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『分島花音の倫敦philosophy』 第二章 分島的承認欲求の満たし方

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photo:分島花音

シンガーソングライター、チェリスト、作詞家、イラストレーターと多彩な才能を持つアーティスト、分島花音。彼女は今ロンドンに居る。ワーキングホリデーを取得して一年半の海外滞在中の分島が英国から今思うこと、感じること、伝えたいことを綴るコラム『分島花音の倫敦philosophy(哲学)』第二回目となる今回は分島花音の承認欲求との向き合い方について。

世の中少し大変な状況ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?色々困難な時期かと思いますが、このコラムでは変わらずイギリスでのお話をお伝えします。

今回は、私がロンドンに来て音楽活動を始めた時のお話です。

イギリスに来る前、引き続き音楽活動を続けていくつもりだったとはいえ今までのようにいかないことは覚悟していました。持って来たものは大小のトランクと、チェロと、小さなギター。現地で何ができるかわかりませんでしたし、発送が間に合わなかったノートパソコンを後日郵送してもらい受け取るまでに1ヶ月かかったので、その間作曲などの作業もできず不安な日々を過ごしていました。到着して1ヶ月目は毎日語学学校に通っておましたが、次の月からはとにかく音楽のコミュニティを広げていこうとミュージシャン仲間を探すことにしたのです。

『待っているだけでは何も始まらない。』これはデビューしてプロになってから改めて痛感したことでした。

私はデビュー前、オーディションに受かって事務所に所属したら事務所が常に仕事を用意してくれると思っていましたし、様々なところに自分を売り込んでくれると思っていました。実際デビュー時はプロデューサーもいたので、どんな仕事を後のようなペースで、どんな風に進めていくかなどの舵取りを全て事務所がサポートしてくれていました。逆に身勝手な活動は控えなければならなかったので、自ら考えてプロモーションをしていくことはほぼありませんでした。

しかしセルフプロデュース以降、楽曲やアートワーク以外にもライブの頻度・内容など自分で考えて進めていくことが増え、自らプロモーションし、仕事を取って来たりすることも音楽活動を続けていくことで必要なこと、率先してやらねばならないことに気づきました。待っているだけでは仕事は来ません。常に活動をし続け、それを外に発信し、自分を知ってもらい、価値のある存在に魅せなければなりません。今までただ表現することしかしていなかった私にとっては不慣れな分野でしたし、上手くいかないことのオンパレードでした。

当初、他人と比べて自分が極端にそれらのことを出来ていない自覚がありませんでしたが、『苦手な人でも乗り越えている』と忠告されて改めて自分を売り込んでいくことの大変さを痛感することとなりました。

photo:分島花音

ここで私はまた他人と自分を比べ、自己嫌悪に陥って行ったのです。しかし悩みあぐねている間に時間は過ぎていくし、得意なことを伸ばしていく方が自分にとっては有意義なのではないかと考えるようになりました。

私は一度立ち戻って、本来やりたかったことを整理しました。やはりものを作るのが好きだし、作曲、歌詞、楽器、イラスト、ファッション、アートワークなどできる限りを自分で手掛けたい。ならそれを作ればいいんじゃないか?自由に曲を作って、自由に世界を作って、それを形にしよう。

そうして生まれたのがTRANSIENT RECORDS(トランジェントレコーズ)でした。これは私が始動させたレーベル名です。音楽の他にも興味のある表現全て、好きな時に好きな人たちとなんでも自由に表現できる個人レーベルとして始めました。私はデビュー前にアマチュアとして音楽活動した経験が殆どありませんでした。コンサートも発表会も全てクラシックのチェロ演奏だけで、ステージで歌った経験もなければ製作した楽曲を全国に配信するなんてこともありませんでした。当時の私はやりたくてもノウハウがわからず、仲間もおらず諦めていたでしょう。でも今は幸い協力してくれる方々やミュージシャンとして活動して来た経験があります。そして周囲からの制限もありません。

待っているだけの時間を自分の作品を生み出す時間に変えていったことはとても充実していたし、今の自分の活動に必要なことだと感じました。

人はみんな誰かに認めてもらいたい気持ちが少なからずあると思います。両親に認められたい、好きな人から愛されたい、友人、仲間、上司、SNS越しの誰か。承認が可視化される現代、承認欲求に飢えている人は誰かとつながりを求めて、相手に求められたいと感じます。でも、声を上げなければ誰も自分に気づかない。認めてもらうには、誰かに見つけてもらうには、閉じこもって隠れて黙っていてはだめなのです。待っているだけでは何も始まらないのです。

そしてその声はただ一言叫ぶのではなく、叫び続けなければいけない。この表現を継続し続けないと、誰かに届く前に他の声に押し流されてしまう。続けることはなかなか難しいことですが、とても重要なことだと感じました。経験の積み重ねは自分に何かしらの価値を与えてくれます。自信だったり、慣れだったり、知識だったり。そう言う意味でも、表現に留まらず何かを継続していくことは良いことなのかもしれません。

私は、以前ジャパンカルチャーのイベントで世話になった関係者の方々や、ロンドンで音楽活動をしている日本人ミュージシャンと知り合うことができました。

こちらではオープンマイクと言って解放日にお客が自由にパフォーマンスできるバーやレストランがたくさんあります。ステージや楽器が揃っているお店も多く、参加希望の人は始まる前に事前にお店に参加の旨を伝えるだけで演奏やダンスなどを披露できる時間をもらえます。他のお客さんも一体になって盛り上がるような大きなオープンマイクもあれば、狭いレストランの中でその場にいる人全員に耳を傾けてらえるようなゆったりとしたものあり様々です。

私の知り合いのミュージシャンもたまにそう言った場所でパフォーマンスしていると言うことで私も何度か連れて行ってもらいました。お客さんは皆暖かくて、チェロを珍しがっていました。参加予定のなかった人が飛び入りでギターを弾き出したり(しかも上手い)、従業員の女の子もピアノで弾き語りをして参加して、お店のお母さんもシェフも踊り出して、なんでもありの楽しい空間。言葉が不十分な私にとって、音楽で人と繋がれることの素晴らしさ改めて感じた体験でした。

承認欲求の波に溺れて誰かと自分を比較して落ち込んでばかりいた私は、こういった経験で少しずつ、自分の考えが変化していくのを感じました。完全に自分を肯定するにはもう少し時間がかかるけれど、自分の今のあり方と、逃げずに向き合えていけるような気がしたのです。

自分を客観視して認めることはなかなか難しいですが、他者からの肯定で自己肯定感が高まることはありません。やはり最終的には自分で自分の価値や行く末を定めていかなくてはいけないのだと改めて感じました。

音楽に幾度となく傷つけられ、それでも愛を諦めきれない私は、こうしてまた音楽に救われる日々を送っています。

次回はロンドンで楽曲制作をした話を、過去の自分の話と交えてお伝えしたいと思っています。

文:分島花音

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