飯塚花笑監督の最新作『ブルーボーイ事件』インタビュー。あなたの幸せとは——? その問いが心に響く体験を
トランスジェンダーである自身のアイデンティティを反映した作品で注目を集める、飯塚花笑監督。史実を基にした最新作のロケ地は、愛するふるさと・群馬県前橋市。実は無類の温泉好き!?という変化球も飛び出して……。
飯塚花笑
いいづか かしょう/1990年、群馬県生まれ。トランスジェンダーである自らの経験をもとに製作した『僕らの未来』(2011)が注目を集め、「トイレ、どっちに入る?」は2019フィルメックス新人監督賞準グランプリを獲得。『世界は僕らに気づかない』(2023)は第17回大阪アジアン映画祭で「来るべき才能賞」を受賞。いま最も注目すべき若手映画監督である。
Instagram:@kasho_iizuka
飯塚監督の最新作『ブルーボーイ事件』は、1960年代の実在する裁判を基にした作品。
国は当時、戸籍は男性のまま女性として売春する“ブルーボーイ”を取り締まるため、生殖を不能にする性別適合手術は違法だと、手術をしていた医師を逮捕。
その患者で、恋人からプロポーズを受けたばかりの主人公・サチが、裁判の証言に立つよう依頼されます。
実在の裁判をひもといたオリジナルの物語
——「ブルーボーイ事件」を知ったのは?
飯塚 子どもの頃から自分のアイデンティティに悩み、いろいろ調べていたので、名前は知っていました。詳細を知ったのはこの企画が始まってから。
いまほど理解が進んでいない時代に、生きたい性を生きた方がいたことに衝撃を受けました。
——史実を調べ印象に残ったことは?
飯塚 2つあります。サチのモデルの方が裁判で、お相手と事実婚状態で暮らしていたと証言されていて、強い信念をおもちだったのだなと感じたこと。
もう1つは、1950年代の当事者の方が残した「ハタチ過ぎたら誰もがみんな自殺だわね……」という言葉です。当事者として生きるには当時、水商売しか選択肢がなかった。
年齢が上がるとお客さんが付きづらくなり、自らのアイデンティティを表明しながら生きる道はなかったのだと。その残酷さがビシバシ伝わりました。
——史実を基にする難しさも?
飯塚 当時を生きた方がいらっしゃるので、ご本人に不本意な形にはしたくありませんでした。そのためにも裁判関係の資料はほぼすべて、当時の手記もかなり読みました。
当事者の思いを守りながらも、エンターテインメントとして広く見てもらえる軽快さも意識しています。
——サチをはじめ、トランスジェンダーの方をキャスティングした意図は?
飯塚 セリフが自然と実人生に重なると思うんです。サチならば、中川未悠さんが自分ごとのように言葉を発する。心から出てくる本当の声が、スクリーンを超えて届くと思っています。
サチの設定は出身地など、中川さんと重ねた部分もありますが、デザイナー志望のサチと、服飾系の学校を出た中川さんの経歴が重なったのは偶然で。オーディションのときに「サチが来た!」と感じました。
——法廷のシーンは圧巻でした。
飯塚 私自身、トランスジェンダーとしての締めつけを感じるように、幸せが勝手にカテゴライズされ、押しつけられている気がします。
だから、みなさんが思う幸せはこうかもしれないけど、私は違うし、みなさんも違いますよね?と。そんな問いかけが伝わるとうれしいです。
昭和が薫る前橋を中心にロケ
——撮影は前橋市など群馬県内で?
飯塚 当時の銀座・松坂屋の外観に似ている『スズラン百貨店高崎店』や、群馬県庁昭和庁舎の『G FACE CAFE』などで撮影しました。
県内にはあちこちに昭和の痕跡があるので、作品にぴったりでした。
——前橋グルメも気になります。
飯塚 中心街にある、むかしながらのパフェや洋食が魅力の『パーラー・レストラン モモヤ』や『レストラン ポンチ』が好きですね。
撮影後には『たぬき』という居酒屋によく行きました。大きなジャガイモが入った肉じゃがが名物で、スタッフみんながハマりました(笑)。
——前橋市内にスタジオがあるとか。
飯塚 群馬はロケが多いので、撮影に参加して映画に目覚めた方も多くて。そういう方々にレッスンをしています。「まえばしPR大使」でもあるので、映画で地域を盛り上げたいなと。
ただ、温泉好きが高じて温泉地に引っ越しまして……。
温泉が好きすぎて、温泉のある町に引っ越し
——その話も聞きたいです。
飯塚 前橋を裏切ったと言われちゃいますが(笑)、いま中之条町に住んでいます。
六合(くに)温泉、四万(しま)温泉、沢渡(さわたり)温泉があって全部泉質が違うんです。だから今日はどこにしようかな、なんてことができて最っ高ですよ(笑)。
高揚感ある温泉街の独特の雰囲気も、湯に浸かって「はぁ~」とほっとするのも大好きです。
——最後に、作品を楽しみにしている方たちにメッセージを。
飯塚 「幸せとは?」を強く、深く問いかける映画です。さまざまなものが心に響くと思うので、自分の幸せの形を考える機会にしてもらえたら。
前橋駅から各ロケ地、そしてシネマハウスという映画館が密集した場所にあるので、作品を観て、前橋を散策してみてください!
11月14日(金)全国公開 『ブルーボーイ事件』
1960年代のオリンピック景気に沸く日本。男性として生まれ、身体的な特徴を女性的に変えた“ブルーボーイ”と呼ばれる人たちの売春を取り締まろうと、警察は手術をした医師の赤城を逮捕する。その患者であるサチは、証人として出廷してほしいと弁護士から依頼され——。
監督:飯塚花笑
キャスト:中川未悠 前原 滉 中村 中 イズミ・セクシー 渋川清彦 / 山中 崇 安井順平 / 錦戸 亮
脚本:三浦毎生 加藤結子 飯塚花笑
配給:日活/KDDI
聞き手=岡崎彩子
『旅の手帖』2025年12月号より