日本各地に残る恐ろしい化けダヌキ伝承 ~『かちかち山』はもっと残酷だった
タヌキは日本にも広く生息するイヌ科の動物である。
昔からタヌキは「化ける」生き物と考えられ、さまざまな怪異譚の中で人間や僧侶、ときには道具にまで姿を変えてきた。
多くの物語に登場する化けダヌキは、人を驚かせたり、ちょっとしたイタズラを仕掛けたりする程度の、どこか憎めない存在である。
ところが中にはそんな可愛らしいイメージとは程遠い、凶悪なタヌキの伝承も残っている。
今回は、日本各地に伝わる恐ろしいタヌキの伝承を紹介しよう。
タヌキが化けて殺す
西日本の一部には「狐の七化け人取らず、狸の一化け人を取る」という言葉が伝わっている。
これは「キツネは変化に長けておりさまざまなモノに化けるが、決して人を殺すことはない。逆にタヌキはキツネほど化けるのは得意ではないが、一度化ければ積極的に人間を殺しにくる」
といった意味の言葉である。
この伝承ではタヌキは、高坊主(たかぼうず)なる妖怪によく化けて現れていたと伝わる。
その名の通り背の高い僧侶の姿をした妖怪であり、その身長は見上げれば見上げるほど、ますます高くなっていくという。
だが、そのままぼーっと眺めているのは危険である。
なぜなら高坊主は、隙をついて見ている人の喉笛に噛みつき、殺してしまうとされているからだ。
四国の化けダヌキ伝説
四国といえば、化けダヌキの総本山として名高い。
弘法大師・空海(774~835年)が四国を行脚した際、キツネを四国から追い払ったという伝説もある。
以来四国ではタヌキが代わって繁栄し、日本有数の化けダヌキのメッカとなったのである。
(実際には現在も、四国にキツネは少数ながら生息している)
四国の化けダヌキ伝承は、親しみやすいユーモアあふれるものが多い一方で、恐ろしい怪異譚も少なからず残されている。
徳島県には首吊り狸(くびつりたぬき)なる、おぞましいタヌキの伝承が残る。
湯谷という土地には、人々を誘い込んで首を吊らせるという、首吊り狸の怪異が語り継がれていた。
どのように人を首吊りへと誘ったのか、その詳しい方法までは定かではないが、人の死を喜ぶ悪魔のような存在であることに変わりはないだろう。
首吊りに関連するタヌキとしては、愛媛県近見町の自殺狸(じさつたぬき)というものもある。
ある時、郵便配達員が、松の木で首を吊ろうとする娘を見かけたという。
配達員は娘を説得し「配達が終わったら戻ってくるので、それまで変な気を起こさず待っていてくれ」と言い聞かせ、その場を後にした。
しかし仕事を終えた彼が戻ってくると、娘の姿はどこにもなかったそうだ。
その後も、この松の木で自殺を図る娘は度々目撃されたが、やがてその正体はタヌキではないかと噂されるようになった。
この娘は「自殺狸」と呼ばれるようになり、人々は見かけても無視するようになったという。
実際、この娘の正体はまさしくタヌキであったそうで、誰からも相手にされなくなったタヌキはほどなくして、自殺の真似事をやめたとのことである。
先述の首吊り狸よりは遥かにマシだが、それでも迷惑極まりない害獣であることに疑いの余地はない。
高知県には世にも珍しい、八つの頭を持つタヌキの伝承が残る。
(意訳・要約)
その昔、ハヅマの滝という場所には、八面の狸(やつづらたぬき)という怪物が棲んでいた。
このタヌキは名前の通り頭が八つもあり、井の谷の集落に現れては、特に器量の良い娘を食い殺していた。
また、八面の狸には複数の子分タヌキも従っていた。
ある時、旅の狩人がこの集落を訪れ一夜の宿を求めたが「人食いタヌキが現れるので危険だ」という理由で断られた。
そこで狩人はタヌキを討伐すべく、計画を練ることにした。
彼はまずミツマタ(和紙の原料となる植物)用の蒸し器に、犬を七匹隠した。
次に大釜で、グツグツと湯を沸かした。
さてその夜、いつものように八面の狸が、子分タヌキたちとともに村に現れた。
そしてまんまと、狩人が屋根裏で待ち構えている家の中に入ってきた。
狩人は隙をついて、八面の狸の退治に成功する。
続いて蒸し器の中の犬たちが一斉に飛び出し、子分タヌキどもを次々と噛み殺した。
八面の狸の死体は大釜に放り込まれ、煮え湯に浸されたという。
本当は怖い「かちかち山」
日本で最も有名で邪悪なタヌキといえば、『かちかち山』に登場するタヌキだろう。
かちかち山といえば、お婆さんに危害を加えたタヌキがウサギによって懲らしめられるという、日本人なら誰もが知っている昔話である。
しかし、現在広く知られている『かちかち山』では残酷な描写がかなり抑えられており、古い形の物語はもっと恐ろしいのだ。
(意訳・要約)
昔々ある所に、二人の老夫婦が住んでいた。
ある日、お爺さんは畑を荒らしていたタヌキを捕まえ、家へと連れ帰った。
お婆さんがタヌキを調理しようとすると、タヌキは必死に命乞いをした。
哀れに思ったお婆さんが縄を解いたところ、タヌキは隙をついて杵でお婆さんを殴り殺してしまった。
さらにタヌキは、お婆さんの死体を調理して汁物を作ると、お婆さんの姿に化けて帰宅したお爺さんを迎えた。
そして何も知らないお爺さんに、お婆さんの肉が入った汁物を食べさせたのである。
「婆汁を食いよった。台所の下に婆の骨がある」
などとお爺さんをあざ笑うと、タヌキは正体を現し、山へと逃げ去った。
その後、悲しみに暮れるお爺さんのもとへウサギが現れ、タヌキへの仇討ちを引き受けた。
まずウサギはタヌキを柴刈りに誘い、その背負った柴に火をつけて大火傷を負わせた。
さらに治療すると偽って傷口にトウガラシを塗り、激しい苦痛を与えた。
最後には舟遊びへと誘い、タヌキを泥で作った舟に乗せた。
やがて泥舟は水に溶け、タヌキは溺れて命を落としたのである。
こうした残酷な『かちかち山』の古い形は、少なくとも江戸初期にはすでに存在していた。
寛文・延宝年間頃(1661~1681年)の赤小本『むぢなの敵討』には、タヌキが老婆を殺して汁にし、老婆に化けて爺に食べさせる場面まで描かれている。
物語中、タヌキはお婆さんに変化しているので、これも立派な化けダヌキの一例といえるだろう。
参考 :『西播の狐憑』『阿波の狸の話』『高知県吾川郡池川町狩山・日浦地区、用居地区、安居・土居地区、坂本地区、調査報告』他
文 / 草の実堂編集部