GRAPEVINE、進化を遂げ続けた新境地『The Decade Show : Summer Live 2024』大阪城音楽堂レポート
『The Decade Show : Summer Live 2024』2024.8.3(SAT)大阪・大阪城音楽堂
開演時刻の17時半が近づきようやく日が陰ってきても、蝉が一向に鳴き止まない。そんな8月3日(土)に、GRAPEVINEがビクター「SPEEDSTAR RECORDS」へ移籍して10周年を記念したライブ『The Decade Show : Summer Live 2024』が大阪城音楽堂で開催された。最初のMCで田中和将(Vo.Gt)が「灼熱の大阪城野音へようこそ!」と言った通り、この日の大阪は最高気温が38度。デビューからまもなく30年になろうとしているけれど、この笑うしかないぐらいの暑さの中で野外ライブを行うのも初めてのことじゃないだろうか。
ステージに現れるや、「はい大阪、帰ってきたでえ」といつものように田中が客席に呼びかける。この10年の、アルバム作品でいうと2015年の『Burning tree』以降、『BABELBABEL』『ROADSIDE PROPHET』、『ALL THE LIGHT』『新しい果実』、そして最新作『Almost there』の6作品から選んだ曲で『The Decade Show』のセットリストは組まれている。
1曲目の「サクリファイス」はアルバム『Burning tree』の最後に収録されている曲で、こう言うと語弊があるけれど、どう考えてもライブのオープニングに聴こえてくる曲ではない。たとえばライブの中盤あたりでそれまで沸きに沸いた流れをクールダウンさせるような頃合いに聴こえてくる曲。またはアルバム同様にライブ本編の最後あたりが座りが良いと思われる曲だ。
他の選曲も、スタメンもありつつ控えというか、このタイミングでそれが聴けますかというような、アルバムツアーではお目にかかれない曲がふんだんに盛り込まれている。そういう、いわゆる「普通のバンドはやらんやろ」と思うようなことをやってのけ、それが自己満足になることはなくて、この日のように結果誰もが唸るような演奏、グルーヴで魅了してしまう。そういうことをGRAPEVINEというバンドは30年近くやってきている。この日の「サクリファイス」も、曲の始まりこそ密やかだけれどギター、鍵盤、ベース……と音が重なっていくにつれどんどんエモーショナルに色を増してゆく。田中の高音ボーカルに亀井亨(Dr)の低音が重なるさまにも痺れた。
曲間、メンバー同士で涼感スプレーを服や髪に掛け合い暑さを和らげるなどしていたが、「Scarlet A」を歌い終えた田中が客席に背を向けた時、まるで頭から水をかぶったようにシャツの背中がずっしりと汗で濡れているのが見てとれた。その田中が「雀の子」でいつも以上に冴えた巻き舌を披露し、「おのれ、饂飩食わして欲しいんかい」とお客さんに食ってかかるように言い面白がっている。楽しい。
MCでは前日の8月2日に「箕面の王子」こと亀井が誕生日を迎えたことを報告。ただの箕面の王子ではなく、世にも素敵なグッドメロディーを作るドラマーでもある「箕面の王子」としたい。続いて披露した「NINJA POP CITY」は彼らの最新リリース曲で、その亀井が作曲。ベースとドラムが小気味よいイントロを奏でる間、田中は手裏剣を投げたり忍者走りのようなことをしたり。都会の夜に忍びの者が飛び交うさまを想像させる曲の疾走感も爽快だ。爽快だけれどちょっと待った。NINJA=ニンジャって。最初にリリースのニュースを知った時に「NINJA POP CITY」というタイトルを何度見したことか。どんな楽曲なのかまったく想像できなかった。
先ほどの「雀の子」の歌詞が全編関西弁で書かれていたり、その中盤で<ヒューマンネイチャー、ネイチャー>と聞こえる箇所があり不思議に思って歌詞を見ると該当する箇所の表記は<ヒマな兄ちゃん姐ちゃん なあ>となっていたりという、宝探しかそれともトラップかというようなことは彼らの場合よくある。たとえば何かタイアップの関係などで「次の曲は忍者縛りでひとつよろしく」というオーダーがあったわけでもなさそうだ。彼らが音楽を作る上で持っているこだわりがあるとすれば、「自分たちが飽きないように、やっていて楽しいことをやる」ことであると近年特によく口にしている。そうしてできた新曲が「NINJA POP CITY」。もう根っからの攻め体質、ドSなのであろう。曲は先ほども申し上げたように文句なしの一級品。気づいたら頬が緩んでいるぐらい、どポップ。30年近くバンドをやりながらこんなふうに軽やかに新境地を鳴らしてしまうなんて、今も昔もこれからも、音楽シーンでこんなことをやってのけるバンドが他にいたら教えて欲しい。
その「NINJA POP CITY」から「弁天」「吹曝しのシェヴィ」と続く中盤はため息が漏れるような絶妙な流れ。特に土ぼこりの舞うロードムーヴィーを見ているような広大さと切なさが同居した「吹曝しのシェヴィ」は、日が翳りステージを照らし始めた照明とも相まって感慨めいたものが込み上げる。
筆者の中で、この10年間で特に鮮烈だったのがアルバム作品でいうと『BABELBABEL』。発売の前年(2015年)に集団的自衛権の行使を認める安全保障関連法が成立したこともあり、若い世代の中から法案に反対する組織が立ち上ったり、まだ今ほど馴染みがなかった抗議デモも各地で行われた。旧約聖書の創世記に登場するバベルの塔の物語は、天に届くぐらい高い塔を築こうとした民の行いが神の逆鱗に触れて、それまで同じ言葉を話していた民の言語が神によって乱され互いの言葉が理解できなくなった、というもの。
異なる背景や異なる考えを持つ者同士が理解し合うことは友人、知人レベルでも容易ではないけれど、『BABELBABEL』がリリースされた頃は特にイデオロギーが絡んだ場合の相互理解についてザワザワしたものを抱く場面が多く、特にタイトル曲である「BABEL」のエッジの効いたサウンドや不穏な気配には喉元が詰まってヒリヒリする印象を抱いた。具体的なメッセージを提示することはないけれど、想像を喚起するキーワードを投げ込んだり、生々しく辛辣な描写で時代、時流を刺す彼らのスタンスに『BABELBABEL』で改めて強く大きく揺さぶられた。
同作に収録されている「HESO」がライブ後半に登場。イントロにまずヒューっと各所から歓声が上がる。そうする気持ちがすごくわかる。複雑怪奇なリズム、テンポが痛快であり、なおかつユーモアを忘れないこの佳曲に続く「リヴァイアサン」の熱にグッと拳を握ったものの、次の「さみだれ」でその拳のやり場を失う。それも毎度のことで、簡単にお客さんをノらせないというか、ステージと観客が一緒に歌ったり、ダイブやモッシュをするなど、一般的にライブやフェスでよく見受ける盛り上がり方とは違う心躍らせ方を提供してくれるバンドであることもブレない。
とっぷりと重い「Gifted」、<LGBTQQIAAPPO2S>というワードがフッと想像を喚起し押し広げてくれる「SEX」で本編が終了。その余韻が続く中登場したアンコールでは、「暑い中ほんまにありがとう!」という労いとともに重大発表が。田中と金戸覚(Ba)が左右の端を持って巻物(NINJAだけに巻物……)を広げると、「十月十七日梅田とらっど!!」と書かれている。本日の追加公演を10月17日(木)に大阪・梅田TRADで開催するという。TRADはGRAPEVINEがアマチュアの頃に拠点にしていたライブハウスで、旧名はバナナホール。10月末で閉店が決まっているその場所はこぢんまりとしたハコで、「ここにいる全員は入りきらんけど」(田中)という通り貴重なライブになることは間違いない。
西川弘剛(Gt)がステージのキワまでせり出てくる「Ready to get started?」で再び上がった体温を「SPF」で戻し、最後は「Arma」。力強く背中を見守り続けるような大いなるサウンドとメロディーに乗せ、<先はまだ長そうだ>の後に<疲れなんか微塵もない とは言わないこともない けど>と続くのが彼ららしいご愛嬌。
デビュー当時からすでに20代という年齢以上の渋さをプンプン放っていたGRAPEVINEだが、奏でる音の奥には繊細さもあって、もちろんそれは大きな魅力の一つでもある。ただ、この10年間の作品を改めて思い返すと、繊細さはより研ぎすまれて美しさや強さともなり、音の面ではグッと骨太になり作品全体にずっしりとした安定感を生み出している。
終演後に挨拶をした際、後半の流れを思い出し、「どこで盛り上がっていいのかわからない曲順で」と言うと、亀井は「ですよね」と歯を見せ、田中は「そら、盛り上がるところなんてないですから」と笑う。西川は特にノーコメント。どこまでもこの人たちらしい。このまま、作品ごとに進化を遂げながらこの先5年、10年、20年とまだまだGRAPEVINEのライブを見られる気がしている。
取材・文=梶原有紀子 写真=オフィシャル提供(撮影:日吉”JP”純平)