性暴力被害者が語る「永久に消えない辛さ」
芸能界における性暴力が社会的問題としてクローズアップされた中、23年前に性的被害を受けた女性が赤穂民報の取材に応じ、歳月が経過しても癒えることのない被害の深刻さを訴えた。
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何食べたか記憶残らず
「20年以上前のことですが、私にとっては永久に消し去ることができません」と語るのは、現在は関東方面で暮らすX子さん(51)。彼女は赤穂市内の事業所に勤務していた27歳のとき、経営者のA氏から望まない性的行為を受けた。
X子さんと関係者の証言をまとめると、事件があったのはX子さんがA氏の事業所に就職して2年10か月後の2001年10月。「いい店を見つけた」というA氏に誘われ、その日の業務終了後、太子町内のレストランにA氏が運転する白い軽自動車で向かった。それまでも年に数回はランチをおごってもらったり、A氏の交際女性も交えて会食したりすることがあったという。
X子さんは「日頃からAは『マッサージをしてあげる』と言って身体を触ってきたり、セクハラやパワハラがひどかったので、好きで食事について行っていたわけではない」と言う。嫌な誘いを断らなかったのは、学生時代から夢見たイギリス留学に必要な資金を貯めるために仕事を失うわけにいかなかったからだ。マッサージを断ったら無視されたり、日常的に「あんたみたいな奴、他では雇ってもらえへんで」「うちで働きたい言う人が他にあるからな」などと言ってくるA氏の機嫌を損ねて仕事を辞めさせられるのを避けたかった。
その日の会食場所はX子さんは初めて行く店で、男性のオーナーシェフが一人で切り盛りしていた。A氏がメニューを注文し、出されたワイン2〜3杯と料理を口にした。
しかし、X子さんの店での記憶はそこまで。次に意識が戻ったのは翌朝で、見知らぬ部屋の布団で服を着た状態で目が覚めた。窓の向こうに日頃職場から見えている向かいのアパートがいつもと違う角度で見えた。X子さんが寝かされていたのは、職場の2階にあるA氏宅の一室だった。
「最初は訳がわかりませんでしたが、私が酔い潰れてしまったのだろうと思いました。でも、どうやって2階まで階段を上がれたのか。記憶をたぐろうとしましたが、まったく思い出せないんです。お店で何を食べたのかもわからない。うっすら覚えているのは、私がレストランで泣いたり、怒ったり、感情が高ぶったような記憶だけでした」
衣服の着心地に微妙な違和感を感じたものの、目立った乱れはなかったという。X子さんは「酒に酔って記憶をなくし、所長(A氏)に迷惑をかけた」と申し訳なく思いながら自宅に帰った。その数日後、X子さんはA氏から思いもよらない話を告げられた。
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加害者の自白で被害を知る
X子さんの証言によると、A氏は「話がある」と言って、わざわざ会社の外に連れ出し、「後から思い出してショックを受けたらあかんから言うとく」と、食事した後、X子さんに性的行為をしたことを自白してきた。「私下手なんですって言いながら(口で)してくれた。ほんまに覚えてへんの?」と、まるでX子さんの同意があったかのように言ってのけ、謝罪は一言もなかったという。
「あまりのショックで言葉が出ませんでした。これは自分が悪いんかな、と自分を責めました。セクハラやパワハラで軽蔑していたAにそんなことをさせられて、生きているのが辛くなりました」
イギリス留学へ出発する3月下旬までは勤務することになっていたが、X子さんはA氏とともに働くことに耐えられなくなった。退職予定日まで2か月以上を残した2002年1月20日、A氏に向かって「許せない」「(被害の後)死ぬほど苦しかった」などと懸命に抗議し、その日を最後に会社を辞めた。
X子さんは姫路市の男女共同参画推進センターに被害相談に行き、警察へ被害届を出すことも考えたが、念願の留学を目前に控えていたことと、「性被害者だと周囲に知られるのが怖かった」ため、その時点では刑事告訴に踏み切れなかったという。しかし、イギリス滞在中もセンターの女性相談員が手紙を送ってくれるなど親身にサポートしてくれたことで、X子さんは帰国後の2003年、勇気を出して警察へ被害届を提出した。
「アルコールは弱い方ではない」というX子さんが記憶をなくしてしまっていることや、それでいながら自分の足で階段を上がったとみられることなどから薬物の使用も疑われたが、物的証拠がなく不起訴となった。X子さんは「嫌な記憶から遠ざかりたい」と県外へ転居。その後は被害を思い出さないように努めてきたが、性暴力の報道を見るたびに当時のことがよみがえった。特に昨年以降、芸能界における性加害問題が大きくクローズアップされた中、フラッシュバックが起きた。
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意を決して抗議も「制裁難しい」
自分がずっと苦しみ続けている一方、A氏は何事もなかったかのように現在も会社を経営し、さらに社会的立場のある役職にも就いていることを知ったX子さんは今年1月、意を決し、A氏が属する団体の事務局に「性犯罪を犯した非人道的な人物が役職に就いていてよいのか」とA氏の退任を求める抗議メールを送った。
回答には、A氏とX子さんとの間にトラブルがあったことは否定せず、「不起訴処分となっており、何らかの制裁を科すことは難しい」「辞職は本人の意思により決定すべきもの」などと書いてあった。
A氏は赤穂民報の取材に、「食事の後、彼女の自宅まで送っていったが、彼女が『帰りたくない』と言って抱きついてきた。私は同意があったものと思っている」「添い寝して胸を触っただけ」と答え、その他の性的行為は否認。薬物の使用は「100%ない」と断言した。性加害の自白も「そういうことはない」とし、セクハラやパワハラについては「肩をマッサージしたことはあるが記憶にない」と否定した。
被害後からX子さんの相談に乗ってきた相談員の女性は「彼女の話は最初から一貫しており、内容に矛盾はない」と話している。
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性暴力の9割 顔見知りから
内閣府男女共同参画局のホームページでは、「同意のない性的な行為は、性暴力であり、重大な人権侵害です」と明記している。内閣府が3年に一度実施している「男女間における暴力に関する調査」の2023年度分によれば、女性の8・1%、男性の0・7%が「不同意性交等の被害に遭ったことがある」と回答。相手とまったく面識がないケースは約1割で、多くの場合は交際相手や配偶者、職場の関係者など、顔見知りからの被害だった。被害者の56%は「どこにも相談していない」といい、多くの被害者が相談せずに苦しんでいる状況がうかがえる。
また、法医学の清水惠子医師によると、被害者が事件に遭遇したときの記憶の欠落は「『薬を盛られて被害に遭った可能性』を示唆するキーワード」(『性暴力救援マニュアル』種部恭子編著)で、検出可能な時間内であれば採血・採尿、あるいは毛髪鑑定で証拠を得ることが可能だという。
国は、性暴力被害者の相談や診療を一つの窓口で受け付ける「ワンストップ支援センター」の整備を進め、2018年までにすべての都道府県に設置された。「#8891」に電話すれば、最寄りのセンターにつながる(NTTひかり電話を除く)。また、兵庫県内では、NPO法人「性暴力被害者支援センター・ひょうご」(TEL06・6480・1155、月〜金の午前9時半〜午後4時半、祝日・年末年始を除く)も相談を受け付けている。
これらのセンターでは、被害後間もないタイミングでの相談だけでなく、被害から年月が経過したケースでも相談に応じる。
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被害に遭ったら辛くてもまず相談
X子さんは取材を終えて、次の手記を赤穂民報に寄せた。
「とても辛いことですが、性被害に遭ったらできるだけ早く警察に行ってください。だけど、被害を受け入れることも、訴えることもとても怖いし辛いことです。だから、まずは、ワンストップセンターに電話してください。私も当時男女共同参画センターの相談員の方の支えがあり、刑事告訴まで踏み切りました。
ただ、時間が経つと薬物を飲まされたとしても、それを立証することは難しく、被害にあったこと自体無かったことにされてしまいます。
私は今もたまに起こるフラッシュバックに苦しみながら生きています。私のような経験をして欲しくない、被害に遭っても泣き寝入りして欲しくない。
あなたは一人ではない。必ず味方になってくれる人はいます。
被害に苦しむ人が1人でも減ることを願っています」