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土佐電伊野駅から分かれる留置線跡。終点から分岐して住宅地をヘロヘロと延びる線路へ【廃なるものを求めて】

さんたつ

私は線路が好きです。線路の何が好きなのかといえば一言で語れないのですが、形状であったり、集まって分岐する姿であったり、「この先はどこへいくのだろう」とか、小さい頃からワクワクしながら線路を見つめてきました。

線路好きが語る分岐した先の線路について

「この先はどこへ行くのだろう」

工場に分け入っていく線路や、家々の合間を縫っていく線路を見ると、ワクワクしたりゾクゾクと興奮したり、言い知れぬ高揚感に包まれます。か細い線路が本線から分岐して、ヘロヘロと右へ左へとカーブしながらどこかへ消えていく。もう……最高です。そんな線路が幼少期から大好きでした。

レールの上面が鈍く輝いて現役の線路を見つけると、まだ活躍しているんだとうれしくなり、錆色となった廃線跡のレールを見つければ、ここが活躍していたときはどうだったのだろうと思いを馳せます。そのような線路は、鉄道貨物輸送が華やかな頃、あちこちで見られました。はっきりと覚えていないのですが、たぶん幼少期の私はどこかで見て目を輝かせたのかと思います。また鉄道模型誌やカタログに分岐線路のジオラマや挿絵があって、本に穴が開くまで見つめていました。分岐する線路にロマンを感じていたのです。

伊野停留所へ停車するとき、軌道が分岐していた跡を見つけてしまった。

ということで、今回は2022年の正月に出合った、終点から謎分岐をする線路を紹介します。場所は「とさでん」の名で親しまれている路面電車の土佐電交通伊野線の終点、伊野停留所(電停)です。伊野線は単線で、ところどころ道幅の狭い生活道路に軌道があり、道路内では交換設備もあって、現役路線ながらロケーションは昭和40年代の地方都市によく見られた路面電車の光景を彷彿とさせます。

そのロケーションにも大変興味津々なのですが、今回の目的地は終点。車が2台通れるか通れないかの微妙な道路脇の軌道を電車が走っていると、ポイントを渡って伊野電停へ到着しました。

伊野停留所へ停車するとき、軌道が分岐していた跡を見つけてしまった

伊野電停は商店が数軒立ち並ぶ生活道路脇にあって、ポイントで2線になっていますが、再び1本へと集束し、文具店の目の前で車両1両分の長さを残してプツッと途切れています。軌道はアスファルトに半ば埋もれかけ、辛うじてレールの脇に溝があるため、電車の車輪のフランジ(南部煎餅の耳みたいな車輪のツバ部分)が通れるようになっています。

伊野電停へ到着。軌道が2線に分岐し、それぞれに乗り場がある。手前の白線枠が乗り場。電車の先には……。

しかし、文具店前で1本になった軌道には軽自動車が2台駐車しており、到着した電車も警笛を鳴らさないところからして、邪魔にはなっていない→そこまで電車が行くことは無い→廃軌道のようです。冒頭で、私は分岐するヘロヘロ線路が好きと申しましたが、こういった店の軒先でプツッと途切れる線路も大々好きなのです。

電停の先で軌道が再び集束する。周囲は商店のある町の一角。軌道の先は軽自動車が路駐していた。
文具店の目の前に軌道があり、その先で終点となっている。電車が折り返しできる構造なのだが、軽自動車が駐車しているので機能していないと分かる。かつては文具店の前で電車が降り返していたのか。
終端部から振り返る。電車の前に車が通せんぼしているみたいに見える。
文具店前のポイント部分を見る。町の一角に軌道があって、それがプツっと途切れて終点という光景にしびれていた。

終点に着いたらいきなりの大好物な光景に出くわし、少々心が乱れ気味となってしまいました。道路は時々車が行き交うから、なんとか平常心を保って注視し、動悸の激しくなりつつある身体を落ち着かせながら、終端部の素晴らしき“絶景”に感動して、カメラのファインダーを覗き、いかに魅力的に写すことができるか、辺りをウロウロするのでした。

ポイント跡の先に残る軌道は住宅地の合間に伸びていく

電車は折り返しで発車。次の電車までしばらく時間があります。そしてさらなる出会いが待ち受けていました。

高知駅方面へ歩くと、停留所脇から左手へ分岐していた軌道を見つけたのです。その軌道はもうすでに繋がっておらず、ポイントは撤去されて久しいですが、家々の合間へと吸い込まれるように伸びていました。

伊野電停の左手、住宅の脇から分岐していた怪しい軌道。その先が気になる。
ポイント部分は既に撤去済みで、もう二度と電車が分岐することはできない。

「おお……これは探し求めていた絶景に違いない」

そう直感し、アスファルトに埋もれた軌道跡を追っていくことにしました。軌道跡は伊野停留所から左へカーブしながら上り勾配で、右手は生活道路が分岐し、高低差ができていきます。架線は撤去されています。

車輪が通れるようにレール脇のアスファルトには溝が掘ってあり、いつでも電車が走りそうですが、前述のとおり伊野線とのポイントは撤去されており、二度と電車が走ることはできません。

分岐した軌道を歩く。振り向いて電停のある方向を見る。伊野線とは直角に近い角度で分岐していた。

左手は普通の住宅が軒を連ねています。家の前は一見して普通の道路なのに、軌道が埋まっている。なんとも良い環境なのでしょう。うらやましい。子供のころからこんな環境で育ったら、絶対に線路が好きになるな。目の前の光景に憧憬の念を感じます。

住宅地のなかに一本の軌道が伸びている。既に架線は撤去されていた。左手の生活道路と段差ができ、軌道跡は上り勾配となっている。
振り返って前方を見る。右側が生活道路で軌道跡との段差からそこそこの上り勾配だと分かる。家々の軒先に軌道跡。うらやましい光景だ。
カーブしているところ。伊野電停側へ振り返った。家の軒先に軌道。何度も言うが素晴らしい絶景だ。

やがて軌道跡は右へとカーブすると駐車場の敷地となっていて、シンプルな車止めでプツッと途切れました。呆気ない終点です。見上げれば架線を吊っていたワイヤーが残っており、何線か軌道のあったと思えるほどの幅を有しています。

停留所から分岐して住宅地脇へと伸びる軌道。終点部分で何線分かの敷地がある。プツッと途切れている。これらの状況から車庫があったのでしょう。後日調べると、実際ここには伊野車庫がありました。

明治40(1907)年に伊野線の伊野停留所が開業すると、この場所に伊野車庫が設置されました。伊野車庫には留置線が4線ありましたが1990年代後半に役目を終え、パークアンドライド用の駐車場として転用。その際に1本だけ留置線が残され、それがこのヘロヘロと住宅地へと伸びる軌道跡となったのです。

終点部は伊野車庫であった。その名残として架線柱のワイヤーが残っており、架線を支えていた支柱が車止めの先に4本立ったままだった。車庫が現役だったころはアスファルトではなかった。
残された軌道の先はプツっと途切れていて、簡素な車止めが残っていた。いまも電車が来るような軌道だったら、さぞかし素晴らしい光景だったに違いない。

たしかに、終点部の敷地は4線分ありますね。軌道跡が途切れる先にポールの支柱があるのは、架線を支えていたもの。それが4本あります。伊野車庫があった時代は舗装されておらず、留置線の傍らには単車と言われた4軸車両の廃車体が放置され、その光景もじゅうぶんに廃なるものの雰囲気が漂っていたそうです。私はその時に訪れたことがないため、後日調べたとき得た知識となりますが……。

伊野停留所から僅か1、2分で訪れることのできる怪しげな軌道跡。住宅地の脇をヘロヘロと伸びる様は、まさに私が夢見た光景でした。仮にポイントがまだ繋がっていて、予期せぬときにいきなり電車がやってくるという妄想を膨らませながら、次の電車の時刻が迫ってきたので、停留所へ向かいました。日本中まだ探せばこういう空間は残っていると思います。引き続き探してみます。

取材・文・撮影=吉永陽一

吉永陽一
写真家・フォトグラファー
鉄道の空撮「空鉄(そらてつ)」を日々発表しているが、実は学生時代から廃墟や廃線跡などの「廃もの」を愛し、廃墟が最大級の人生の癒やしである。廃鉱の大判写真を寝床の傍らに飾り、廃墟で寝起きする疑似体験を20数年間行なっている。部屋に荷物が多すぎ、だんだんと部屋が廃墟になりつつあり、居心地が良い。

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