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マイノリティの権利拡大は、日露戦争での日本の勝利から始まっていた!【前田健太郎『道徳を競う帝国』】

NHK出版デジタルマガジン

マイノリティの権利拡大は、日露戦争での日本の勝利から始まっていた!【前田健太郎『道徳を競う帝国』】

いま、アメリカで攻撃にさらされている「多様性」の考え方。これは「多様性・公正・包摂(DEI)」の思想とも言われ、欧米の人権思想に由来すると思われています。しかしそれが、実は帝国時代の日本の戦略から始まっていたことを明らかにする『道徳を競う帝国 マイノリティの権利はどこからきたのか』が刊行されます。これまで、明白な事実をもとにしていながら誰も気づかなかった目新しいビジョンを描き出して、そのたびに注目を集めてきた東京大学教授・前田健太郎さんが、今度は「脱植民地」をキー概念にして、20世紀初頭からの世界史を描き直します!

マイノリティの権利拡大へとつながる「帝国の競争」は、約100年前の日本から始まっていた──
本書より「はじめに」の一部を公開します。

『道徳を競う帝国 マイノリティの権利はどこからきたのか』

マイノリティの権利は西洋由来か

 いま、多様性が問われている。

 つい数年前まで、世の中はマイノリティの権利を拡大する方向へと進んでいたはずだった。性別、国籍、人種を問わず、多様な属性を持つ人々のアイデンティティを尊重し、包摂するべきではないか。かつてはマイノリティの権利に冷淡だったはずの日本でも、「男女共同参画」や「多文化共生」といった理念が真剣に語られ、実現されつつあるように思われた。ところが最近、その雰囲気が劇的に変化している。選挙の場で堂々と外国人排斥を訴える候補者も増えてきた。

 その大きな原因は、アメリカ政治の変動にある。二〇二四年のアメリカ大統領選挙で、ドナルド・トランプが二度目の当選を果たした。それまで盛んに唱えられてきた「多様性・公平性・包摂性(Diversity, Equity, and Inclusion:DEI)」という理念は後景に退き、むしろ批判と攻撃の対象となった。人種差別や性差別に対する是正措置は撤廃され、トランスジェンダーの存在は否定され、非正規移民は強制的に送還され、DEIの拠点だと目された大学にも苛烈(かれつ)な攻撃が加えられた。

 それが日本でも無視できないのは、多様性を尊重するという考え方が、アメリカから輸入された西洋思想だとされてきたからである。例えば、日本の大学で広く用いられているような政治学の教科書では、マイノリティの権利は「承認の政治」、あるいは「アイデンティティの政治」の争点として扱われてきた。そこでの解説によれば、マイノリティの権利という発想は、人間は誰しも対等な存在として承認されるべきだという、近代ヨーロッパにおいて形成された観念に起源を持つ。その延長線上に、それぞれの人間が属する集団もまた対等な存在として承認されるべきだとする立場が登場したとされる。少数民族の権利を求める多文化主義も、女性の権利を求めるフェミニズムも、こうした思想の一種として位置づけられてきた。この種の議論を紹介する際に参照されるのは、アイリス・マリオン・ヤング、ウィリアム・コノリー、チャールズ・テイラーなど、北米の大学に属する学者たちである(※1)。そうである以上、その思想の中心的な発信源であるアメリカが多様性を否定する方向に転じれば、日本でそれを奉じる根拠も揺らぐことになる。

 しかし、マイノリティの権利は、本当に西洋思想の伝統から生まれ、日本に輸入されたものなのだろうか。本書は、この問いから始めたい。というのも、マイノリティの権利の先進国とされるアメリカを見る限り、その起源は、それほど単純なものではないからである。

注 ***********************************
※1 佐々木毅『政治学講義』(東京大学出版会、一九九九年)、二五五―二六三頁;川崎修・杉田敦編『現代政治理論』(有斐閣、二〇〇六年)、一七九―一九一頁;田村哲樹・松元雅和・乙部延剛・山崎望『ここから始める政治理論』(有斐閣、二〇一七年)、一九五―二〇一頁;川出良枝・谷口将紀編『政治学』(東京大学出版会、二〇一二年)、一九九―二〇四頁。

 世界史を少し学べば分かるように、かつてのアメリカは、決して多様性に開かれた社会ではなかった。二十世紀の半ばまで、アメリカ南部では、白人の通う学校に黒人が通うことは禁じられ、バスの白人専用座席に黒人が座ることも許されなかった。そして、程度の差はあれ、日本人も差別される側だった。二十世紀初頭の日系人を含むアジア系移民排斥運動や、第二次世界大戦中の日系人強制収容の歴史を踏まえれば、アメリカから、多様性を尊重する社会のイメージは決して湧いてこないはずだ。

 それでは、なぜそれ以降、アメリカではマイノリティの権利が拡大したのか。この問いに対して、多くの人はアメリカの社会運動を思い浮かべるだろう。その中でも特に、公民権運動の印象は強い。一九五〇年代から一九六〇年代にかけて、マーティン・ルーサー・キング牧師を中心に人種隔離政策に対する黒人の抗議行動が南部で拡大し、一九六四年には公民権法が成立する。この公民権運動に続いてフェミニズム運動が広がり、さらには移民、性的マイノリティ、障害者など、様々なマイノリティが声を上げ、権利を獲得したというのが教科書的な解説である。

 しかし近年、アメリカ史を専門とする研究者の間では、この公民権運動を、より広い世界史的な流れの中で理解しようという動きが見られる(※2)。その世界史的な流れとは、脱植民地化である。

 第二次世界大戦後の世界では、アジアやアフリカの国々がヨーロッパの植民地帝国から次々に独立を果たしていた。それまで長く続いた白人支配が覆されていく中で、アメリカの人種差別は国際的な批判の的となる。そのことが、冷戦下でソ連との競争に直面していたアメリカに対する外圧となり、公民権運動を後押ししたというのである。このように、マイノリティの権利の拡大が世界史的な潮流の中から生まれたのであれば、その起源を考える際にも、西洋思想やアメリカの社会運動に議論を限定するのではなく、西洋社会の外に視野を広げる必要があるのではないだろうか(※3)。

 本書では、この視点を踏まえて、マイノリティの権利の政治的な起源を見直す。マイノリティの権利は、どこからきたのか。それは、確かにアメリカで発展した権利ではあるが、その成立には植民地帝国としての日本も深く関わっていた。これが、本書の第一の主張である。

日本から始まった帝国の競争

 日本では昔から、自国こそが白人支配に対する抵抗を先導したのだという物語が、繰り返し語られてきた。例えば、『坂の上の雲』(一九六八―七二年)という司馬遼太郎の歴史小説がある。この小説のクライマックスは、一九〇五年五月の日本海海戦である。この戦いで連合艦隊がバルチック艦隊を破ったことが、日露戦争における日本の勝利を決定づけた。その勝利は世界的に報じられ、白人支配に苦しむ各地の諸民族を勇気づけたのだと司馬はいう(※4)。

 今日、マイノリティの権利の由来を論じる際、この物語が参照されることはない。むしろ、その歴史認識は一面的であるとして、職業的な歴史学者からは批判を受けるのが普通だろう。日露戦争は、朝鮮半島の支配をめぐる戦いであり、その帰結は一九一〇年の日韓併合だった。いわゆる「司馬史観」は、日本人が誇れる過去を戦前に見出して一般読者の気分を高揚させる反面、植民地化された人々の存在を無視する傾向があったとされる(※5)。従って、そのような歴史の解釈は、政治現象の説明として、そのまま受け入れることはできない。

 しかし、だからといって、この物語を全て捨て去るべきだろうか。日露戦争が世界の多くの地域で白人支配に苦しむ人々に勇気を与えたのは、おそらくは事実である(※6)。そして何より、司馬の小説は、多くの日本の読者に、自国の歴史に関心を持つきっかけを与えた(※7)。そうだとすれば、こうも考えられないだろうか。その物語は、日本人がマイノリティの権利を、単なる外来思想の産物としてではなく身近なものとして感じるための、格好の入り口なのだ、と。

注 ************************************
※2 この見方に基づく歴史記述の一例として、中野耕太郎『二〇世紀アメリカの夢:世紀転換期から一九七〇年代』(岩波新書、二〇一九年)、一九六―二一二頁。本書では第四章で扱う。
※3 このような空間的な広がりに加えて、時間軸の問題もある。近年の公民権運動研究では「長い公民権運動論」が唱えられてきた。この議論によれば、黒人解放運動は一九三〇年代のデトロイトなど北部地域でも労働運動と連携しながら展開しており、公民権法以後も、アファーマティブ・アクションや公立学校の人種統合を求める闘争を継続した。その見方からすると、キングらの運動として公民権運動を捉える議論は、アメリカでは既に人種差別が撤廃されたと主張する保守派のための神話にすぎない。藤永康政『〈黒人自由闘争〉のアメリカ史:公民権運動とブラック・パワーの相剋』(岩波書店、二〇二四年)、三四―四一頁。
※4 司馬遼太郎『坂の上の雲 八』(文春文庫、一九九九年)、二七二―二七四頁。
※5 中村政則『『坂の上の雲』と司馬史観』(岩波書店、二〇〇九年)、一〇〇―一〇一頁。
※6 中村政則は司馬遼太郎に比べて歴史的事実の理解が正確な小説家として吉村昭を挙げている(中村、前掲書、四七―四八頁)。だが、その吉村の『海の史劇』(一九七二年)も、日本海海戦による日本の勝利によって、欧米の帝国主義に直面した世界各地の民族運動が刺激され、「白人に対する長年の鬱憤をはらすとともに、民族意識に目ざめた」と述べている。吉村昭『海の史劇』(新潮文庫、一九八一年)、六六三頁。
※7 福間良明『司馬遼太郎の時代:歴史と大衆教養主義』(中公新書、二〇二二年)、二二三―二三一頁。

 そこで本書の前半では、『坂の上の雲』が語った日本の勝利と、二十世紀後半の世界的な脱植民地化とを結ぶ、政治的な力学を示す。日本は、第一次世界大戦後のパリ講和会議では、欧米列強と対等な地位を求めて、人種差別の撤廃を提案した(第一章)。戦間期の日本は、当初は他の帝国と協調して脱植民地化の動きを封じ込めたが、その後さらに植民地を拡大したことで、イギリスやアメリカとの対立に至った(第二章)。そして、これらの帝国が第二次世界大戦を通じて互いを切り崩した結果、日本の帝国が解体される一方で、ヨーロッパの帝国も動揺し、脱植民地化への道が開かれた(第三章)。

 この政治的な力学を、本書では「帝国の競争」と呼ぶことにしたい。競争という力学の特徴は、市場競争に典型的に見られるように、そこに参加する主体同士の相互作用を通じて、いずれの主体も意図していない帰結を生み出すことにある。日本は欧米列強の白人支配を批判する一方で、自らは朝鮮半島や満洲といった近隣地域を植民地化し、搾取した帝国だった。しかし、それが他の帝国との対立を生み、戦争を引き起こし、最後には植民地支配そのものを掘り崩した。この競争の力学が、帝国の意図とは全く異なる形で、植民地に独立の機会を開いたのである。アメリカにおけるマイノリティの権利の拡大も、その流れの中で生じた。

 多様な人種と民族を支配する帝国は、常にマイノリティの反乱に直面する可能性を抱えている。だからこそ、他の帝国との競争で優位に立つには、軍事力や経済力を強化するだけでなく、自らの支配の道徳性を示さなければならない。この道徳的な優位性をめぐる競争が、マイノリティの権利を前進させる歴史のエンジンの役割を果たしたと本書では考える。しかし、ここから次の問いが浮上する。戦前の日本が白人支配と対決したのだとしたら、なぜ戦後の日本では、アメリカに比べてマイノリティの権利の拡大が遅れたのか。それは、旧植民地からの批判が長期にわたって封じ込められていたからだというのが、本書の第二の主張である。

日本でマイノリティの権利の拡大が遅れた理由

 脱植民地化がアメリカのマイノリティの権利の拡大を促したという考え方は、日本における進展の遅れを説明する上でも新たな視点を与えてくれる。それは、日本でその鍵を握っていたのが、旧植民地の動向だったという見方である。

 そこで、本書では朝鮮半島に注目する。戦前の朝鮮半島は日本に植民地化された後、世界的に見ても大規模な独立運動の舞台となった。そして、この植民地の出身者の一部は、日本国籍を剝奪された在日コリアン(※8)として、戦後も日本列島に引き続き居住し、様々な差別の対象となった。ところが、この状況において、解放後の朝鮮半島が韓国と北朝鮮という二つの国家に分断されてしまった結果、日本に対する批判は封じ込められる(第四章)。やがて日本でマイノリティの権利の拡大が生じる契機となったのは、韓国の民主化運動の拡大と、日本の植民地支配に対する批判の復活だった(第五章)。一九九〇年代以降の日本で生じた政党政治の「右傾化」は、この旧植民地の批判への反動としての側面を持っていた(第六章)。
 以上の説明は、マイノリティの権利がアメリカから輸入された西洋思想の産物だというイメージを改めるだろう。アメリカでも日本でも、マイノリティの権利の拡大は脱植民地化という世界史的な潮流の一部だった。両者の違いは、その圧力が到来したタイミングの違いにある。日本のマイノリティの権利は、時期が遅れたとはいえ、日本の脱植民地化によって拡大したと本書は考える。

注 ************************************
※8 本書では、朝鮮半島にルーツを持つ日本列島の住民について、戦前に日本が朝鮮を植民地として支配した時代(第三章まで)は「在日朝鮮人」、戦後に朝鮮半島が分断されて韓国と北朝鮮が成立した時代(第四章以降)は「在日コリアン」という表記を用いる。

本書『道徳を競う帝国──マイノリティの権利はどこからきたのか』では、下記の構成で、これまで私たちが自明視して疑わなかった、「西洋中心主義の価値観」を根底から覆していきます!


第一章 人種主義に抗う帝国  
第二章 大日本帝国を揺るがす植民地  
第三章 マイノリティの運命の分岐点
第四章 日本では起きなかった権利革命
第五章 加わり始める外圧
第六章 脱植民地化に対する反動の時代

著者

前田健太郎(まえだ・けんたろう)
東京大学教授。1980年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。首都大学東京准教授を経て現職。専門は政治学、行政学。著書に、『市民を雇わない国家――日本が公務員の少ない国へと至った道』( 東京大学出版会、サントリー学芸賞)、『女性のいない民主主義』(岩波新書)、『権力を読み解く政治学』(羅芝賢と共著、有斐閣)がある。
※刊行時の情報です。

■『道徳を競う帝国 マイノリティの権利はどこからきたのか』より抜粋
■注、図版、写真、ルビなどは、記事から割愛している場合があります。

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