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360連勤から始まった「行列のできるハンバーガー店」。オーナーシェフ・車田篤氏が初めて話す「僕とオモハラ20年史」

OMOHARAREAL

”行列のできる街”として広く知られる表参道・原宿にあって、”行列のできる飲食店”の先駆けといえば「THE GREAT BURGER」(神宮前6丁目)を置いて他にはない。誕生は2007年。人の流れが全くない住宅街の中でスタートした同店の看板メニューは昔も今もハンバーガー。オーナーシェフ・車田篤氏のこだわりを詰め込んだハンバーガーの美味しさと、アメリカ西海岸の空気感を体現する店内の雰囲気にファンが付きはじめ、スマホ黎明期の時代にあって口コミで広がり、確かな足どりで人気のダイナーに成長。1日に600人以上が訪れる。現在44歳、飲食プロデューサーのチャレンジは続き、現在、エリア内に複数の飲食店を切り盛りする。”原宿村の住人”として、この20年の街の変化をどう感じてきたのか。車田氏の”オモハラ観”を覗いてみた。

《Profile》
1977年愛知県出身。LDFS/GUIDING LIGHT代表取締役。21歳で上京し、カフェで経験を積み、24歳で独立開業。神宮前カフェ「ease by LIFE」をオープンし、29歳の時(2007年)、「THE GREAT BURGER」(神宮前6丁目)をスタート。同店はのちに「Tripadvisor」東京TOP10にランクイン。自身がプロデュースするアメリカン業態の飲食店「THE GREAT BURGER STAND」「GOOD TOWN DOUGHNUTS」「GOOD TOWN BAKEHOUSE」「The Little BAKERY Tokyo」のほか、近年は和食業態「THE TEISYOKU SHOP」もオープン。プロデューサーとして、国内外の飲食店も多く手がける。

裏原宿ブーム、東京カフェブーム。20年前、24歳で独立開業し、カフェをオープンできたワケ

「今年で20年。非日常だった街がいつの間にか日常になり、気がつけば、原宿村の住人になっていました」

スウェットにジーンズ。キャップをかぶり、足もとはコンバース。聞けば、スニーカーは壊れたら捨てを繰り返し、いま持っているストックは100足。「普遍的なものが好きなので一年中、このスタイルです」。飾り気のない穏やかな語り口で、こんな風に話すのは”行列のできる”ハンバーガー店の先駆け、「THE GREAT BURGER」(神宮前6丁目)のオーナーシェフ、車田篤氏だ。

ハンバーガー界の重鎮。こんな風に評されていることを聞いてみると、「好きなことを好きなようにやってきただけです。重鎮なんて恐れ多いです。」と笑みをこぼす。取材中、バックオフィスで働くスタッフに気さくに話す様子をみるにつけ、みんなのお兄さん、こんな表現がぴったりと当てはまる人のようだ。

現在44歳、車田氏が愛知から上京し、東京に住みはじめたのは1998年、21歳の時。大学を中退し、専門学校に通った。当時のオモハラは”裏原宿” の隆盛期。原宿の裏通りの一角にひっそりと店を構える、小規模でインディペンデントなブランドがストリートを席巻する時代だった。聞けば、車田氏も裏原宿カルチャーが好きで、ストリートファッションの仕掛け人たちのDJや音楽プロデューサーもこなす”型にはまらない生き方”に共感し、憧れていたそうだ。

「好きな街の空気を感じながら、過ごしたい。そんな単純な動機で表参道のカフェでアルバイトを始めました。当時は今のようなカフェ文化がまだほとんどない黎明期でしたね。山本宇一さんが駒沢に『BOWERY KITCHEN』をオープンして話題になりはじめていた頃で、気の利いた空間で気張らずに美味しいものを食べられるっていう新しい飲食カルチャーを、末席で立ち会っているような感覚でした。新しいムーブメントが起こる予感というか、とにかくカフェカルチャーが面白い、と。夜仕事が終わると、夜中まで営業しているカフェに行き、この街で仲良くなった少し年上の個人店オーナーやアパレル関係の人たちと過ごし、毎夜楽しんでいました。出自や年齢は関係なし。さまざまな出会いが交差する場、気兼ねなく夜遊びを楽しめる場所、それがカフェでした。今と違い、表参道や原宿は、夜もすごく活気があって。昔も今も変わらないこのエリアの魅力は、オープンマインドの人や何か新しいことに挑戦したい人が多くいて、自分らしいアイデアと想いを持って行動すると、必ず誰かが見てくれていて反応してくれることですね」

”街という舞台”を通して人と出会い、想いを語り、「小さくてもいい。より自分自身を表現できる場を作りたいと考えるようになりました」と車田氏。時は2002年。表参道のカフェ・ラウンジ『モントーク』(2022年3月末閉店)の営業が始まり、音楽プロデューサー橋本徹氏による『カフェ・アプレミディ』が人気を集め、近隣エリアに『オーガニックカフェ』『ファイヤーキングカフェ』なども開店。東京カフェブームが本格スタートした頃だった。

上京後、カフェ『ease by LIFE』を独立開業する前、オモハラエリアで知り合い、仲良くなった仲間たちとの思い出の1枚。「当時出会った仲間たちとは今でも交流があります」と車田氏(写真一番右)

当時、車田氏は若干24歳。「ちょっとだけ背伸びをした身の丈を考えると、ここしか借りられなかった」ーー地下というハンデを受け入れ、京セラ原宿ビル(神宮前6丁目)の地下街にカフェ『ease by LIFE』をオープン。独立開業に至った。

「最初の2年間は年末年始の休み以外、360連勤。朝10時に店に行き、家に帰るのは夜中の2時過ぎでした。1ヶ月の労働時間は500時間ほどで、店の家賃やスタッフへの給料を払うと、手もとに残るのは数千円。働いても働いても、ずっと貧乏でした。飲食店なのでお腹いっぱい食事できましたが、それはもう毎日、無我夢中でした。でも、楽しかった。僕がまだ若かったこともあってか、当時たまたま同じマンションに住んでいたMILKのデザイナー大川ひとみさんには『なんとかなるから大丈夫』『もっと気楽にやっていいよ』『自分だって失敗ばかりしているから』と、会うたびに励ましていただきました。ひとみさんとのエピソードに限らず、このエリアには若者を持ち上げてくれるカルチャーが脈々と受け継がれ、街全体を下支えしている気がします。今もそう思います。『ease by LIFE』は苦労の甲斐あって、料理やスイーツが美味しいと評判を得ることができ、7年間、運営しました」

京セラ原宿ビル(神宮前6丁目)の地下街にカフェ『ease by LIFE』を2002年にオープン。「最初の2年間は年末年始の休み以外、360連勤。朝10時に店に行き、家に帰るのは深夜でした」と車田氏

当時を振り返り、「同じ街で働く先輩方や仲間と出会い、仕事も遊びも多くの学びを得ました」と、懐かしそうに話す車田氏。時計の針は進み、20代から30代へ。オモハラと歩む”次の挑戦”が始まる。

食べログ3.6!数字にこだわらない「THE GREAT BURGER」大行列のヒミツとは

「いつ来ても新しい発見のある店を作りたかった。『THE GREAT BURGER』は進化し続けるハンバーガー店なんです」

車田氏の言葉どおり、店に入ると、壁面に並べられたレターオブジェ、ダイナミックに掲げられた星条旗、ミッドセンチュリーテイストのペンダントライト……アメリカ西海岸の空気感を体現する店内の装飾の数々が、まず楽しい。そして何よりも、来店する人を選ばず、全て受け入れてくれるかのようなピースフルな雰囲気が、なんとも心地いい。聞けば、店内の装飾は全てオーナーの車田氏自らが手がけ、日々進化させているそう。『THE GREAT BURGER』は、東京に居ながらにして本場の雰囲気を楽しめる、とても良質なアメリカンダイナーなのである。

行列のできるハンバーガー店の先駆け、『THE GREAT BURGER』の店舗前の様子。「リアルなアメリカを体感してほしい」という車田氏の言葉どおり、原宿に居ながらにして本場のアメリカンダイナーの雰囲気を味わえる

2007年のオープン以来、「THE GREAT BURGERは日々進化しています」と車田氏。南カルフォニアからアリゾナの雰囲気をインスピレーションの源とし、店舗内の飾り付けは日々少しずつ変化していく。「コロナ禍になる前は年に6回ぐらい、アメリカに行き、本場の空気感を味わい、そこで得た様々なインスピレーションを店舗に反映させていましたね」

同店のオープンは2007年。『ease by LIFE』の次の挑戦として、車田氏が29歳の時に手がけた『THE GREAT BURGER』は、たゆまぬ研鑽の末、”行列のできる”ダイナーに成長。トレンドの発信地として、これまでさまざまな文化を生みだしてきた表参道・原宿エリアの飲食の代表格として、名実ともに人気店となり、現在に至る。

「ここに来たら元気になれる。お店に来た人たちには、こんな風に感じて欲しい。そもそもこのエリアで働いたり、遊びに来る人たちは、街そのものが持つパワーを面白がりたい人たちだと思うんです。そういう意味で僕自身、原宿が有している歴史や記号性に助けられていると思います。僕ひとりで頑張っても発信力はないけれど、この街で商売を営んでいるという事実は、事業の後ろ盾になっているのは確かだと思います。ハンバーガー歴数年なのに地方の同業の老舗シェフから『勉強させてください』と、店に来ていただいたことも一度や二度にあらず。頭が下がります。人気がでなければ、次のステージは用意されない。入れ替わりの激しいシビアな街なので、だからこそ、ハンバーガーを食べてもらうだけでなく、非日常の体験ができる空間を、手間と時間をかけて創り上げてきました」

新しい何かが生まれると、SNSやメディアの力が追い風となり、バズワードとなり、それが全国に波及していく街。都市や街にはそれぞれ違った魅力があるものだが、歴史に裏打ちされた表参道・原宿がもつ潜在的な影響力は今もって大きい。それゆえ、いつの時代であっても表参道・原宿で商売を営むには時代の風を読む力も問われる。本人は謙遜することしきりだが、車田氏にはそのセンスがあるようだ。

「神宮前の雑踏から少しだけ道を奥に入り、『こんなところにお店があるの?』っていう旅先のレストランに向かっているような感覚でお店に来てもらえたら、嬉しいです。わざわざ来ていただいたからには、いつ来ても新しい発見のある店でありたい。スタッフの努力には毎日感謝しています。口コミやSNSで店を友達に教えてくれる人、何度も通ってくれる人、初対面や異業種ながらこの場で意気投合しちゃう人……『THE GREAT BURGER』は”誰かのためにあるお店”なんです。場をとおし、温もりのある人の輪を作れたなら、それこそが僕たちの財産です」

どんなに忙しくても1日1回は運営している店舗に訪れ、「スタッフたちと話をするようにしています」と車田氏。彼のもとで学び、独立して飲食店を開業したスタッフは1人や2人にあらず。写真が物語るように“みんなのお兄さん”といった雰囲気だ

『ease by LIFE』から『THE GREAT BURGER』へ。明治通りを渡り、拠点を50メートルほど移動、かつて裏原宿カルチャー全盛の頃の店がそうであったように、歩いて10秒とかからない距離に自らプロデュースする飲食店を少しずつ、確かな足取りで増やしてきた車田氏。「THE GREAT BURGER STAND」「GOOD TOWN DOUGHNUTS」「GOOD TOWN BAKEHOUSE」「The Little BAKERY Tokyo」、近年は和食業態「THE TEISYOKU SHOP」もオープン。コロナ禍にあっても話題の最中にある。曰く、「初心は変わらない」という。その初心とは?

『THE GREAT BURGER』のすぐ近くにある『The Little BAKERY Tokyo』。アメリカの自由に組み合わせる食文化を参考にし、国産の食材で安心・安全なパンや焼き菓子を提供する。系列店『GOOD TOWN DOUGHNUTS』のドーナツも販売中

日本好きのアメリカ人が営む、風変わりな和食屋をコンセプトにした『THE TEISYOKU SHOP』も車田氏が手がける飲食店。「原宿×定食、一見すると違和感のある組み合わせが面白いかなぁと思い、オープンさせました」

「子供の頃、毎日の食事やパン、洋菓子や和菓子のおやつに至るまで、すべて母親が手づくりしたものを食べていたんです。大人になるにつれ、その美味しさと手間が、どれだけありがたいものだったかを実感しました。だからこそ、多くの人にその価値の尊さを伝えていきたい。人生いろいろあるけれど、美味しいものを食べて得られる幸せってサイコーですよね。僕は、一人でも多くの人にこの気持ちをシェアしていきたいと思っています」

言わずもがな、極粗挽きパティの肉汁とフワフワのバンズ、新鮮な野菜の旨味が口の中で混ざり合う「THE GREAT BUGER」のハンバーガーは、その行列が物語るように、他店では真似できないクオリティなのである。

表参道・原宿に根を張り、原宿村の住人になって20年。車田氏はいま、どんなことを思い、次の仕掛けを考えているのだろうか。次稿では、改めて思う「オモハラ観」を紐解いていこう。

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座右の銘を尋ねるとこんな風に答えてくれた。「明日でいいや」

「今日、全力で頑張ったうえで『明日でいいや』。明日死ぬかもしれないから今日全力でやろうっていう人がいるけれど、僕はこの言葉が苦手です。だって、明日死にたくないし、明日も生きていたいと思うから。今日終わりではなく、明日も明後日も続いていくよっていう意味を込めて『明日でいいや』っていう言葉が好きなんです」

「動物が好きなんです」と車田氏。2代目の看板犬とは毎夜、散歩するのが日課だ

現在、飲食プロデューサーとして多くの店を切り盛りする車田氏は、いつどんな状況にあっても前向きだ。飲食店が大きなダメージを受けたコロナ禍にあっても、クラウドファンディング・CAMPFIREで「WE NEED YOUR HELP」と題した支援を呼びかけ、865人の「THE GREAT BURGER」ファン(支援者)の支持を集めた。「食の幸せを繋ぎたい」「非日常体験の幸せを届けたい」「共感で繋がる幸せを守りたい」ーー車田氏自らの思いを綴った文章はどれも前向きで、オーナーシェフとしての20年間の厚みと重み、原宿村の住人として「街と共に楽しみ続ける」覚悟のほどが窺えるのだった。

「この街が好きなんです。なかなか客観的にみるのはムズかしいけれど、僕がこの街にやってきた頃と変わらず、表参道・原宿はいまも、ファッションとカルチャーの日本の中心地ですよね。90年代後半からゼロ年代の前半頃まで”裏原宿”カルチャーが花盛りで、その後、六本木ヒルズができたり、中目黒が盛り上がったり、ファッションに関わるエリアや人が遊びに行くエリアがちょっとずつ増えて、『少し、元気がなくなってきたなぁ』と感じる時期もあったけれど、原宿KAWAIIカルチャーが生まれて再び盛り上がり始めたり、2010年代になると訪日外国人によってインバウンド需要が増えたり……このエリアって常に、新しいことが生まれ続ける街なんだと思います。この街に住む住人(※2020年末に住居を原宿から世田谷区に引っ越し)として、商いをする飲食店の店主として、ずっと面白いんです」

広く門戸を開き、挑戦する人を等しく受け入れる街。車田氏の話を聞くにつけ、表参道・原宿の魅力をこんな風に表現できるのは確かだろう。こんな話も続く。

忙しい合間を縫って、愛犬とオモハラエリアを散歩するのが車田氏の日課。街や季節の移り変わりを肌で感じる毎日。写真は散歩中に撮ったもの

「表参道ってどのエリアを指すの?原宿ってどこを指すの?渋谷ってどの地域のこと? この線引きが20年でかなり曖昧になってきたように思います。いまお店を構えるエリア(神宮前6丁目)を表参道という人もいれば、原宿っていう人もいて、渋谷っていう人もいる。それぐらい、3つのビッグシティが融合し、さらにパワーが増している実感があります。他方、街それぞれに顔つきがある。それらが混ざり合って、面白い若い子達がどんどん出てくる。そういう意味でも、すごい街だなって思います。『THE GREAT BURGER』を始めた2007年頃と比べるとなおさら、表参道と原宿の境目がなくなり、近年でいうと渋谷も混ざってきたな、と。最近でいうと『MIYASHITA PARK』のハイブランドとストリートのミックス感も面白いですよね。感覚的な話だけれど、こういう街そのものの変化を感じながら、人とのつながりを中心に据え、商いができること、次の仕掛けを考えられるところが楽しいです。これからもずっと繋がっていたい」

車田氏の頭の中にあるアイデアや感覚を共有し、お店を盛り上げるスタッフたちとの忘年会のひとコマ。「自分が本気で情熱を注げる事があって、それが仕事になり、それによって誰かに笑顔になってもらえたり、誰かの活力になれる可能性があるって事はとても幸せだなぁとつくづく思います」

”他にはない街”を舞台に人と繋がり、食をとおして「幸せ」を提供する。スウェットにジーンズ。キャップをかぶり、足もとはコンバース。ラフな出で立ちで今日も車田氏は、かつて憧れた裏原宿のトレンドセッターたちがそうで合ったように、型にはまらず、軽やかにオモハラを遊ぶ。

Text:Hiroyuki Konya(discot)
Photo:Yoshihito Murai

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