新しい人生は沖縄から。シングルマザーの私が沖縄移住で見つけた“よんなーな暮らし”
「このままの生活を続けて、本当に幸せなのかな?」 離婚をきっかけに、私は東京での生活を手放し、思い切って沖縄への移住を決意しました。2025年1月、子ども2人を連れて移住してからあっという間に10ヶ月。 そこで実感したのは、場所が変わると生き方も変わるということ。 豊かな自然に囲まれ、温かい“ゆいまーる(助け合い)” に支えられながら、今は穏やかに、そして自分らしく過ごしています。 「今の自分を変えたい」「環境を変えたい」と感じている人に、私の移住体験が少しでもヒントになれば嬉しいです。
はじめに
はじめまして。東京都出身、二児の母です。 離婚をきっかけに人生を見つめ直し、2025年1月、当時3歳と6歳だった子ども2人を連れて沖縄・宜野湾市へ移住。 現在はフリーランスとして働きながら、自然がすぐそばにある暮らしの中で子どもたちとゆったりとした毎日を過ごしています。
なぜ沖縄に移住したのか?
もともと沖縄が大好きで、毎年のように旅行に訪れており、いつか住みたいなという漠然とした夢がありました。沖縄に旅行に行くとリフレッシュできて、疲れた時はよくスマホで沖縄の海やウミガメの動画を眺めて癒されていました。 沖縄の青く美しい海を見ていると、不思議と心が軽くなりました。 「大好きな沖縄なら、シングルマザーになっても頑張れるかもしれない」 そう思ったことが、沖縄移住への第一歩でした。 もう一つの大きな理由は花粉症です。 私も子どもも重度の花粉症で、毎年春になると目が腫れて登園できない事もしばしば。医師からは「子どもが飲めるこれ以上強い薬はない」と言われ、そんなに強い薬を飲ませ続けることにも抵抗がありました。 沖縄にはスギ花粉がほとんどないという点も沖縄移住の大きな決め手となりました。
そして、息子にはADHDの特性があります。 東京ではどうしても「他の子と同じようにできるか」が気になってしまい、競争社会の中で息苦しさを感じていました。 なので、沖縄ではペースも穏やかに、自然の中でのびのびと過ごせる可能性を感じました。沖縄は、息子にとって良い環境だと思ったのです。
沖縄に住むまでにしたたくさんのこと
沖縄移住を決意してから、実際に移住するまでの道のりは想像以上に長く険しいものでした。 ・持ち家の売却活動:売却まで約1年半。「本当に行けるのか」と焦る日々。 ・離婚手続き:移住準備と同時進行だったので、心身ともに消耗。 ・物件探し:沖縄へ行き物件探し。理想の家が見つからず疲労で肺炎に… ・引越し作業:一軒家の荷物をコンテナ2台分まで減らすのに一苦労 ・保育園・学童探し:始動が遅く空きが無く何件も電話してキャンセル待ちに ・仕事探し:最終的に子ども優先の為フリーランスとして働く決意 ・卒園式への出席:園や役所と連携し、移住後再び東京に戻り卒園式に参加 特に大変だったのが沖縄での物件探しです。
自身の理想の条件に合う物件がなかなか見つからず、見つけた!と思って問い合わせても既に契約済み。そんな日々が続きました。 2024年の11月には物件決めて来るぞ!と実際に沖縄へ行き、いくつか候補の物件を内覧したのですが、希望に合った物件が無くとんぼ返りでした。 家が決まらないと保育園や、小学校の入学手続きなども進められないのでかなり焦っていましたが、諦めずに探し続けた結果、気に入った物件を見つけ、連絡するとまだ空いているとのことでした。 その物件は内覧せずに即契約しました。 あれほど苦労したのに最後は“運命”のようにスッと決まっていきました。住んでみてもとても快適で、妥協せず、希望に合う物件を待ち続けてよかったです! 諦めなければきっとタイミングは来ると思います。 引っ越し作業も物凄く大変で、東京の自宅は一軒家だったのでとにかく物が多かったです。船便での輸送コンテナ2台分にまで減らさなければならなかったので大断捨離。 こんなに不要なものに囲まれて生活していたのかと実感しました。この当時はミニマリストになると決意したのですが、今はもう物に囲まれている生活をしています。いけませんね。 沖縄移住の準備はとても大変でしたが、その過程が「本当に沖縄に行くんだ」という覚悟を育ててくれた気がします。
沖縄移住の引っ越し費用と水道光熱費
引っ越し費用は47万円でした。(荷物42万円+車両輸送5万円。) 東京から沖縄まで船での輸送なので、私の場合は到着するまで中2日ほどかかりました。 実際に移住して買って良かったと思うのはドラム式洗濯乾燥機。 突然の雨や湿気の多い沖縄では大変重宝しています。 沖縄の物価は思っていた以上に高めでした。特に食品は東京と大きく変わらない印象です。 私の住まいの場合は水道光熱費でいうと、やはり電気代が高いです。 暑さ・湿気対策でエアコンを気温が上がる5月ごろから11月頃までは、つけっぱなしにすることが多いです。 2LDKの鉄筋コンクリートの築浅マンションですが、一番高い夏場は約1万5千円ぐらいになりました。ガス代は5千円前後。水道代は3千円ほどでした。まだ1年目なのでこれが他のご家庭より高いか安いかは分かりませんが、参考になれば幸いです。
私が移住した宜野湾市は子育てにちょうどいい
宜野湾市は沖縄本島の中部に位置し、空港にも北部にもアクセスしやすいエリア。 自然と便利さのバランスがちょうど良い街です。海浜公園ではイベントや花火大会も多く開催されています。公園や病院、スーパーも充実していて、子育て世帯にはとても住みやすい環境だと感じています。 沖縄に移住して自然と便利さどちらもほしかったのでこのエリアに住んで正解だったなと満足しています。
移住して知った東京と沖縄のギャップ
実際に住んでみると、旅行では気づけなかった“カルチャーギャップ”がたくさんありました。
お米が圧縮されて売られている
沖縄に来て最初に驚いたのが、お米が圧縮されて売られていることが多いということ。 旅行で来ていた時には気付けなかったことなので、移住してきて驚きました。 圧縮されているので、いきなりハサミを入れたらお米がバラバラとこぼれてきてしまいそうで、どこにハサミを入れてどう開ければいいのか分からず……。 そんなことを考えているうちに、しばらく圧縮タイプのお米は買えませんでした(笑) 最終的に沖縄の友達が「最初にどこかに小さな穴を空けてからハサミを入れるといいよ」と教えてくれて、やっと買えるようになりました!
ママチャリをほとんど見かけない
私の住んでいる地域では自転車や歩いている人が少ないです。本当に沖縄は車社会です。 同じく東京から移住してきた友達は、ママチャリを持ってきたのですが、たまに乗ると珍しそうに周りから見られると言っていました。近所のおばぁからは「こんなのがあるんですね」と言われたそうです! 沖縄は車移動が基本なので、移住の際はママチャリよりも車を推奨します。
ママ友文化は薄い!?
私が以前東京で通わせていた幼稚園や保育園はママ友文化が盛んでした。 定期的にみんなで集まって遊んだり、イベントを企画したり、時にはママだけで食事に行ったり。 沖縄へ来てからは、私の場合は園以外での交流は無いので東京のようなママ友コミュニティはあまりないのかなと感じました。 ウチナーンチュ(沖縄出身の方々)の友達にこの事を聞いたら「地元の友達がたくさんいるからかな」と言っていたので、沖縄は地元の繫がりが強いのに対して、東京は移住者が多いのでママ友というコミュニティが作られるのかもしれないですね。
関東圏で放送しているテレビ番組が違う
2025年7月に沖縄に新しくできたジャングリアというテーマパークに、オープンの初日に行きました。その時たまたまテレビ局の取材を受けたのですが、沖縄ではその番組は放送がされていなかった為、観ることができなかったということがありました。 ですが東京の友達が録画して見せてくれたので、移住しても何かあった時は東京と沖縄で連携できるのが良いですね。
“カタブイ”(局地的なスコール)で洗濯物が濡れる
カタブイは本当にすごいです。瞬時に大雨が降り、何事もなかったかのように晴れます。リビングでポツポツ雨が降り始めたことに気付いて、急いでベランダの洗濯物を取り込もうと思っても間に合わず洗濯物がビッショリに。 今では洗濯物が雨で濡れても動じなくなりました。笑 他にも「公立幼稚園の多くが小学校併設型で、年長になると保育園に通う子の多くも幼稚園へ転園する」「狭い道も多く運転が怖い」「海ぶどうが意外と高い」など東京と沖縄のギャップは多々あります。 それでも一番の大きな違いは、“日常の中にリゾートがある”ということです。 綺麗な海がいつも近くにあり、空が広く、週末は少し車を走らせるだけで絶景が広がります。毎日ちょっとした旅行気分を味わえるのです。
沖縄の“ゆいまーる”に支えられて
友達ゼロから始まった新生活。 そんな私を助けてくれたのは、沖縄の“ゆいまーる”「助け合いの心」でした。 移住してウチナーンチュ(沖縄出身の方々)の友人がたくさんできました。同じシングルマザーの友人は、大変でしょと子どもを預かってくれたり、まだ知らない沖縄の情報を教えてくれたり、子どもを交えて遊びに行ったり。 子どもの学校や学童の先生、保育園の先生にも「困ったらいつでも言ってね」と声をかけてもらっています。 「沖縄の人って、こんなに温かいんだ」と思える瞬間が今まで何度もありました。 ゆいまーるという言葉は以前から知っていましたが、移住して初めて「これがゆいまーるなんだ」と本当の意味を実感することが出来ました。沖縄にはゆいまーるが本当にあります。
沖縄移住してシングルマザーとしての現実
「頼れる人がいなくて大変じゃない?」とよく聞かれます。 正直大変なこともあります。夜中に子どもが熱性けいれんを起こしたときは、どこに連絡すればいいのか分からず焦りと不安でいっぱいになりました。結局救急車で救急病院へ行きましたが、もう一人の子供も起こして連れて行かなければいけないので、家族が近くにいたらな…と痛感した瞬間です。 それでも、日常生活では園や学童、行政の支援制度、友人たちの助けのおかげで不自由なく過ごせています。 沖縄で出会った人達の優しさが、何よりの支えになっています。
沖縄に住んでフリーランスとしての働き方
現在はフリーランスとして在宅で事務代行の仕事をしています。 沖縄移住した当初は収入のことを考えてフルタイムで働くことを考えていました。 ですが、移住して間もない子どもの心のケア、発達障害のある息子の小学校生活への適応など、それらを考えると、まずは子どもを最優先にできる働き方を選びました。 仕事は、まだ軌道に乗ったとは言えませんが、なんとか生活できる程度にはなりました。今は少しずつ繋がりを広げながら、資格の勉強も並行しています。焦らず、これからも自分のペースで働ける環境をつくっていきたいと思っています。
沖縄移住してからの子どもたちの変化
移住して最初の1ヶ月は、子どもたちは寂しいと泣いてばかり。環境も名字も変わり、不安でいっぱいだったと思います。 それでも今ではたくさんの友達ができ「沖縄がいい!」と笑顔で言ってくれるようになりました。子どもたちなりに、沖縄の温かさを感じ取っているのだと思います。 自然に触れながら、のびのび過ごす姿を見ると「この選択は間違っていなかった」と心から思います。これからの成長が本当に楽しみです。
沖縄に移住して10ヶ月で感じたこと
移住して初めて、当たり前だと思っていた“支え”の存在に気づきました。 疲れた時実家でご飯を食べたり、子どもを預けて息抜きしたり、友人と集まって飲みながらくだらない話をして笑いあったり―― 今思えば、そうした当たり前のようで当たり前ではなかった日常に、私はずっと支えられていたのだと離れて気づきました。 けれど今は、違う形の支えを得ています。 自然に囲まれ、大好きな沖縄で、子どもたちと新しい日常を築くこと。 それが、今の私にとっての幸せです。 10ヶ月経った今でも、後悔したことは一度もありません。 「大好きな沖縄なら、シングルマザーになっても頑張れるかもしれない」 その気持ちで移住を決めましたが、実際に沖縄だからこそ、自分らしく前向きに頑張れています。
これから沖縄移住を考えている方へ
移住には覚悟も準備も必要。 けれど「今の自分を変えたい」「環境を変えたい」と思っているなら、その気持ちこそが、新しい一歩の始まりだと思います。 分からないことばかりでも、困った時にはきっと誰かが手を差し伸べてくれます。 以前、沖縄を旅行していたときに「よんなーよんなー」というポスターを見かけました。 その頃ちょうど心が疲れていたので、「ゆっくりでいいんだよ」というその言葉に、すごく救われました。 移住もまさに、よんなーよんなーでいいと思うんです。 焦らず、自分のペースで進めばきっと大丈夫。 私の経験が、これから移住を考えている誰かの背中を、ほんの少しでも押せたら嬉しいです。