“闇堕ち議員”の命がけ復讐劇!韓国で勃発した権力闘争の結末は?『対外秘』監督が語る制作秘話インタビュー
『対外秘』イ・ウォンテ監督インタビュー
韓国サスペンス映画の歴史に新たな傑作が加わった。本日11月15日(金)より全国公開中の『対外秘』は韓国で初登場No.1を記録したほか、カナダ、イタリア、ハワイ、オーストラリア、イランなどの映画祭に出品され、映像・物語・演技のすべてで観客を圧倒した超話題作だ。
マ・ドンソク主演『悪人伝』(2019年)で世界を震撼させたイ・ウォンテ監督が、90年代韓国の政治舞台をテーマにどす黒い権力闘争を描いた本作。キャストには、チョ・ジヌン(『お嬢さん』[2016年]、『工作 黒金星と呼ばれた男』[2018年]ほか)、イ・ソンミン(『KCIA 南山の部長たち』[2020年]、『ソウルの春』[2023年]ほか)、キム・ムヨル(『悪人伝』、『犯罪都市 PUNISHMENT』[2024年]ほか)という、まさに韓国映画界を代表する名優たちが集結した。
民主主義を掲げて議員選挙に打って出るも手痛い“裏切り”に遭った男が、危険な〈極秘文書〉を入手し、ヤクザの力を借り、なりふり構わず“復讐”に突き進んでいく――。そんな本作のプロモーションのためキャストと共に来日したイ・ウォンテ監督にインタビューを敢行。激動の韓国、知られざる裏社会、闇堕ちした男たちの命がけの攻防、そして物語に説得力を与えるロケーションや驚くべきキャスト陣の名演などなど、じっくりたっぷり語ってくれた。
「若い世代が民主主義を進めようと、時代に青春を捧げていた」
―この映画の舞台となる1992年の韓国は、政治的に激動の年だったと聞きます。本作の制作を決意した最初のきっかけを教えて下さい。
この時期というのは大統領選挙と国会議員の選挙が、同じ年に同時に行われるという初めての年だったんです。だから政治家にとっては超非常事態とも言える、どうしても窮地に追い込まれてしまうような状況がありました。つまり“ノーマルな”状況とは違ったので、極限の選択をしなければいけなかった。一度その選挙で負けてしまったら、その後の総選挙でも負けてしまう。もう「選挙に負けたら自分はもう死ぬしかない」というところまで追い込まれていた、そんな背景があったので、これは映画的な見どころもあるなと思いました。
私は当時20代前半で、この当時のことはかなり記憶に残っています。どれくらい世の中が混乱していたか、そして当事者たちはどのような権力争いをしていたのかということも。先ほど言ったように、極限の状況に追い込まれた政治家たちは、とにかく熾烈な権力争いを繰り広げていて、その中では卑劣な手を使ったり、良心を捨ててしまうようなこともたくさんあったんです。私の記憶の中にあるそうした時代背景が、映画として見どころのあるものになるだろうと思い、この時代を選びました。
―チョ・ジヌン演じるはヘウンは、例えば金大中(キム・デジュン)など、民主化を掲げて戦った政治家を思わせるような人物として登場します。韓国の人々の間では、政治を含む自国の歴史に対する興味は高まっていますか?
まず一つ目のご指摘ですが、私は金大中さんのことは一切考えていなかったんです。当時、若い世代の人々が民主主義を進めようと頑張っていて、その時代に青春を捧げた人たちの中には、いま政治家になっている人もたくさんいるんですよ。もちろんそこに金大中さんも含まれるのですが、そういった人が他にも多くいるので、当時民主化運動を進めていた、そこに青春を捧げた人たちをモデリングした、と言っていいと思います。
二つ目に関してですが、韓国の人たちは比較的政治に対する関心が高いと思います。政治家が不正を起こしたり、常識では考えられないような権力を使って不正を働くなど大きな問題を起こしたときには、若い人たちが集まったり団結したりと、“それを正していこう”という非常に大きなエネルギーによって社会を動かしているような気がしますね。そういったエネルギーが以前からあったために民主化運動もどんどん進んでいって、思っていたよりも早く民主化が実現できたのだと思います。それは経済の分野にも及んでいて、若い人たちのエネルギーが集まることで経済発展も早まっているような気がします。その状況は今も続いてますね。
「あのシーンの〈汗〉は本物なんです!」
―チョ・ジヌンさん、イ・ソンミンさん、キム・ムヨルさんの存在感に感嘆しました。彼らの俳優としての素晴らしさを実感した、撮影中の印象的なエピソードがあったら教えて下さい。
うーん……あまりにもたくさんありすぎて一つ挙げるのは難しいのですが、3人の俳優たちそれぞれの演技力から、非常に良いパワーを感じさせてもらいました。もう私はずっと、感嘆の声を上げながら撮影していましたよ。
特に記憶に残っている場面をあえて一つ挙げるとすれば、映画の後半で韓国のクッパ(雑炊)を食べるお店で、ヘウン(チョ・ジヌン)とスンテ(イ・ソンミン)が会話をするシーンがありますよね。あそこはアクションシーンではないにもかかわらず、どんなアクションよりも緊張感のあるシーンが生まれたと思っています。あのシーンを撮っているとき、会話だけでこれほどまでの緊張感を見せてくれるのか! と本当に驚きました。
またキム・ムヨルさんは、善と悪の両方の顔を持っている俳優だと思うんです。そして彼が演じるピルドも、善人であり悪人でもある。じつは劇中の3人の中では、ピルドが一番優しいんですよね。彼は最後まで“何か”を信じていたんですが、それゆえにああいった結果を招いてしまう。そのときのムヨルさんのシャープな演技も素晴らしくて、とても記憶に残っています。
―ヘウンとスンテが対峙するシーンでは、チョ・ジヌンさんの「汗」が印象的で、窒息しそうなほどの緊張感でした。あれはメイク(霧吹き等)によるものなのでしょうか? もしチョ・ジヌンさんが自ら“出した”汗なのであれば、本当に驚くべき演技力です。
あのシーンの「汗」は本物なんです! 全てのスタッフが、チョ・ジヌンさんの汗の演技に驚きました。汗をかくというのは、なかなか調節できるものではないですよね? なので撮影していたスタッフ全員がびっくりしたんです。本当に汗がダラダラ流れてきたんですから。緊張するシーンということもあって汗が出たのだとは思うのですが、「いやいや、本当に汗が流れたぞ!」と驚いてしまって。後で見たら絶対にメイクだと思ってしまいますよね。なので「ああ、いま撮影しているところをみんなに見せたい!」と思いながら撮っていました(笑)。
―ヘウンの家に続く「狭く長い石の階段」が何度か登場します。あの階段は、一段上がるたびに逆に悪の道に堕ちていく、ヘウンの状況を表しているのでしょうか?
今回たくさんのロケーションを探したんですが、最後までこだわって探したのがヘウンの家でした。なぜかというと、あの家に行くには頑張って歩くしかないですよね。階段を上がりきったところに家があって、たどり着いて振り返ると、釜山の海が眼の前に広がっている。つまり、ヘウンの欲望とも重なっているところがあるんです。
彼は苦労しながら家にたどり着き、階段を上がって上がって見下ろすと、ぱーっと開けた世界が見える。これは彼の欲望と重なる“展望”を表現できる空間だと思って、とにかく最後まで意地を張ってこだわって選んだ場所だったのですが、スタッフの皆さんは探すのに苦労していました(笑)。韓国のあらゆる海辺をすべて探したんですが、結局は釜山で見つかりました。私一人ではなく、スタッフの皆さんも苦労して探してくれたんです。
「マキャヴェッリのある言葉が、この映画を要約してくれています」
―権力者がやることは、数千年前からほとんど変わっていません。格差が広がった現代社会では、「貧乏人を助けるのも貧乏人なのだ」と感じてしまうことが多々あります。本作は、私たち一般人が知り得ない「権力の正体」を突きつけて考えさせる映画でしょうか? それとも、私たちと同じ人間の内面を描いた娯楽作品として楽しむべきでしょうか?
映画というのは商業性も大事なんですが、私はこの『対外秘』という映画を作るにあたって、できるかぎり自分の考えを作品の中に込めたいと思いました。人間の歴史が始まってからというもの、権力が抱えている矛盾や世の中の不条理、人間の欲望というのはずっと続いてきているわけで、そういったことも盛り込みたかった。この映画の中で描かれているように、極限の状況に追い込まれた人物の姿も見せたかったんです。
ただ、そこで心配だったのは、あまりにも重くシリアスな映画になってしまうと、皆さんが「観たい」と思ってくれないかもしれないということでした。おそらく観客の皆さんは映画を楽しみたい、笑って終わってほしいと望んでいるだろうと思っていましたから。なので非常に悩ましいところではあったのですが、それでもやはりこの映画には私が言いたいことを詰め込もう! という思いで作りました。
―本作を観る日本の観客の皆さんに向けて、最後に監督からメッセージをお願いします。
なるべく要約して皆さんに伝えたいと思います。あの(ニッコロ・)マキャヴェッリの言葉に、「地獄に行きたくなければ(※天国に行くためには)、地獄に続く道をよく知らなければいけない」という言葉があります。
この映画では社会の不条理や、本当は目を背けたいけれどしっかりと見なければいけないこと、腐敗や不正、矛盾が描かれています。つまり、この映画で観ることによって、そういった“現実”を見ることになりますよね。そして現実を知れば、これが“悪の道”だということがわかるので、その道に入らずに済むと思うんです。ですから、いま私が挙げたマキャヴェッリの言葉は非常に適切だと思いますし、その言葉で要約できると思います。
『対外秘』は2024年11月15日(金)より全国公開中