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4人のきょうだいが力を出し合い、幸せの場所づくりをする作並温泉『湯の原ホテル』。一滴がやがて大河となる日まで

さんたつ

【旅の手帖】湯の原ホテル

ここは“仙台の奥座敷”といわれる、宮城県の作並温泉。親から引き継いだ大切なホテルを守りたい——。その思いを胸に家族が集まって、訪れた人の幸せを紡ぐ場所づくりに力を尽くしている。

湯の原ホテル

今回の“会いに行きたい!”

女将の菅原由香里さん・館主の菅原敬史さん

普段飲みに行く時間もない「女性が喜ぶ」サービスを

温泉旅館は、家族が一致団結して切り盛りしていることが多い。『湯の原ホテル』もそんな温かい絆を垣間みる宿だ。

3代目館主・菅原敬史さんと女将・由香里さんは、日本三景・松島にある『松島一の坊』で働いているときに知り合った。一の坊は菅原家とは縁戚で、『湯の原ホテル』の創業者も一の坊の支配人を経て、昭和33年(1958)に独立した。

二人は結婚17年目。高校生の長女から、「将来はパパとママのようになりたい」と言われるほど仲がよい。敬史さんが財務など宿の経営全般を担当し、由香里さんは接客のほか、調理師免許を取得して調理も手伝う。

敬史さんの弟・陽介さんは総務部長兼カフェの店長、由香里さんの兄・岩崎智哉さんは料理長として、4人のきょうだいが団結して宿を守る。

『湯の原ホテル』は、平成の終わりに民事再生により再出発している。この時、銀行が提示した条件は「若い4人が協力して再建すること」だった。

アンティーク家具が温かみを醸す特別室「浪漫(ろまん)」。レコードプレーヤーで音楽を聴くこともできる。

由香里さんは出産後も22日で復帰し、3人の子育てをこなしながら女将業に邁進し、宿を支えた。作並には温泉街がないので、どう過ごせばお客さんが楽しめるか。特に「女性が元気になる宿」について徹底的に考え、サービスを構築した。

家庭の主婦は外に飲みに行けないことが多いから、アルコールを充実させた。例えばウエルカムドリンクはコーヒーだけでなく生ビール、日本酒、季節のオリジナルカクテル、ニッカシードルなど10種から選べ、時間も17時30分までと長くした。

また、夕食後はドリンクサービスとして自家製梅酒やアップルブランデー、サングリア、ビネガードリンクなどが飲み放題になる。この日はBGMにビリー・ジョエルの『Honesty(オネスティ)』が流れていた。由香里さんいわく「ちょっと懐かしい音楽をセレクトしている」そう。

「女性がいきいきしていると、家族みんなが元気になって、ハッピーになれるでしょう? ギスギスした社会の中で、家族がささやかな幸せを感じることができる、そんな宿でありたいなって思うんです」

夕食後のドリンクサービスでは、女性を意識した自家製サングリアなどのアルコール類が飲み放題。
「健美コース」の宿泊プランでは、料理長自慢のフレンチ風の盛りつけで料理が供される。

大理石×檜で癒やされる、かけ流しの貸切風呂を新設

源泉かけ流しを堪能したかったら、貸切風呂「阿吽(あうん)の湯」を予約しよう。木のぬくもりが上質な時間を約束してくれる。

由香里さんの心配りはスタッフにもおよぶ。料理長である兄に教えを乞い、調理師免許を取得したのは「スタッフをきちんと休ませる」ことが目的だったという。

ネパール人女性スタッフの出産にも立ち会い、周囲からは「相撲部屋の女将さんみたい」と言われるそうだ。「いずれ国に帰るからこそ、持ち帰るものを増やしてあげたい」と親のような心で接していて、外国人スタッフからすれば心強い雇い主だろう。

館内には、婿入りした2代目の実家から持ってきた年代物の仙台簞笥(たんす)など、趣ある家具が置かれている。

ロビーにある八角形の木枠のオブジェもおもしろい。田んぼに苗を手植えするときにマス目状の印をつける農機具と、初代女将の着物を使ってアレンジしたものだ。地域の古いものを目にして、地元のお客さんからは「懐かしい」との声も上がる。

農機具と着物をアレンジしたオブジェが飾られたロビーラウンジは、個性的なくつろぎの空間。

温泉旅館の大きな風呂で手足を伸ばすと、それだけで特別感があり癒やされるが、『湯の原ホテル』の風呂は国産の大理石を使った豪勢なもの。昭和33年に建造された大浴場は、当時はやっていたローマ風呂を思わせる優美な造りで、花びらのような曲線的なフォルムが美しい。レトロモダンなこの風呂に24時間好きなだけ入れるのもうれしい。

貸切風呂は無料で入れる「鳳鳴(ほうめい)の湯」と有料の「阿吽の湯」の二つがある。「阿吽の湯」はコロナ禍に新設したもので、宮城県産の杉・檜と大理石を使い、ほのかな明かりのなか、のんびりとかけ流しの温泉に浸かることができる。洗い場はなく、ただ湯と憩える造りだ。

レトロモダンな大理石の大浴場。時間による男女入れ替え制。

名物は「オープンシュー」。作並温泉のニューフェイス

2020年からのコロナ禍では、半年くらいほぼ休館の状態が続き、「もうダメかもしれない」と心折れる日々が続いたという。

そんななかでも、休館中に大きな宴会場を19の個室に仕切って食事処に改装したり、貸切風呂「阿吽の湯」を造ったり、ロビーにバーカウンターを設置したりと、コロナ後を見据えて宿の魅力を増やす努力を続けた。

『山ノ季』店長の陽介さんはカフェのみならず、新設の貸切風呂や客室の設計などにも携わった。

そして2023年、作並温泉にこれまでなかった雰囲気のカフェ『山ノ季(やまのとき)』を館内にオープンした。外に設えた足湯とともに、カフェ好きな若年層を取り込むことにも成功したという。

「ここは私が子どもの頃は、カツ丼やラーメンを出すドライブインだった場所なんです」と店長の陽介さん。宿の次男として育った陽介さんは、実家がピンチを迎えたとき「自分にできることがあるのではないか」と迷わず作並へと戻ってきたという。

立ち寄り客も自由に入れるカフェ前の足湯。

カフェは、仙台市内で飲食店の開業・運営に携わってきた陽介さんがデザイナーとともに内装を考えて完成させた。豆は仙台市内のコーヒー店を回って、最も味わい深いと感じた『いずみや珈琲豆店』のオリジナルブレンド。

スイーツはSNSで映える、季節のフルーツを使った「オープンシュー」を独自開発した。オープンシューとは名前のとおり、開いたシュー生地の上にフルーツをデコレーションしたもの。甘すぎないカスタードクリームと、しっとりサクサクのシュー生地が絶妙な味わいを生んでいる。

彩り鮮やかなマスカットのオープンシュー。季節のフルーツを月替わりで。

「認知してもらうまでが大変でした。作並温泉の魅力の一つにしていきたい」と陽介さん。現在、日中は満員御礼。宿泊客以外も訪れる人気店として存在感を増している。

市内から車で40分ほどの“仙台の奥座敷”。血縁の4人がそれぞれの強みを発揮して、新たな1ページが刻まれていく。

大女将おすすめ! 立ち寄りスポット

宿から車30分の縁結びスポット「定義如来 西方寺」

写真=宮城県観光戦略課。

縁結びにご利益あり!?の平家ゆかりの寺院。「門前にある『定義(じょうぎ)とうふ店』の三角定義あぶらあげが有名なので、味わってみて」と女将。

無料のガイドツアーも! 『ニッカウヰスキー宮城峡蒸溜所』

写真=宮城県観光戦略課。

“日本のウイスキーの父”と呼ばれる竹鶴政孝が、昭和44年(1969)に建設したニッカ第2の蒸留所。赤いレンガ色の建物が目印。

湯の原ホテル
住所:宮城県仙台市青葉区作並元木1/アクセス:JR仙山線作並駅から車5分(無料送迎あり、要予約)

取材・文・撮影=野添ちかこ
『旅の手帖』2025年1月号より

野添ちかこ
温泉と宿のライター/旅行作家
神奈川県生まれ、千葉県在住。心も体もあったかくなる旅をテーマに執筆。著書に『千葉の湯めぐり』(幹書房)、『旅行ライターになろう!』(青弓社)。最近ハマっているのは手しごと、植物、蕎麦、癒しの音。

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