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霜降り・せいや、ものまねした『母に捧げるバラード』がバズる リスナーも「脳内で永遠に再生される」

Techinsight

せいや、1人で出演した『ANN』の奮闘ぶりに「神回」の声

お笑いコンビ・霜降り明星の粗品がワクチン接種の副反応で発熱したため、7月30日深夜放送のラジオ番組『霜降り明星のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)は急遽せいやが1人でパーソナリティーを務めた。するとほぼノンストップでしゃべり続けるせいやの奮闘にリスナーからTwitter上で「神回」「伝説回」と反響があり、なかでも武田鉄矢率いる海援隊の名曲『母に捧げるバラード』のものまねはオンエアから数日経っても話題になるほどバズっている。

せいやは本来粗品とトークするところを1人でこなすために、リスナーが「せいやさんこんばんは」で始まるメールをくれたらどんな相談や質問にも答えるという進行を考えていた。ところが届くメールは「さんまさんこんばんは」、「上田晋也さんこんばんは」や「レゲエするグーフィーこんばんは」といった振りばかりで、せいやがそのお題に応えるという“ものまねオンパレード”が続いたのである。そのパフォーマンスにはリスナーから「素晴らしいエンターテインメントに感動、ずっと笑いっぱなし…」と反響があった。

怒濤のものまねトークの合間に「それではここで音楽を」とナレーションが入り『母に捧げるバラード』のイントロが流れると、歌が始まってもすぐにはものまねと気づかないほどオリジナルに寄せていた。武田鉄矢をものまねする芸人と言えばコロッケやホリが有名だが、霜降り明星の漫才に「武田鉄矢」というネタがあるほどせいやも得意としている。海援隊のデビュー時のヒット曲『母に捧げるバラード』(1973年)は武田鉄矢が母・武田イクさんに向けたメッセージを語りかけるように歌う楽曲で、タバコ屋を営むイクさんがまだ大学生の息子を「こら鉄矢!」とたしなめるフレーズが有名である。

せいやが武田鉄矢のものまねで『母に捧げるバラード』を披露したところ、トラックの運転中に笑いすぎてハンドルをとられてしまい「死ぬとこでした 笑」というリスナーがいれば、翌日の部活動中にオンエアを思い出した学生は「いまも~」と口ずさみそうになったそうだ。「最初の母に捧げるバラードは、不覚にも泣きそうになりました」という声もあるように、2時間の生放送でせいやはこの曲をなんと4回も歌っており「一生分の母に捧げるバラード聴いた気がするわ」という人も複数見受けられた。

しかも数日経ってなお、せいや絡みのツイートが飛びかっている。「もう天才的な2時間だった。ピンチはチャーーンスだね。母に捧げるバラードが何回流れてきても聴ける。永遠に聴けちゃう」、「オールナイトニッポン(せいやソロ)は衝撃的な回だった。母に捧げるバラード、忘れることはないでしょう」という声があがり、このたびせいやの歌を聴いた人たちはしばらく頭から離れないかもしれない。

ちなみに2014年11月放送のNHK総合『ファミリーヒストリー 武田鉄矢~武田家の栄光と没落 見つかった母の肉声~』によると、海援隊は『母に捧げるバラード』に続くヒットがなかなか出なかったという。福岡の実家に帰った武田鉄矢を母は「人生は思い通りにはいかん、でもあきらめたらばそこでおしまいばい」と諭したそうだ。その後、息子は映画『幸福の黄色いハンカチ』に抜擢されて俳優としての道を進み、ドラマシリーズ『3年B組金八先生』(TBS系)が大ヒットするのだった。武田イクさんは1998年10月に78歳で亡くなったが、お元気だった頃は子育てなどをテーマに講演会を行ったり地元のテレビ番組やCMに出演してユーモアがありハキハキした話しぶりで愛された。

画像2枚目は『しもふりチューブ 2019年9月4日公開YouTube「漫才『武田鉄矢』【霜降り明星】17/100」』のサムネイル
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)

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