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横浜大空襲 にぎわい座で体験者講演 「今に似ているところある」

タウンニュース

体験談に聞き入る来場者

1945年5月29日、米軍のB29爆撃機が横浜上空に飛来し、43万個を超える焼夷弾を投下した。中区、西区、南区、神奈川区を中心に市街地は猛火に襲われ、多くの人が罹災し命を落とした。その数は8000人以上と言われている。

市民団体「横浜の空襲を記録する会」は29日、横浜にぎわい座=野毛町=で恒例の「横浜大空襲祈念のつどい」を開催した。市内在住の笠原實さん(93)の体験談に約100人が耳を傾けた。

笠原さんは当時、西区東久保町在住で、県立横浜第一中学(現県立希望ケ丘高校)3年。学徒勤労動員として綱島の工場に通っていた。講演では空襲後の街の様子や自宅に2発の焼夷弾が落ちたこと、救護活動などについて振り返った。

また、自身をいわゆる”軍国少年”だったという笠原さんは、国威高揚のための教育や事件などを述べながら、当時の風潮や時代の空気を描写。パレスチナの紛争など社会情勢に触れ、「今に似ているところがある」と警鐘を鳴らした。

平和記念碑の内部公開

大通り公園内にある「平和祈念碑」=高根町=では同日、冥福を祈る遺族らの姿が見られた。記念碑内部には、空襲で命を落とした犠牲者約900人の氏名が記された銘板が安置されている。普段は施錠されているが、当日は内部が公開された。

同祈念碑は1992年に「横浜戦災遺族会」が建立した。訪れた岡野利男さん(95)は「年々訪れる人が減っている。忘れて欲しくはない」と力を込めた。

記念碑内部の銘板を前に冥福を祈る

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