「ヘラルボニー」の手話通訳者に迫る。ろう者と二人三脚で目指す“対等にチャレンジできる”100年後の文化
「異彩を放つ作家とともに、新しい文化をつくるクリエイティブカンパニー」を掲げ、障害のある作家たちのアートを起用したプロダクトを届ける「ヘラルボニー」。
同社のウェルフェア事業部・コンテンツディレクターである菊永ふみさんの専属手話通訳者として働く平良裕希さんを取材。手話通訳者という仕事のお話を中心に、平良さんと菊永さん両者が目指す未来について伺いました。
平良裕希さん(左)/2024年ヘラルボニー入社。菊永さんの専属手話通訳者として社内外のミーティングや菊永さんが登壇する研修等の通訳を担当する他、手話通訳のアクセシビリティ整備やコーディネート業務を担当。
菊永ふみさん(右)/ろう者。ヘラルボニーのウェルフェア事業部所属。コンテンツディレクター。新規事業の「
HERALBONY ACADEMY
」ではプログラム開発や研修講師・講師育成、イベントなどのコンテンツ開発を務めている。
【写真】菊永さんが開発したボードゲーム型ワークショップ
26歳で手話を猛勉強した理由
――手話通訳者になるまでの、平良さんのキャリアを教えてください。
平良さん
短大に入学後アメリカへの留学を経て、卒業後は地元の企業に就職しましたが、それ以降の就労経験はほとんどありません。手話に出会ったのは、子どもを出産した
26
歳の時です。人生で初めて会ったろう者の女性と話してみたい!という一心で、手話の勉強を始めました。
会話が少しずつ成り立っていくのが楽しかったですね。でも同時に、
ろう者やろう文化について何も知らないこともわかりました。
――どんな発見があったのでしょう。
平良さん
手話についていうと、日本語と日本手話が全く違う言語だということです。例えば、私の言いたいことを長々と文字にして送っても、スムーズに会話が進みませんでした。ろう者といっても人によってコミュニケーション方法は異なります。彼女の第一言語は日本語とは文法が異なる日本手話でしたから、会話が深まらないのは当然でした。
それを知ってから本格的に日本手話(以下、手話)を学ぶことを決めたんです。専門学校に通うことは叶わなかったので、講習会や研修会などに参加したり、ろう者の友人からアドバイスをもらったりと、必死に勉強しました。
ヘラルボニーで専属の手話通訳者に
――ヘラルボニーに入社したのはいつですか?
平良さん
それから
10
年後です。その間、手話通訳者と手話通訳士の
2
つの資格を取得して、さまざまな組織や民間企業でフリーランスとして働きました。企業研修や就職面接、病院や小学校の保護者会など通訳現場は多岐にわたりました。
――現在は菊永ふみさんの専属として働いていますが、ろう者1人に手話通訳者が1人つくという環境は珍しいのではないですか?
平良さん
そう思います。この環境が実現できているのは、菊永さんというろう者への理解と、
手話通訳者
という存在への理解がヘラルボニーにあるからです。
私は菊永さんが参加するミーティングや出張に同行し、彼女が登壇する研修や講演の通訳を担当しています。専属という環境を与えられているからこそ、菊永さんがあらゆる場面で制限なく、自身の力を発揮するための手話通訳者でありたいと思っています。
手話通訳者のやりがい「諦めないための共同作業」
――手話通訳とは何かという基本を伺いたいのですが、英語を日本語に訳すような音声言語の通訳との違いについて教えてください。
平良さん
わかりやすい点でいうと、手話はからだのさまざまな部分を使って文法的な意味を表します。顎や目、眉の動き、首振りなどがそうです。音声言語の場合、相手が自分に質問しているかどうかはイントネーションでわかりますが、手話ではからだの動きを文法に置き換えて疑問や否定などを表現します。
――だから、会話中の顔の表情が皆さん豊かなんですね。ちなみに、手話の単語数はどれくらいあるのでしょう。
平良さん
手話は約
8000
語、日本語は約
25
万語ともいわれていて、単語数には大きな差があります。ですから、日本語の言葉一つを訳すにも、手話表現が長くなる場合もあります。基本的に同時通訳なので頭は常にフル回転。
10
年経った今でも難しいですね。自分の通訳に満足したことは一度もありません。
――平良さんが、手話通訳者としてやりがいを感じるのはどんな時ですか。
平良さん
ろう者が聞こえないことを理由に、諦めなくていい瞬間に立ち会える時です。聴者なら当たり前に利用できるサービスも、聞こえないという理由で断られることがあります。また、手話通訳を介することで「本人の言葉ではない」と利用を認めてもらえない場合もあります。ろう者への理解さえあれば解決することが多いにも関わらず、そうした社会の障壁は今も残っているんです。
「仕方ない」と諦めるろう者を見ると、私自身もその度に悔しさやもどかしさを感じます。ですから、手話通訳者が間に入ることで諦めずに済んだり、対等にチャレンジできる場面に遭遇
したり
するとやりがいを感じます。
――ヘラルボニーでは、社員が手話を学んでいるとお聞きしました。
平良さん
そうなんです。現在はヘラルボニーの両代表を含む社員が、業務時間内にネイティブのろう者を招いた手話講座に参加しています。手話を習得する社員が増えることで、私が間に入らなくていい場面が生まれているのは、私が求める理想なので本当に嬉しいことです。
手話はろう者にとって大切な言語ですが、聴者にも必要なものだと思っています。
例えば、英語を学ぶのは英語を母国語にする人のためじゃなくて自分のためですよね。自分の意見を伝える、相手の気持ちを理解する、自分の世界が豊かになる。手話も同じで双方向のコミュニケーションです。ヘラルボニーの社員が手話を学ぶのも、そういう意識があるからなんだと思います。
100年後の文化を作るという使命感
―― ヘラルボニーで働く環境について、菊永さんご自身はどのように感じていますか?
社会人として働くことは、多くの人にとって当たり前のように与えられるチャンスです。しかし、ろう者にとっては、
自分の言語である手話で思いを伝え合うことが難しい中、「働く」という体験が言語的にも心理的にも安心して向き合えるものになっているかどうか。そこに大きな就労の課題があります。
ヘラルボニーには、自分のつくったコンテンツをきちんと評価し、その魅力を世の中に伝えてくれる仲間がいます。本当にありがたい環境だと感じています。
―― 菊永さんにとって、平良さんはどんな存在ですか?
手話通訳者は伝えたいことを理解して、相手に伝えてくれる潤滑油のような存在です。ろう者が聴者と対等に向き合い、議論するという当たり前の権利を行使するために必要な人。手話通訳者がいなければ、私は今のように働くことは難しいだろうと思います。
その中でも、平良さんは私のいい部分も悪い部分もひっくるめて理解してくれている存在です。仕事以外のくだらない話も、社会に関する真面目な話も何でもできる。人生の最高のパートナーだと思っています。
――お2人が今後目標にしていることを教えてください。
菊永さん
私が聴者と同じ立場で
できているのはヘラルボニーという会社にいるからで、その環境は日本ではとても稀です。もっと多くのろう者が手話を使って、力を発揮できるような社会にな
るよう、新しいモデルを作っていかねばという思いです。
そのためにも会社の
利益
にちゃんと貢献する。そういう状況を作り続けて、ろう者を雇用するなら対等に働ける環境を整えるため「手話通訳者を付ける」という概念を広げていきたいですね。
高い山ですが、本当の意味での公平性とは何かをヘラルボニーは追求しているので、「
100
年後の文化を作る」という使命感を持ってチャレンジし続けたいと思います。
平良さん
私はヘラルボニーの取り組みを通じて、手話通訳者
の価値を少しでも社会に示すとともに、聞こえない人が対等に挑戦し、その成果が正しく評価される環境づくりに貢献できればと思っています。
こうした試みが広がることで、手話通訳が専門職として正当に評価され、通訳者自身の成長につながり、障害の有無にかかわらず誰もが力を発揮できる社会に近づいていくのではないかと期待しています。
取材・文:ぎぎまき
編集:マイナビ学生の窓口編集部
取材協力:HERALBONY(ヘラルボニー)
https://heralbony.com/