「金利ある世界」で地方銀行が直面する本質的な課題
日銀のマイナス金利政策の解除を受け、多くの地方銀行において本業である融資ビジネスに回帰する動きがみられる。他方、長く続いた低金利政策下で地方銀行を取り巻く環境は様変わりしており、従来の取り組みの延長では十分な果実を得にくくなっている。本記事では、「金利ある世界」で地方銀行が直面する本質的な課題とは何かについて考える。
日銀のマイナス金利政策の解除は地方銀行には追い風
2024年5月に開示が集中した地方銀行の2024年度業績見通しや中期経営計画からは、マイナス金利政策の解除による金利上昇を見込んで、地方銀行が融資ビジネスを強化しようとする流れを確認できる。
例えば、百五銀行が中期経営計画において「地域内中堅中小企業向け融資を確実に積み上げる」とコメントしているように、貸出残高の増加に向けた動きがみられる。
また、北國フィナンシャルホールディングスが中期経営計画において「プライシングを重視した対話」「透明性のある金利体系についての対話を継続」とコメントしているように、将来の金利引き上げに向けて顧客企業とのコミュニケーションを強化しようとする動きもみられる。
こうした中、横浜銀行などの持ち株会社であるコンコルディア・フィナンシャルグループでは、「2025年3月に政策金利が0.5%に上昇した場合、4年後には2024年度計画対比350億円の業務粗利益上昇効果が見込まれる」と試算している。
マイナス金利政策の解除は、地方銀行の業績に対してプラスに寄与すると想定されているのだ。
ただし、マイナス金利政策の解除が必ずしも地方銀行の収益に大きく貢献するわけではない。その理由を次で見ていきたい。
【要因1】貸出形態の内訳
マイナス金利政策の解除が必ずしも地方銀行の収益に大きく貢献するわけではない要因の一つ目は、貸出形態の内訳である。
メガバンクなどが中堅・大企業向けに融資を行う場合は、市場金利連動型貸出(※1)が主流であり、地方銀行などが中小企業向けに融資を行う場合は、短期プライムレート連動型貸出(※2)が一般的となっている。
※1…TIBORなどの市場連動金利に利ざやを上乗せする貸出方式
※2…各銀行が独自に設定する有力企業向け融資の際の最優遇金利に利ざやを上乗せする貸出方式
市場金利連動型貸出は名前の通り、市場金利が上昇すると貸出金利の利率も連動して上昇するため、貸出金利息もおおむね自動的に増加する。
一方、短期プライムレート連動型貸出の場合、ベースとなる短期プライムレートは、各地方銀行においてメガバンクや有力地方銀行のレートなど他行の状況を見ながら決定している。そのため、競争環境も踏まえて、少しタイミングが遅れがちになることも想定される。
また、金利の引き上げに際して顧客企業と個別に交渉する必要があり、短期プライムレートの引き上げ後、速やかに金利引き上げ交渉を行う必要があるものの、顧客の理解を得るまでに時間を要することから、例えば既存融資の折り返しや新規融資などのタイミングで徐々に金利を上げていくケースもあるだろう。
つまり、短期プライムレート連動型貸出の場合は、金利引き上げの効果発現まで相応の時間を要すると言える。
こうしたことから、短期プライムレート連動型貸出が割合的に多い地方銀行や、地域の競争環境が厳しい地方銀行ほどマイナス金利政策解除の恩恵が限定的になる可能性が高い。
例えば、千葉銀行は、2024年5月の開示資料において、2024年9月に政策金利が0.5%に引き上げられ、同行の短期プライムレートも2024年9月以降に0.5%引き上げた場合の、短期プライムレート連動型貸出の追随率を80%と想定している。
同行は、千葉県内における貸出金比率40%超と県内最有力の地方銀行だ。
他の地方銀行対比では金利引き上げの牽引力を有するとみられ、他の地方銀行では同じような追随率を達成できるのか、個々に検証していく必要がある。
【要因2】営業担当者の「対話力」の低下
マイナス金利政策の解除が必ずしも地方銀行の収益に大きく貢献しない要因の二つ目は、地方銀行の営業担当者の「対話力」の低下だ。
金利上昇局面においては、余裕のある優良企業ほど借入を抑制する可能性がある一方、財務内容の悪い企業ほど金利負担が大きくなるため、金利引き上げへの抵抗が強くなる傾向にある。
銀行の営業担当者には、顧客企業との丁寧なコミュニケーションを通して、顧客企業の業界環境やビジネスモデルを理解し、悩みや課題に寄り添った対話ができる力が求められている。そして、こうした逆風下の金利引き上げ局面でも、これまでと変わらず「対話力」がキーになる。
しかしながら、長く続いた低金利政策下において、多くの地方銀行の営業担当者の「対話力」は一般的に低下しているとみられている。その要因を「質」と「量」の両面から確認していくことにする。
「質」:(1)顧客企業の悩みやニーズを把握する力の低下
銀行の営業担当者の役割は、顧客企業から悩みを相談してもらえる関係を構築し、顧客企業の様々な課題を解決して、最終的に資金ニーズを引き出すなど自行のビジネスにつなげていくことにある。
しかし、マイナス金利政策下において、金融機関の金利競争環境が激しさを増したことも相まって、顧客企業は融資の取引順位にかかわらず、最小限の金利負担で融資を受けることができた。
他方、融資する金融機関側も低金利を武器に比較的融資の残高を積み上げやすい環境にあって、営業担当者が「対話力」という付加価値を武器に営業を行う機会は少なかったと言える。
また、ソリューション営業に特化した本部組織を強化している地方銀行も散見されるが、営業店の営業担当者自身が顧客企業に寄り添って具体的なニーズを把握するのではなく、プロダクトアウト志向で単に顧客企業を本部につなぐだけの営業担当者が増えていることも、営業担当者の「対話力」が育たない要因となっている。
「質」:(2)金利引き上げ交渉のノウハウが現場にない
日銀による利上げは2007年2月以来、17年ぶりとなる。そのため、20代~40代前半の地方銀行の営業担当者は、顧客企業と貸出金利の引き上げを交渉した経験がなく、現場にノウハウがないといった課題もある。
また、金利引き上げ交渉は顧客に喜ばれるものではなく、特に若手行員にとってはストレスのかかる行動となる。金利引き上げ交渉のノウハウがないことに加えて、若手行員の心理的なケアも必要になってくる可能性がある。
「量」:(1)営業担当者が足りない
「量」の面では、まず営業担当者の「数」が絶対的に不足している。地方銀行の職員数は、定年退職による自然減のほか、離職率の高止まりや業界を超えた新卒獲得競争の激化といったことが要因で、ここ5年間だけでみても約10%減少している。
また、本部勤務を志向する銀行員の割合が高まっているという現場の話もあり、離職を防ぐために営業店に配属しにくくなっているという要因も相まって、特に現場での営業担当者の「数」が不足している。
注:経営統合や合併に伴う加盟協会の変更について、遡って職員数を調整している
出所:全国銀行協会の開示資料によりFMI作成
「量」:(2)融資で対話する時間が足りない
顧客企業と対話する「時間」も不足している。バブル崩壊後の約30年を振り返ると、投資信託や保険商品の銀行窓口販売を皮切りに、規制緩和で様々なサービスの販売が可能になった。
これにより、営業担当者の立場からみれば、業績考課項目の優先順位という点でも本業である融資業務に充てられる「時間」を確保しなくなっており、融資で対話する時間が減少している。
そして、近年働き方改革が進む中、過去との比較では圧倒的に残業時間が減少していることも、時間が足りない要因となっている。
まとめ
本記事では、「金利ある世界」で、地方銀行が本業である融資業務に回帰するにあたっての本質的な課題を述べてきた。
一般的に短期プライムレート連動型貸出が多い地方銀行において、低金利政策下の環境変化もあり、「質」と「量」の両面で地方銀行の営業担当者の「対話力」は低下している。
多くの地方銀行で経営資源が限られてくる中、今後重要なのは、ボリューム重視から質重視への戦略の転換だ。
顧客の囲い込み(メイン化)を図りつつ、深い対話ができる環境を作り、人材育成とともに営業担当者一人あたりの収益をいかに最大化していくか。このような動きが広まっていくのかを注目している。
執筆者:フロンティア・マネジメント株式会社 安田 瞳、フロンティア・マネジメント株式会社 後藤 尊志