ドラマ『タツキ先生は甘すぎる!』に冷ややかな大人たち──その「悲しすぎる無理解」を現場を見た専門家から紐解く
ドラマ『タツキ先生は甘すぎる!』への批判的な声から見える不登校への無理解について第1回。フリースクールは決して逃げではなく子どもの大切な居場所。教育ジャーナリストおおたとしまさ氏の新著からフリースクールの真実と多様な学びの選択肢を解説。全2回。
【画像を見る➡】「不登校」だった生徒の8割が毎日登校する鎌倉市立由比ガ浜中学校2026年4月から放送中の町田啓太主演のドラマ『タツキ先生は甘すぎる!』(日本テレビ系/毎週土曜21時)が、不登校や教育のあり方を巡り大きな反響を呼んでいます。
本作は、小中学生の不登校が35万人を超え、12年連続で増加している現代において、生きづらさを抱える子どもたちの居場所となるフリースクール『ユカナイ』を舞台にしたヒューマンドラマです。
しかし、このドラマを巡るネットニュースのコメント欄やSNSには、不登校の現実を知らない非当事者からの冷ややかな「辛口コメント」が散見されます。
遊んでばかりの場所は逃げ?
「こんなことで学校を休むなんて過保護だ」「ただ遊んでばかりで逃げ癖がつく」といった声は、一見するともっともらしい社会常識のように語られます。
実際には当事者親子の苦悩や回復のプロセスを無視した、あまりにも「悲しすぎる無理解」に基づいています。筆者もかつて子どもの不登校に悩み、周囲の何気ない言葉に傷ついた経験があるため、コメント欄の言葉に胸が痛みました。
世論のゆがみを乗り越え、現実のフリースクールが果たすべき真の役割を理解するために、教育ジャーナリスト・おおたとしまさ氏の新書『フリースクールという選択』(講談社+α新書)に描かれたリアルな実態に目を向けてみたいと思います。
この本が提示する現場のルポや専門知は、ドラマの「甘さ」の裏側にある必然性を論理的に解き明かしてくれます。
タツキが体現する「甘さ」の真意と「ただ遊ぶこと」の意義
ドラマの中で、町田啓太演じるフリースクールのスタッフ・浮田タツキは、「楽しいことだけ、やろう!」をモットーに、子どもたちとただ遊んで過ごしているように見えます。
タツキの姿勢に対し、松本穂香演じる同僚の青峰しずくが疑問を抱くのと同様に、一部の視聴者からも「現実の社会はそんなに甘くない」「安易な逃げ場を作っているだけだ」という批判が寄せられています。
しかし、タツキがこの「甘すぎる」方針を徹底する背景には、かつて彼自身が実の息子を追い詰め、不登校・引きこもりにしてしまったという痛烈な過去の悔恨があります。
だからこそ、タツキは傷ついた子どもたちに対して一切のプレッシャーを取り除き、自己の存在を無条件に肯定される安全な環境を提供しようとしているのです。
現実の不登校支援においても、この「ただ遊ぶ」「何もしないで過ごす」という一見して無駄に見える初期の時間は、極めて重要な意味を持っています。
おおた氏の著書『フリースクールという選択』でも言及されているように、学校で深く傷つき、自己否定の極致に達した子どもは、心のエネルギーが完全に枯渇しています。
子どもがエネルギーを再充電し、社会や他者への信頼を取り戻すためには、「ありのままの自分でいていい」という安心感が必要です。自分の正直な欲求に気づき、素直にそれを表現し、さらにそれをまわりから認めてもらうプロセスが、安心感をもたらすからです。
余計なプレッシャーがなく、信頼できる仲間とのびのび過ごしていると、子どもは徐々に安心と自信を取り戻し、次第に意欲がわいてくる。そのプロセスをあせってはいけないのでしょう。
意欲を取り戻せば、次のステップは子どもが自ら選んで歩み出すと、おおた氏の著書に登場するフリースクール関係者は口をそろえています。
フリースクールを継続しながら週に何回かだけ学校にも通うようになったり、安心できる居場所的なフリースクールから探究学習に力を入れるフリースクールに移行したり、塾にも通って高校進学を目指したり、進路はさまざまです。
多様化するフリースクールの羅針盤「5つの補助線」
フリースクールは、一様に行き場を失った子どもたちが集まる画一的な施設ではありません。
おおた氏の著書『フリースクールという選択』では、フリースクールの実態が、子どもの心の状態や目的に応じて選ばれるべき、多様なグラデーションを持つ組織であることが体系化されています。
書籍で提示されている「5つの補助線(判断基準)」は、多様なフリースクールのなかから、そのときどきのわが子にあった環境を見分けるための優れた羅針盤になります。
ドラマのフリースクールをチェックしてみた!
おおた氏に、ドラマのフリースクール『ユカナイ』を5つの観点で分類してもらいました。
「1つ目の『①居場所⇔学び』に関しては完全に“居場所”寄りです。タツキ自身も“居場所系”だと説明していました。2つ目の『②学校っぽい⇔学校っぽくない』に関してはいうまでもなく、“学校っぽくない”ほうですね。校舎は古い一軒家ですし、『タツキ先生』と呼ぶ子どもに『先生はいらない、タツキでいいよ』と言う場面が何度かあります。古い一軒家を校舎にするのは、フリースクールにはよくあるスタイルです。
3つ目の『③個人商店⇔チェーン店』については、“個人商店”寄り。ただし、リアルなフリースクールではユカナイほどスタッフの人数がいなかったり、もっと小さな施設を校舎にしているケースも多いのが現状です。
4つ目の『④個別⇔集団』に関しては中間からやや“集団”寄り。ある調査によれば、半数近くのフリースクールは、児童生徒数が10人未満です。個人商店系のフリースクールにしては、ユカナイは比較的大人数な集団だと思います。
5つ目の『⑤中継型⇔継続型』に関しては、“中継型”です。ただし、中継型であっても、本人が望むのであればいつまでもいていいというフリースクールが圧倒的に多いと思っていただいてかまいません。ユカナイもそう見えますよね。あのスタンスです」
傷ついた子どもには、まず「ただ遊んで休める居場所」が不可欠。ドラマのフリースクール「ユカナイ」はその大切さをしっかり示していて、決して「甘すぎる」「逃げ」などと簡単に言い切れないのではないでしょうか。
それでも「勉強が遅れるのでは」とあせってしまうのが親のリアルな本音でもあります。その気持ちは筆者も痛いほどわかります。続く第2回では、親をもっとも苦しめる「学習への不安」の真実に迫ります。
“フリースクール探し”で最初に読む本、登場! 『フリースクールという選択』(著:おおたとしまさ/講談社+α新書)