つ “異質さ” は不変だと思います。
ただ、特に参考にした映画はアリアーヌ監督が紹介してくれた、ジョナサン・グレイザー監督/スカーレット・ヨハンソン主演の『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(2013年)でした。地球にやってきたエイリアンについての話です。私はこの映画から多くのインスピレーションを得ていて、サシャの身体的表現を考える際、大いに役立ちました。ヨハンソンが演じるエイリアンの身体表現を分析することは楽しかったです。何が人を少し奇妙に感じさせるのかを理解しようと、観察することが面白かったですね。
監督:私の好きな日本映画は『タンポポ』(1985年/監督:伊丹十三)です。ユーモアと、映画的表現が素晴らしいと思います。最近の作品では、『万引き家族』(2018年/監督:是枝裕和)が印象に残っています。深く心を揺さぶるストーリーと、俳優たちの素晴らしい演技に深く感動しました。特筆したいのは、『鉄男 TETSUO』(1989年/監督:塚本晋也)です。この作品は、これまで観た中で最も興味をそそられ、心をかき乱された作品のひとつです。
『ヒューマニスト・ヴァンパイア・ シーキング・コンセンティング・ スーサイダル・パーソン』は2024年7月12日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開