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馬を足元から支える。83歳の職人技 馬としっかり目を合わせ、丁寧に着実に【北海道十勝・ばんえい競馬】

Sitakke

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数多くの「絶景」を持つ北海道。
観光情報にはなかなか載っていない、「日常の絶景」も多くあります。

いつもは景色を中心にお届けしていますが、今回は特別編です。HBC帯広放送局のカメラマン・大内孝哉さんが、十勝の「ばんえい競馬」で活躍する職人を取材しました。

連載「テレビカメラマンがとらえた“一瞬”の北海道」

馬のひづめを守る

競走馬のひづめに装着する「蹄鉄(ていてつ)」という器具があります。
ひづめを保護するための器具で、競走馬の世界では、なくてはならないものです。

十勝のばんえい競馬をまさに足元から支えている、蹄鉄職人がいます。
ばんえい競馬は、農耕馬として利用されてきた体重1トン前後の「ばん馬」が重量物を積載したそりを引く十勝独特のレースで、北海道の馬文化を象徴する競馬として定着しています。

蹄鉄とはどのようなものなのか…。
その仕事一筋に挑む、職人の想いです。

まだ太陽が昇っていない早朝。

「カン、カン、カン、カン」
鉄の音が響きます。

十勝ばんえい競馬、厩舎内の装蹄所です。 
ひづめの調整のために、競走馬たちが駆け込んでいます。

「(午前)6時ごろから仕事をするから、5時ったら起きているわなぁ。ハハハ」

笑いながら答えるのは、この道一筋68年の蹄鉄装蹄師、千葉喜久雄(ちば・きくお)さん・83歳です。

ばんえい競馬で最高齢の装蹄師で、競走馬を足元から支えている存在です。

千葉さんが蹄鉄装蹄師として仕事を始めたのは15歳のころ。
先に兄が北海道・美瑛町で装蹄師として活躍していて、中学校卒業後そこに弟子入りしました。

当時の主役は競走馬ではなく、畑などを耕すときに活躍する農耕馬でした。

千葉さんは、「農家の人は馬がいなければ畑も起こせないし、馬は蹄鉄を履かせなきゃいけないしね。それは忙しかったんだよ。そんなような時代だから誰も『装蹄師になる!』って言う人もいないでしょ?それで兄と2人でやってたわけさ」と振り返ります。

「そりゃあ大変だったよ。仕事を覚えるのが大変だった。蹄鉄には触ったことなかったしね」

忙しい毎日。朝早くから夜遅くまで続く装蹄作業で、腕を磨いてきました。

しかし、時代の流れとともに農業の機械化が進み、農耕馬が少なくなっていきました。
美瑛町に馬がいなくなったころ、知り合いの調教師から誘いを受け、ばんえい競馬の世界への門を叩きました。

「農耕馬も競走馬も、基本的にはひづめの形は変わらない」と言いますが、千葉さんの作る蹄鉄には、細かな工夫がされています。

蹄鉄は、夏用と冬用で形が違います。
夏用の蹄鉄は平ですが、冬用は凹凸があり「刻み蹄鉄」と呼ばれています。
冬になれば、コースの雪が積もり滑りやすくなりますが、この「刻み」があることで、路面をしっかりと捉えることができ、競走馬たちが安心して走ることができるのです。

昔は冬の蹄鉄は「刻み」ではなく、鋭いスパイクのような形をしていて、馬が足を引っ掛けるなどしてケガをすることが多かったといいます。調教師から相談をされた千葉さんが思いついたのが「刻み蹄鉄」でした。

でき上がるまでは、試行錯誤の連続だったといいます。

「刻みの山を作るのにね。あんまり尖ってこないしな。何が悪いのかなぁということさ、これは形が悪いのだなぁとか考えたり」

一本のまっすぐな鉄の棒から作り始め、ひづめの形に曲げていき、一つ一つに細かく刻みを打ち込んでいきます。

「刻み」の作り方は時代を経ても変わっていません。千葉さんが作り上げた、独自の技術です。

でき上がった蹄鉄を毎朝、調教前の馬一頭一頭に丁寧に装蹄していきます。

馬によってひづめの形は違います。蹄鉄を約1300度のコークスの火の中に入れて熱し、取り出しすと馬の足元を見ながら、冷めない間にハンマーで打ち込みます。

これを繰り返しながら、その馬に合う形を作っていきます。

「馬の足元ばっかり見ているから、この馬がオスだかメスだかわからないときがあるのさ。でも足を見れば馬の状態がわかるの」

前脚、後脚の順番に、熱した蹄鉄をひづめにあて、釘を打ちこみながら装蹄します。
大きな煙も上がりますが、馬のひづめは厚く、痛みはないといいます。

しかし馬によって性格が違うので、時には暴れたり叫んだりする馬もいます。

そのときは馬としっかり目を合わせ、呼吸を整えます。今まで養ってきた経験と、馬との信頼関係で、落ち着かせます。

一頭にかかる装蹄時間装蹄は約1時間。

冬は寒さも厳しい中ですが、丁寧に着実に装蹄していきます。

「あー俺の仕事した馬が一着になったなとか、そういうようなことは見とっても嬉しいわな」と話す千葉さん。

83歳になった今も、「やっぱり我々がいなきゃ、馬も裸足になって困るなぁということだからな。いつまでやるかわからないけど、もうちょいやってみるかぁということだ!」と笑顔を見せます。

「(後悔は)ないないないない。だって余生楽しむ暇ないでしょう?はははー。それくらいあなたたちも頑張ったほうがいい」

ばんえい競馬は、週末には日本全国から観光客や競馬ファンが集まり、にぎわいます。

一つのことに打ち込み、極めていく情熱。
レースを疾走する競走馬の足元には、職人の魂が装蹄されていました。

連載「テレビカメラマンがとらえた“一瞬”の北海道」

撮影・文:HBC帯広放送局 大内孝哉
2015年からテレビカメラマンとして、主にニュースやドキュメンタリーを撮影。担当作品に映画/ドキュメンタリー「ヤジと民主主義」や、ドキュメンタリー「核と民主主義」「ベトナムのカミさん〜共生社会の行方〜」「101歳のことば ~生活図画事件 最後の生き証人~」「クマと民主主義」など。
2023年10月から帯広支局に異動。インスタグラム@takayasunset0921では、プライベートで撮影した北海道の写真を公開中。

編集:Sitakke編集部IKU

※掲載の内容は記事執筆時(2025年2月)の情報に基づきます

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