小泉悠が1児の父として考えた 「戦争のニュース」子どもに親はどう答えるか?
「戦争のニュースに、親としてどう答えればいいの?」情報があふれる現代、子どもの素朴な疑問に戸惑う声が多く聞かれます。東京大学先端科学技術研究センター准教授・小泉悠先生も高校生の娘を持つ父親として、子どもが正しく世界を見る力の育て方を語ってくれました。
画像▶ “在日ウクライナ人女性”がプラネタリウムで解説! 戦禍を逃れ笑顔を取り戻すまで小泉 悠(こいずみ ゆう)
東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現職。専門はロシアの軍事・安全保障。
「どちらも悪い」では見えなくなるもの
──戦争は「あっちが100%悪! こっちが100%正義!」と割り切れるものではなく、異なる立場における人々が、それぞれの正義を掲げて衝突するものだと思っているのですが、だからこそ、子どもたちにどうやって戦争の事実を伝えればいいのか考えてしまいます。
小泉悠先生(以下、小泉先生):私はこの点については専門ではないので、ひとりの親としてどうしたか、という視点でお話しします。うちの娘はこの戦争が始まったとき小学5年生くらいでした。もう物事がわかる歳だったので、「この戦争って何なの?」と聞かれたとき、事実だけを説明した記憶があります。
「誰か悪い人がいて、戦争をやっている」という語り口は、子どもにはわかりやすい。けれど、世の中ってそんなに単純じゃないですよね。
小泉先生:戦争を見るときに大切なのは、「双方に事情がある」からといって、「だから責任も同じ」とは必ずしも言えないという点です。
ロシアのウクライナ侵攻では、ロシア、ウクライナ、そしてNATOやアメリカなど、多くの国や組織がかかわっています。ロシア側には「NATOの東方拡大への安全保障上の懸念」という主張があり、一方で国際社会の多くは、国境を越えて軍事侵攻を行ったロシア側の責任が大きいと見ています。
複雑な背景を知るのは必要です。しかし、「どちらにも言い分がある」という理解が、侵略された側にも責任があるという考えにつながってしまうと、本質を見失う危険がある。子どもたちに伝えるときに必要なのは、単純な善悪ではなく、「事実」と「背景」を分けて考える力なのかもしれません。
世界はウクライナだけを見ていない
──ウクライナ戦争は、一つの地域の戦争でありながら、アメリカとロシアの対立、中国の台頭、中東の情勢など、現在の世界の力関係が映し出されているようにも見えます。この戦争を「世界の中の出来事」として「事実」と「背景」を見るためには、どんな視点が必要でしょうか?
小泉先生:当たり前ですが、世の中は繫がっています。例えば、今ロシアがウクライナに撃ち込んでいる「ゲラン」という自爆ドローンがあります。これは有名な話ですが、もともとはイランの「シャヘド」などと呼ばれるドローンが基になっています。
ロシアはイランから技術を導入して、ライセンス生産を始めました。ところが、その後ロシア国内に大きな工場をつくって、生産規模を一気に拡大。さらに部品もロシア製や中国製のものに置き換わっていて、今では最初のイラン製ドローンとはかなり違うものになっています。
つまり、ウクライナで使われている兵器の背景をたどると、中東とのつながりが見えてくるんです。
──そう考えると、ウクライナ戦争と中東で起きていることは、すでに一つの大きな戦争にリンクしつつあると考えた方がいいのでしょうか。
小泉先生:「リンクしつつある」というより、もともと世界の中でつながっていたものが、「見える形になってきた」方が近いと思います。
ただ、現時点でウクライナ戦争と中東の戦争が完全に一体化しているわけではありません。例えば、イランはウクライナ戦争に直接参戦してはいません。イランはロシアにドローンの技術を提供したけれど、それ以上の関与はありません。
弾道ミサイルを提供してほしいとロシアはイランに再三要求しているようですが、これも実現していません。
一方、例えば弾道ミサイルを本格的に提供するようになれば、状況は大きく変わります。もし中東の戦争にロシアやウクライナが直接介入するようなことになれば、それは本当に世界規模の危険な状況になります。
小泉先生:戦争というのは軍事だけを見ていても分からないと思います。ロシアとウクライナは、どちらも世界に大きな影響を持つ国です。
ロシアは石油や天然ガスなどのエネルギー資源を持つ国ですし、ウクライナもこの戦争のなかで様々な分野で世界的な影響力を持つようになりました。もともと強い穀物輸出もそうですし、最近はドローンなどの軍事テクロジーでも知られるようになりましたね。
だから、戦争によって農産物の流れが変わったり、エネルギー価格が不安定になったりすると、その影響はヨーロッパだけではなく、中東やアフリカ、そして日本など、遠く離れた地域にも広がります。
そしてそこにはアメリカや中国の存在も大きく関係しています。アメリカはウクライナを支援していますし、中国はロシアとの関係を維持しながら、国際社会の中で自分たちの立場を考えて動いています。また、中東の国々も、アメリカ、ロシア、中国、それぞれとの関係を考えながら外交をしています。
だからこそ、戦争を見るときには、「どの国が戦っているのか」だけではなく、「その背景にどのような世界の力関係があるのか」を考えることが大切なのです。
スマホ時代の情報整理術 新聞や本が育む「感情の共感回路」
──子どもが正しく世界の情報を見られるようにするには、まず何をするといいと思われますか。
小泉先生:今の時代の情報は、親が管理できないくらい子どもたちの周りにあふれています。だから「変なものを見せなければ、正しい情報が入ってくる」という仕組みを作るのは難しい。僕自身も小さいころいろんなものを見てきましたから(笑)。
ただ、そういうものに触れるのと同時に、家に毎朝届く新聞を読むと、世の中のまっとうな情報はこういう感じなんだな、という“相場観”が身につきます。変なものを見ていても、子どもの近くに事実に基づいた情報が流れていれば、それでいいのではないでしょうか。結局、親自身が何を見ているのかというのが、子どもに反映されると僕は思います。
もうひとつは、あふれている情報から何を読み取るかという、一種の教養の問題です。例えば、「戦争で占領されて、何人死にました」と聞いたとき、それをどれだけ実感を持って受け止められるか、その解像度をどう上げるか、ということです。
小泉先生:僕自身は親の本棚や、図書館で読んだ本が、想像力を培ってくれた部分があったと思っています。解像度を上げるという意味で、本はとても大切なツールです。一種の感情の共感装置、共感をつくる回路の形成装置とも言えますし、新聞だけではわからない、より掘り下げた情報源でもありますから。
映画でもいいと思いますよ。僕が高校生くらいのとき、『プライベート・ライアン』が公開されました。冒頭のノルマンディー上陸作戦、オマハ・ビーチのシーンは今でも鮮明に記憶にあります。世界最強と言われたアメリカ海兵隊の栄光の作戦のはずなのに、あれはもう虐殺じゃないかと思うくらいの描写で、僕の中で世界観が変わった作品のひとつでした。
「前線はこんなに悲惨なんだ」というのが身に染みたんです。特に子どもたちが映像に触れる機会が多いのなら、そうした映画をきっかけに想像力を深めるというのも、ひとつの方法だと思います。
終戦記念日に親子で考えたいこと
──最後に、世界を「大きく見る」ためには、どうすればいいのでしょうか。
小泉先生:同じ出来事でも、立場が変われば見え方は大きく変わります。例えば日本の「終戦記念日」は、中国では「抗日戦争勝利記念日」ですし、韓国では「光復節」として日本の統治から主権を取り返した日とされています。
実は今、ウクライナとポーランドの間でも同じようなことが起きています。ウクライナの独立を目指して戦ったかつてのウクライナ民族主義者たちの評価をめぐるものです。彼らはウクライナ人にとっては独立の英雄ですが、ポーランドでは虐殺事件を引き起こしている。だからポーランドから見ると彼らは犯罪者です。
さらに戦時下のウクライナ人にとって、彼らはロシアの侵略と戦っている現在の自分達と重なって見える。だから通りや軍の部隊にこうした人々の名前をつけて記念するのだけれども、ポーランド人からするとこれは許しがたい振る舞いと見える。
ウクライナから見た世界、ロシアから見た世界、アメリカや中国、イランから見た世界、そして日本から見た世界。それぞれの見方や立場があるということを知らないと、戦争を終わらせることも、悲惨さを減らすことも難しいと思います。
ただ、だからといって先にも話したように「どちらも同じくらい悪い」と単純化したり、「悪い国」と「正しい国」という構図だけで見てしまうと、本質が見えなくなることもあります。自分とは違う立場の人が、なぜそう考えるのか。そこを見ることが、戦争を大きく理解するためには必要なのです。
とはいえ、僕自身も感情的な何かにからめ取られることは、いくらでもあります。神様みたいに俯瞰して、子どもに「ああだ、こうだ」と言えるほどの立場にいるかというと、怪しいものですから(笑)。
だからこそ、子どもと一緒に世界地図を広げてみることで、世界を大きく俯瞰して見られるようになっていくと思っています。
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最新技術に目を奪われるのではなく、その先で生身の人間がどんな犠牲を払っているのかを見つめること。そして、世界地図を広げて多角的な視点から物事を捉え直すこと――。
矛盾に満ちた複雑な世界だからこそ、単純な善悪の二項対立に陥らず、子どもと一緒に悩み、事実と向き合い続ける姿勢が求められています。
終戦記念日を迎える今、親子で世界に目を向け、平和への一歩として「対話」を始めてみてはいかがでしょうか。
撮影/葛西亜理沙
取材・文/知野美紀子
『現代戦争論 ──ロシア・ウクライナから考える世界の行方』著:小泉悠(筑摩書房)