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イギリスには、なぜいまだに国王がいるのか? その存在を紐解く【世界史のリテラシー:君塚直隆】

NHK出版デジタルマガジン

イギリスには、なぜいまだに国王がいるのか? その存在を紐解く【世界史のリテラシー:君塚直隆】

世界の今を解くカギは、すべて歴史の中にある――。

誰もが一度は耳にしたことがある「歴史的事件」と、その「なぜ」を考えることで今の世界や未来まで見通す「世界史のリテラシー」シリーズ。

関東学院大学教授の君塚直隆さんによる『世界史のリテラシー イギリス国王とは、なにか ~名誉革命』は、いまなお君臨する「イギリス国王」という存在が、どのようにして成立したか、またその歴史的意義とはなにかという問いについて「名誉革命」をキーワードに読みときます。

今回は、著者の君塚さんによる本書へのイントロダクションを紹介します。

わずか28の君主国のひとつ、イギリス

 二〇二三年五月六日、ロンドンのウェストミンスタ修道院で、イギリス国王チャールズ三世(在位二〇二二〜)の戴冠式が厳かに執りおこなわれました。

 イングランドでこんにちに続くような戴冠式が挙行されるようになったのは、いまから一千年以上前のことです。アゼルスタン王の時代(西暦九二五年)に始まり、彼の甥のエドガー王の治世(九七三年)には、現代にも続く「宣誓(教会や法、民を守るとの誓い)」「塗油(聖油を身体や頭に塗る)」「戴冠(王冠をかぶる)」という三つの儀式が並立され、王が神からパワーを授けられる重要な儀礼として、ここに定着していったのです。

 ウェストミンスタ修道院で戴冠式がおこなわれるようになった始まりは、一〇六六年のことです。特に「ノルマン征服」で有名なウィリアム一世(在位一〇六六〜八七)によってここで儀式をおこなうことが定着し、以来、チャールズ三世まで四十人もの歴代の王たちがウェストミンスタで戴冠式を執りおこなってきました。

 新国王のクリスチャンネーム(洗礼名)はチャールズ・フィリップ・アーサー・ジョージといいます。王は即位の際に、このなかから王名を選ぶことができます。この本でこれから見ていくとおり、「チャールズ」という名前はイギリス(イングランド)史のなかでもあまり縁起のいい王名ではないのですが、七十年以上にわたって王家の内外において、「チャールズ」として親しまれてきた国王は、最終的にこの名前を選んだようです。

 二十一世紀の現在、世界にはおよそ二百ほどの国が存在しています。しかし国家元首に王や大公、侯爵や首長などをいただく君主国はわずか二十八にすぎず(これに、カナダやオーストラリアなど、イギリス国王を元首にいただく英連邦王国十四か国も加えると四十二か国)、大半の国が直接的・間接的に国民から選ばれる大統領を元首にいただく共和国となっています。

 これら君主国のなかで、私たち日本人が真っ先に思い浮かべる外国がイギリスでしょう。とりわけ二〇二二年九月に、七十年と七か月に及ぶイギリス史上最長の在位を誇ったのちに大往生を遂げたエリザベス二世(在位一九五二〜二〇二二)の姿は、長年にわたり、日本人にも強く印象づけられてきました。

 なぜイギリスにはいまだに王様が君臨しているのでしょうか。長いヨーロッパの歴史をともに形成してきた、フランスでもドイツでもイタリアでも、王様たちはとうの昔に放逐されてしまい、いずれも共和制を採用しているのに、なぜイギリスだけが二十一世紀のこんにちでも君主をいただいているのでしょうか。

 第二次世界大戦の直後に当時のエジプト国王が次のような言葉を残しています。

「この世で最後まで生き残る王は五人だけだ。トランプの四人の王様とイギリス国王である」

 これほどまでに言われるイギリス国王の強さはどこに原因があるのでしょうか。その答えのひとつがこの本でこれから取り上げる「名誉革命」(一六八八〜八九年)にあるのです。

 イギリスでは、その長い歴史のなかで諸侯たちの集まりに端を発する「議会」が大きな力を持ち、「王権」に制限を与えてきました。こうした過程でもちろん王権と議会が衝突するような場面も見られました。しかしそれも名誉革命により、イギリスに国制(憲法)によって君主の権力が規制される「立憲君主制」が確立され、その当時のヨーロッパ大陸の大半の国々が採っていた、君主が統治のうえであらゆる権能を備える「絶対君主制」とは一線を画することとなったのです。十八世紀末からは、絶対君主制を採る国では次々と市民による革命が発生し、皇帝や国王、貴族らは歴史の表舞台から姿を消していきました。こうしてイギリスなど立憲君主制を採る国々のみに王様たちは生き残っていったのです。

 この本は、二十一世紀の現代にも力強く生き残る「イギリス国王」という存在について、歴史的に考察することを目的としています。第一章では、イギリスに立憲君主制が確立される契機となった名誉革命の全容を明らかにします。続く第二章では、名誉革命が生じるに至った歴史的・宗教的な背景をとらえます。第三章では、イギリスに議会を主体とする立憲君主制が確立されたことが、国内では議院内閣制の成立を、対外的には「財政=軍事国家」の形成をそれぞれもたらした状況を考察します。そして最後の第四章では、十九世紀から二十一世紀の現在にも立憲君主としてのイギリス国王が、時代の変化とともにその役割を徐々に変えながらも、君臨し続けている様子を見ていくことにいたしましょう。

著者

君塚 直隆(きみづか・なおたか)
1967年東京都生まれ。関東学院大学国際文化学部教授。立教大学文学部史学科卒業、英国オックスフォード大学セント・アントニーズ・コレッジ留学、上智大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程修了。博士(史学)。専門はイギリス政治外交史、ヨーロッパ国際政治史。主な著書に『ヴィクトリア女王』『物語 イギリスの歴史』(上下)『エリザベス女王』『貴族とは何か』『君主制とはなんだろうか』など。
※刊行時の情報です。

■『世界史のリテラシー イギリス国王とは、なにか ~名誉革命』より抜粋
■脚注、図版、写真、ルビ等は権利などの関係上、記事から割愛しています。

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