2020年に再びモスク化され物議…神様の交代劇?がある聖堂「ハギア・ソフィア」
10の基準で読み解く「一度は行きたい世界遺産」
10の登録基準に沿って代表的な世界遺産を紹介。景観だけではない、真の魅力が見えてきます。
【登録基準(ii)文化の価値観の相互交流を示す遺産】
<イスタンブルの歴史地区> 神様の交代劇?がある聖堂
トルコのイスタンブルは、アジアとヨーロッパの二大陸にまたがる世界でも稀な都市です。古来より、交易と軍事の要衝として発展し、ヨーロッパとアジア、キリスト教とイスラム教という異なる文化・宗教が混在する豊かな景観が魅力です。
330年にローマ帝国のコンスタンティヌス大帝が「コンスタンティノーブル」の名でこの地に都市を築くと、以後千年以上にわたりローマ帝国からビザンツ帝国の中心として繁栄。1453年にイスラム王朝であるオスマン帝国に征服されると、都市はいつしか「イスタンブル」と呼ばれるように。歴史地区には、歴代スルタンの居城であるトプカプ宮殿やイスラム教の礼拝施設であるモスクなど、栄華と波乱に満ちた歴史を伝える建造物が残されています。象徴的なのが537年建立のハギア・ソフィア(アヤ・ソフィア)で、キリスト教とイスラム教の双方の建築に影響を与えたとされています。ビザンツ帝国の最盛期を築いたユスティニアヌス帝が大聖堂として築き、「ビザンツ建築の最高傑作」と評されました。しかし、15世紀にオスマン帝国がイスタンブルを攻略して首都にすると、モスクに改築。さらに20世紀にトルコ共和国が成立すると、一度は無宗教の博物館になるも、2020年に再びモスクに戻りました。
【THINK!】歴史が建物の「肩書き」を塗り替えるとき、価値はどう変わる?
世界でも稀な二大陸都市
イスタンブルは、ボスポラス海峡をはさんでヨーロッパ側とアジア側に広がります。この地理的な条件により、イスタンブルは古くからアジアとヨーロッパの歴史と文化の交差点として、双方の交易上、戦略上の拠点として重視されてきました。
時勢を映す鏡 ハギア・ソフィアの歴史年表
【537年】キリスト教の大聖堂として建立
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【1453年】イスラム教モスクに改築
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【1395年】無宗教の博物館に
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【2020年】再びイスラム教のモスクに
ハギア・ソフィアはかつてギリシャ正教の総本山として信仰を集めました。1453年にオスマン帝国がビザンツ帝国を征服すると、イスラム教のモスクへ転用されます。そのためハギア・ソフィアは、ひとつの建物の中にキリスト教のモザイク画とイスラム教のアラビア文字が共存する、世界でも貴重な建造物です。1935年以降は博物館として一般公開されましたが、現在は再びモスクに転用され、物議を醸しています。
【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 世界遺産』監修:宮澤 光
【監修者紹介】
宮澤 光(みやざわ・ひかる)
NPO法人世界遺産アカデミー主任研究員。北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。跡見学園女子大学非常勤講師。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。